第一章 19 記憶の欠片
3日が過ぎた。俺達は約4日後の任務に備え、毎日クエストがてらに街から離れた場所で鍛錬中だ。要するに毎日アリアにしごかれてるってことだ。毎回俺は死にかけてるけどね。1日1回の致死ダメージ無効の加護があるとはいえ、アリアは稽古中は容赦ない。毎日1回死んでるのと同じだ。今日は残り日数から計算して中日になるので、休息しようということだ。
目が覚めると、アリアはいつも通り女性化した俺にしがみついている。確かにこの体の状態だと女性的で柔らかいので気持ちがいいんだろう。だが毎日抱き枕にされるのも勘弁して欲しいものだ。
同じベッドで寝ててそういう気分にならないのかって? ならないね、全く。まず俺は女性に対してあまり良い思い出がない、だから基本的に関心がない。そしてこの寝相の悪い女神は確かに美人だが、俺と似たような外見だ、更に中身もぶっ飛んでいる、手に負えない。そんな相手に劣情は抱けないだろ? 下手したら俺が襲われると思う。
まあそんなとこかな。あ、でもおっぱいは素敵だと思う。唯一女性の崇めることができる点、それがおっぱいだ、どこの世界でも世界遺産だと思う。はい、説明終わり! てことで俺にこんな厄介な因子を植え付けたこいつはギルティなんだが、恩人でもある。邪険にはできないんだよな。
因みに、まだ寝ているときのコントロールは上達しない、全くダメだ。王国までの恐らく泊りがけになる任務に臨む前に何とかしたいんだが、全くダメ。
「笑えるほどにセンス0ですねー」
毎回鼻で笑うこいつにはその内何かしらのお仕置きだ。しかし参った、せめて胸が目立たない大きさならいいが、女性体になると邪魔になるくらいの巨乳になるのだ。隠しようがない。
一人部屋になるか、せめてアリアと同室ならいいが、王国までは馬車で約1週間の道のりになるらしい。馬車で寝泊まりするってことだ、非常にマズイ。もういっそバラした方がいいのか? いや、エリックは笑って済ますだろうがユズリハには絶対おもちゃにされるに決まっている。
おっぱいへの崇拝のせいでこんな変化になってしまったのだろうかね。拝むのはいいが、拝まれるのは御免だ。残りの時間練習するしかないな。
だが今日は1日オフだ。転生してこの数日ずっと鍛錬にギルド依頼と、ぶっちゃけバトルばっかりしているんだ。折角の異世界なんだし一人で街をぶらぶらと探索するのもいいだろう。ということでこのぐうたらに適当に食い物代を与えて、早速街を探索中ということだ。観光とも言うかな。
ギルドに顔を出すのも悪くはないが、毎日だしなー。居心地も悪くないしね。結局どのパターンの歓迎でもなかったけど、みんな今のところは良い奴らだし、俺のような新米にも気さくに優しく接してくれる。殺伐とした世界観じゃなくて良かったよ。
ということで、観光気分で歩くリチェスターの街並み。ここのThe 中世って感じの街並みが俺はすごく気に入っている。街の真ん中に大きな時計台があって、観光やらデートスポットになっている。因みに時間の感覚や時計の設定も地球と変わりない、すごく都合良過ぎないか? まあ別に困らないからいいけどね。街の人達も気さくに挨拶してくれるし、やっぱここを拠点にして旅はしたいものだ。家もその内欲しいなあ。
露店で買ったリンゴ、こういうものも同じなんだよな、を齧りながら特に行く当てもなくぶらつく。様々な人種を目にしながら、やっぱ異世界なんだなーと感じる。でもみんな上手く共存してるように見える。混血とかも沢山いるんだろうな、異種族間のカップルとかもよく目につくし。ファンタジーじゃハーフって差別されたりしてるもんだが、ここではそんなことなさそうだ。ユズリハもハーフエルフだしな。それと意外なのは、路地裏に闇商人やそれっぽい建物すらないということ。奴隷を見かけないってことだ。
「奴隷制度はこの世界では禁忌とされていますよー。後ろ暗い組織とかはあるみたいですが、基本的にすぐに潰されますねー」
と、アリアが言った通りだ。うん、いいことだよ。ちゃんと仕事してるじゃないかアリア様。奴隷制なんてクソ過ぎるしな。だがアリアが言ったように非合法でそういうことをやっている奴らはいるんだろうな。アーヤ一行を襲撃した賊共が「女は売る」とか言ってたし。そういう奴らを見つけたら容赦なく潰してしまおう、胸クソ悪いしな。売る奴も買う奴も大差ない、どっちも同レベルだ。
ファンタジー世界で奴隷を買うような描写もあるけど、俺はそういうのは嫌いだ。
おっと、考えている内に北の区画の方まで来てしまった。あれがこの都市長の屋敷か、へー、中々に豪勢な造りになってるな。城とまではいかないが、まるでパリにある宮殿だ。ヨーロッパじゃあよく目にするような造形をしている。
そういえばアーヤはここに公務で滞在してるんだったな。会えるといいなあ。いや、気配遮断で入れるんじゃないか? うーん、不法侵入だがバレなければいいかな? 悪戯心がムクムクと湧き上がる。やっぱこういうところは俺も人間なんだよな、悪いと思っても何となくまあいいかって気になってしまう。傍にぐうたらな女神がいるせいだな、いやいや、あいつは何故か俺よりもよっぽど人間くさいけども。
てことで、鷹の目と千里眼発動。どうやら門から入って右手側、塔造りの上階の一室にいるようだ。一人で退屈そうにしている、侍女達も今は傍にいないようだ。せっかくだ、驚かせてやろうかな?
