<episode 28> 悪役令嬢、天才は天才を知る。

 こちらに寝返った傭兵団のリーダー、シュワルツの案内でワタクシたちはあっさりとワルサンドロス商会の中心部まで侵入することができた。

 すべての機械仕掛けの関所(セキュリティゲートというらしい)は顔パス。警備の悪魔たちもへこへこと頭を下げる。シュワルツはワルサンドロス商会の中でも一目置かれる存在らしい。


「貴方、もしかして……意外と重要人物?」


「ははは。意外と、と来たか。姐さんにゃ、かなわねえな。これでも地獄じゃ泣く子も黙る凄腕傭兵として、ちったぁ名が知れてるんだぜ?」


「ふーん。ワタクシの闇魔法を見て泣きべそかいて、おしっこチビっていたのに?」


「泣きべそはかいたけど、おしっこはチビってねえ!!」


「あら、そうでしたっけ? それは失礼。おほほほほ」


「ったく、人間に驚かされるのは二度目だが、アンタは超ド級怪物(モンスター)だよ」


 超ド級怪物(モンスター)エトランジュ。またしても可愛くもエレガントでもない二つ名を頂戴してしまった。


「着いたぜ。ここがワルサンドロス商会会長の部屋だ」


 そう言ってシュワルツが鉄製の扉を開ける。

 これが部屋? いやいや、とんでもない。広さは舞踏会を開ける王城の大広間3つ分はあるだろう。ずらりと並ぶ見たこともない金属製の機械の数々は、おそらく別次元の世界の最新鋭の設備に違いない。


「会長は、この俺が最初に驚かされた人間さ。姐さんが『暴力』の超ド級怪物(モンスター)なら、あの人は『知』の超ド級怪物(モンスター)だ」


 そんなのずるい。ワタクシだって『知』のほうがいい。

 よし、決めた。その会長さんとやらに知力で勝負して勝つ。そうすれば『知』の超ド級怪物(モンスター)の称号はワタクシのものだ。


「ようこそ、ワルサンドロス商会へ」


 突然、目の前に少年が現れる。瞬間移動の魔法……?

 年の頃は十に届くか届かないか。ショートボブに整えられたサラサラの銀髪。青い瞳は暗く深い海の底のように沈んでいる。黒のショートパンツに白いワイシャツ、その上から白衣を羽織っており、幼いながらも一流の学者のようなオーラを漂わせている。


「ふふ。驚いているようだね。これはホログラムと言って、別の場所からボクの姿を投影しているのさ」


 ……ということは、これは幻影?


「ダークアロー」


 黒い矢が少年の額を打ち抜く。

 すると、少年の姿が蜃気楼のようにゆらゆらと揺らぐ。傷はない。血も噴き出ない。しばらくすると揺らぎは収まった。


「どうやら別の場所から姿を映し出しているというのは本当のようですわね」


「あのー、お姉さん……? それを確かめるなら、ちょっと触ってみるとか、棒でつついてみるとか、もっと他に穏便な方法があったと思うんだけど……?」


 なるほど、その手があったか。なかなか聡明な少年だ。


「……なあ、アンタたち。姐さんって、いつもああなのか?」


「ええ。お嬢様はたまーに? いや、そこそこ頻繁に? ……とにかく考えるよりも先に手が出ちゃうことがあるんです」


 それはどこの蛮族の話ですか?

 スイーティアの言葉にネコタロー、三人組、エリトまで一同そろって、うんうんとうなずいている。おい、お前ら。

 まさか戦う前に味方からダメージを受けるとは思ってもみなかった。これは苦しい戦いになりそうだ。


「ところで、貴方は何者なのかしら?」


「すごいね。相手の正体を確かめる前に問答無用で攻撃したんだ……。ボクはワルサンドロス商会の会長、イグナシオ・アルケウスさ」


「え? 貴方が会長さん?」


 ということは、この少年が『知』の超ド級怪物(モンスター)の称号を賭けて戦う相手なのか。

 しかし、いくら自由で実力社会の地獄とはいえ、十やそこらの子供が武器商人の頂点に君臨しているというのは、にわかに信じがたいものがある。


「貴方が地球とかいう人間世界の技術を使って、あの鉄の武器の数々を作り出したんですの?」


「疑っているの? シュワルツを手懐けたって聞いたから少し期待していたんだけど……。お姉さんも他の大人たちと一緒だとしたら、とても残念だよ」


「……あら、どういうことかしら?」


「ボクは地球という別次元の世界の貧民街で生まれて、それはもう酷い生活をしていたんだ。そこから抜け出すためにボクは必死になって勉強した。でも、勉強すればするほど周囲の大人たちが馬鹿に見えてきて、ちょっと助言してあげたらボクを殴るんだ。それでも良かれと思って頑張ってみたけど、どの大人たちもボクのことを生意気だって殴るか、気味悪い子供だと言って迫害するんだ……。頭がいいだけじゃダメだ。力がないとダメなんだと悟ったボクは、武器の開発をすることにした。ボクが作った武器はすぐにマフィアや武器商人たちの目に留まったよ。はじめてボクの存在が認められた瞬間さ。それが嬉しくて嬉しくてボクはますます武器の開発にのめり込んでいった。でも、ボクが優れた武器を作れば作るほど、大人たちはボクを恐れた。怪物だの悪魔だの、さんざん言われたよ。大人たちは子供のボクが自分よりも遥かに優れているという事実を認めたくなかったんだろうね。そして、ついには───」


 殺されたというわけか。


「地獄に堕ちてからも似たような人生だけど、地獄はいいよ。すごく自由だ。大人たちの下らない常識や欲望に付き合う必要もない。実力主義で、力さえあれば何したって許される。ボクにとっては天国みたいな場所さ」


「同感ですわ。地獄は自由。力さえあれば何をしても許される。だから貴方の作った武器をすべて根こそぎよこしなさい。貴方の作る武器はどれも素晴らしいものばかりでしたわ。貴方なら他にもっとすごい秘密兵器を隠し持っているんじゃないかしら? それもこれも全部よこしなさい」


「言ってることはメチャクチャだけど、ボクの話を信じて、そのうえで高く評価してくれるんだ。へー、意外だね」


「当然ですわ。天才は天才を知るものでしてよ」


「……どうやらお姉さんは他の大人たちとは違うようだね。いいよ。ボクに勝ったら、ボクのすべてをあげる」


 少々が長くなったが、いよいよ『知』の超ド級怪物(モンスター)の称号を賭けた頭脳バトルのはじまりはじまりだ。さあ、どんとこい。


「ただし、お姉さんが負けたら……ボクのママになってもらうよ!!」


 え”?

 なに?

 ママ?

 ……そんなの絶対やだ。




【次回予告】

次回は天才少年イグナシオの最高傑作が登場。

『知』の超ド級怪物(モンスター)vs『知』の超ド級怪物(モンスター)の戦いのゆえやいかに?


次回更新は、6月30日(金)12:00頃を予定しています。


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