<episode 7> 悪役令嬢、悪魔の名付け親になる。(ただし、ネーミングセンス0)

「ねえ、貴方たち」


 三人組の悪魔は自分が呼ばれたと思って同時にワタクシを見る。その瞳はキラキラと期待に輝いている。


「えーと……。貴方たち、お名前は?」


 驚いたことに、彼らには名前がないらしい。地獄の悪魔の中でも、身分が下の下の下以下だから名前がないのだという。

 王侯貴族を中心とした人間社会の身分差別も大概ひどいが、地獄はもっとひどかった。


 しかし、これは困る。名前がないとワタクシが快適に過ごせるようにあれこれ指示するとき、何かと不便だ。

 ワタクシは、三人組の悪魔に名前を付けて差し上げることにした。


 ヒッヒ。

 クック。

 ヒャッハー。


 うん。完璧。

 名は体を表す。出会ってから口を開けば「ひっひっひっ」「くっくっくっ」と笑い、「ひゃっはー!」と奇声を上げていた彼らにピッタリの名前だ。

感極まったのか、三人組の悪魔たちは涙まで浮かべている。

 うんうん、さもありなん。


「くっ……! 不用意な発言がそのまま名前になっちまうなんて……」


 あれ? なぜか彼らはお互いの肩を叩き合い、慰め合っている。まるでお通夜ムードだ。

 まさかワタクシの付けた名前が気に入らなかったとか……?

 いやいや、それはあり得ませんわ。

 ……あり得ませんわよねえ?


 ブツブツと自問自答していると、三人組の身体が輝き、おだやかな光に包まれていく。


「にゃーご」


 何やら文句を言いたげなネコタローの表情をよそに、三人組はまるで別人のように姿を変えていく。

 一体、何が起きたのか。


「メタモルフォーゼ。すなわち、変身。ご主人様が僕たちに名前を与えてくださったおかげで、こうして真なる姿を得ることができたのです」


 爽やかなスマイルでそう解説してくれたのは、ヒッヒ。

 黄金色の長髪と深いブルーの瞳が印象的だ。フォーマルな執事の衣装に身を包むその姿はどこぞの王国の第一王子よりも遥かに気品がって美しい。

 ……にしても、あまりの変貌ぶり。口調まで変わっている。誰やお前。


「適当に名前を付けたのでは、こうはいかぬでしょうな。ご主人様の奈落の底よりも深い愛情に、吾輩、感激であります!」


 こちらは、クック。

 筋骨隆々の大男。歴戦の戦士といったオーラを漂わせている。三人組の中では一番年上に見え、綺麗に整えられた髭は貫録を感じさせる。

 ……にしても、悪魔のくせに深い愛情とか言っちゃってるけど本気で大丈夫だろうか。頭。


「ご主人様~? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔して、どうしたの?」


 極めつけは、ヒャッハー。

 なんと、女の子になっている。少なくとも外見は可愛らしい少女にしか見えない。

 けど、もともと男性でしたわよね……?

 自然と視線が股間へいく。


 はっ!? い、いけませんわ、ワタクシとしたことが、つい……。

 ワタクシは、エトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢。外見や性別で人を判断するような真似は決していたしません。

 ……というわけで、彼?彼女?についてはこれ以上深く掘り下げずにおくとしよう。触らぬ神に祟りなしだ。


 名前を付けるという行為一つで、なんだかドッと疲れた。

 ワタクシの辞書に『後悔』という文字はないと思っていたが、ついに改める日が来たようだ。

 今後、地獄で誰かに名前を付けるのはやめておこう。

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