門番達から離れたところで気配遮断、そして正門を飛び越える。ペガサスブーツに魔力を力を注いであるので、着地したように見えても地面には触れていないので音はしない。さて、このまま
自分の行動にツッコミを入れながら、そっと窓から部屋に入る。アーヤはテーブルソファーに腰かけて、なんとなく暗い雰囲気で所在なさそうにしている。
さて困った。入ったのはいいが、どうやって声を掛けよう? びっくりさせて大声を出されたら騒ぎになるだろうしな。あ、スキル<通信>で直接脳内に語り掛けてみるか。
(おーい、アーヤ姫、聞こえるかー?)
はっと顔を上げ周囲を見回すアーヤ。
「誰? 頭の中に声が? でもこの声は……」
(俺だ、カーズだ。偶々近くまで来たから、様子を見に来たんだ。今はスキルで脳内に直接話しかけてる。同じように脳内で伝えたいことを思い浮かべてみてくれ。念話ができるから)
「はっ、やはりカーズ様?! わかりました」
(あ、あー、聞こえますか、カーズ様?)
(うん、OK、じゃあ顔出してもいいかな? なるべく騒がないように頼む)
(はい、今は時間も空いてますし、構いません、ってどこにいらっしゃるのですか?)
(窓のとこだよ、今から気配遮断のスキルを解除するから見えるようになる。大声は出さないでくれ)
(はい、承知致しました)
気配遮断を解く、アーヤから窓の側にいる俺が認識できるようになる。
「ああっ! カーズ様!!」
突然走り出して首にしがみ付いてくるアーヤ。どうした? とりあえず声がデカい!
「しー! しー! 大声出すとマズイって」
「お会いしたかったです! カーズ様!」
聞いちゃいねえ! 大声出すなって! ぎゅーっとしがみ付いてくるアーヤを何とかなだめて落ち着かせた。やけに興奮してたなー。
「すみません、取り乱してしまって……」
「いや大丈夫、気付かれてはないみたいだし、いざとなったらまた気配消すからさ」
とりあえず向き合うようにソファーに腰かける。
「すみません、お茶もお出しできずに」
「いや気にしなくていいよ、ちょっと様子見に来ただけだし。さすがに街中で刺客を放ったりするような真似はしてないようだな、目立つだろうし。まずは無事で安心したよ」
「そうですね。ここは警備も厳重ですし、今のところ危険な目には遭ってはいませんね」
「そっか、なら良かった。ていうか俺が一番怪しいよな、窓から侵入したし」
「ふふっ、そう言われればそうですね。でもどうやってこんな高い窓から?」
「フライの魔法で飛んで来たんだ、気配を消したままね。俺みたいな一介の冒険者が姫に合わせてくれって言っても、門前払いがオチだろうしな」
「相変わらず無茶するんだね」
「えっ?」
「あれ、どうして? 勝手に言葉が……」
まるで俺のことを以前から知っているような物言いだ、何だろう、不思議な気分だ。やはり俺は彼女と何かしらの繋がりがあるのか? 例えば前世で……。
「ぐっ、頭が……!」
頭を押さえる。痛い、ダメだ思い出せない。止めとこう。
「大丈夫ですか!?」
アーヤ姫が此方に回り込んでしゃがみこみ、心配そうに俺の顔を見てくる。
「ごめん、俺はどうやら少し記憶を失っているらしくてさ。無理に思い出そうとするとこうなるんだよ」
自分の前世がどうとかは言えない。さすがに話が突飛過ぎて頭がおかしいと思われそうだしな。
「そうなのですか……? 私も最近不思議な夢を見ることがあるんです。この街の景色も懐かしい感じがしますし、でもある程度から先は記憶に靄がかかったみたいで分からなくなるんです……」
偶然だが、何か引っかかるな。互いに気にはなるが、それが何なのかは分からないって感じだ。
「どんな夢を?」
「こことは違う世界で、いつも年下の男の子に手を引かれているんです。何もわからないのに、ただ懐かしいってことだけは分かるんです」
「なるほど、もしかしたら前世の夢とかかもしれないな」
カマかけだ、自分の前世とかは言えないが、聞き出すことは出来るかもだしな。
「なるほど……。そう考えると合点がいくかもしれないですね。その夢を見るようになってからは、王族という立場に疑問を感じることが多くなって……。何故か本当の自分じゃないような気分になるんです」
おっと、これは結構核心を突いたような発言だな。
「じゃあ夢の中では違う立場ってことかな?」
「はい、普通の一人の女の子で、その子と自由に走り回ったりしてて」
うむぅ、でもそれだけだとやっぱりはっきりとは分からないか。俺の封印されている記憶との関連性も。
「もしかしたら、そういう願望があるのかもしれないな。自由になりたい思いが夢になって現れてるのかもしれないし。俺のイメージだと王族って堅苦しそうだし。だから様なんて付けなくていいよ、敬語も疲れるだろ? 友達みたいに接して欲しいかな」
「そうですか、もしかしたらそうなのかもしれませんね。友達ですか、対等に話せる人はいないので…。ではカーズ様が友達になってくれますか?」
分からないことだらけだが、そのくらいはお安い御用だ
「ああ、よろしくアーヤ。もう俺達は友達だ、友達に敬語はいらないからな」
「は、はい……、いえ、分かったわカーズ。友達になってくれてありがとう! よろしくね。ってこんな感じでいいのかな?」
「うん、さっきよりずっといい。自然な感じだし、2人のときは敬語はナシな」
その内俺の記憶の封印のカギが外れれば分かることもあるだろう、それまでは決して死なせるわけにはいかないな。いや、それ以前に絶対に死なせたくない、俺の魂がそう訴えている。うーん、と考え込む。そんな俺を傍でじっと見るアーヤ。
「あのね、カーズ?」
「ん? 何?」
「えーとね、前に会ったときは、もっとこう、女性的な体つきだった気がするんだけど……」
はっ! しまった、忘れてたがあのときは完全に女性体だったんだった。やべえ、俺も大概抜けてるな……。誤魔化すしかない!
「いやいや、俺は男だよ、男! ほら、朝早かったし、パニックになってたから勘違いしたんじゃないかなー? ははは…」
自分ながらに苦しい、だがこればっかりはどう誤魔化せばいいのかわからん。
「それにほら、俺顔が女っぽいからさ、多分それも勘違いに繋がったのかも?」
うーんと頭を捻るアーヤ、そりゃそういうリアクションになるわ。あのエンゲル係数激高女神め、あいつのせいだ。
「そ、そうかもしれないよね。あまりに綺麗な顔立ちだったから勘違いしちゃったのかもね。ハァー、それに男の人で良かったー」
「え?」
「あ、いいえ! 何でもないの、あはは……」
うん、何かあるような科白だ。それに俺もボロが出る前にさっさと退散しよう、それがいい。
「じゃあ、安全も確認できたし、俺はこの辺で帰るとするよ」
「あ、待って! この街のギルドマスターの方が面会に来られたのだけど。事件の解決までは護衛をしてくれるって」
「そうか、ステファンが来たのか。行動が早いことで。そうだな、俺ともう二人信頼できる腕利きも一緒だ。それに君は俺が絶対に守る。だから安心してくれ」
その言葉を聞いたアーヤが再びギュッとしがみ付いてくる。
「絶対に守る……。何だかすごく懐かしい響きがする……」
アーヤの銀色に輝く長く綺麗な髪に触れ、俺は優しく頭を撫でた。
「俺も、なんだか君といると懐かしい気持ちになる。なぜかはわからないのに……。心配しないでくれ、絶対に守るから」
「はい、お願いします。公務が終わってから再会できるのを楽しみにしてるから」
こんなことが遠い昔にあったような気がする。いつなのかはやはり分からないけどな。
「ああ、俺もだよ。あと数日無事でいてくれ。何かあったときにはすぐ駆けつける、さっきの要領で俺に通信を送ってくれ。常に繋がった状態にしておくから。あと窓は危ないから閉めとくようにな」
「はい、あなたも気を付けてね」
俺はまだ名残惜しそうな目をするアーヤを残し、再び窓から飛び去った。別れ際のあの目も、なぜだか懐かしく感じる。彼女のことが気になるのもきっと何かがあるのだろう。確証はないし、今はまだ何も分からないが……。
さて街もそれなりに探索堪能したし、アーヤの無事も確認できた。それにあの姉設定の女神がうるさそうだし。おみやげ、ただし、食い物に限る、でも買って帰るか。明日からまた稽古をつけてもらうわけだし。これでも感謝してるんだぞ、そう思いながら俺は宿へと歩みを進めた。
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うーん、何があるんでしょうね
続きが気になる方はどうぞ次の物語へ、♥やコメント、お星様を頂けると喜びます。執筆のモチベーションアップにもつながります!
一話ごとの文字数が多いので、その回一話でがっつり進むように構成しております。
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