第15話 常識

次の日。

朝からカウゼンと一緒に馬車に乗り込んだ。王城の隣にある騎士団詰め所に出勤するためである。


ちなみに朝食をしっかりとったカウゼンの朝はめちゃくちゃ早い。朝に軽食をとって剣を振り回し、汗をかいたところでシャワーを浴びてからの朝食だ。並ぶのは色とりどりの野菜や果物で、肉もあるけれど何よりも野菜の多さに驚きを隠せない。

山盛りの野菜をムシャムシャと食べていくのは、なんともカウゼンのイメージには合わないのだが、菜食主義かと思えばそういうことでもないらしい。

あれほどの野菜を食べてこの体を維持しているというのも驚きだ。ぬるりと組んだ腕の太さはメレアネと比べてもがっしりと逞しい。


向かい合わせで座る形のため、カウゼンの姿はよく観察できる。


騎士団長の制服に身を包んだカウゼンはどこまでも凛々しい美丈夫だった。

これて侯爵家当主なのだから、さぞや騒がれることだろうと納得する。

カウゼンには婚約者はおろか恋人もいないという話である。


「なんだ」


目を閉じていたカウゼンが煩わしそうにメレアネに視線を向けた。


「何も言っておりませんが」

「視線が鬱陶しい」

「それはすみません」


じろじろ見ていた自覚はあるので、素直に謝った。


「聞きたいことがあるのか」

「そうですね、たかが小娘の手慰みをこうもあっさりと受け入れるのはなぜですか」

「おい、冗談だろう。国が正式に認めている占術を知らないと思われているのか?」

「え?」


メレアネは目を瞬かせて、珍しく茫然としているカウゼンを見つめた。


「お前の常識はどうなっているんだ。言っておくが、お前の持っているカードは誰にも見せるなよ。すぐに城に引っ張られるぞ」

「え、ええと、それはどういう……?」

「くそっ、どういう教育なんだ。基本がごっそり抜けているのか。昨日、お前がカードを開いたとき、セイレルンダが真っ青になっていたのを見ただろうが」

「はい、見ましたが。気分が悪くなったのかと。朝からお忙しくされていたのに、戻られてすぐにカウゼン様の馬車の事故を聞かされたのですから」

「嘘だろう、そういう認識だったのか」


セイレルンダが体調を崩したというわけではないのか。

カウゼンは深々とため息を吐いて、メレアネに顔を寄せた。


「いいか、お前の持っているカードは国宝だ。それは知っているか?」

「はあ、そうなのですね……?」

「おい、こら、常識が全く仕事をしていないぞ」

「す、すみません。あの、これは祖母の遺品なので、私のものだと思っていて……まさかそんな恐れ多いものだとは。土に埋めちゃったのはよくなかったでしょうか」


知らなかったで済ませられるものではないとはわかっているが、メレアネは素直に困惑した。


「俺もまさか王家の墓の横に埋められているとは思わなかったがな。それは持ち主を選ぶ。だからお前の持ち物という認識で間違っていないが、国に三つしかないんだ。しかも神代の聖遺物だぞ。初代神娘が持ち込んだ占術の道具だ」


思わず、へぇと感心した声を上げる。

これは知らなかったと言ってはいけない状況であることくらいは社交性のないメレアネにだってわかっている。

祖母からもらったカードがそんな御大層な代物であることは正直びっくりだけれど、神代も神娘もどちらも知らないなんて絶対にカウゼンに知られてはならない案件だ。

なんか昔の話なんだなということはわかったので、その理解にとどめておく。


「カウゼン様は物知りですね」

「お前のせいでな。とにかく、人前ではカードを見せるな。占いの話もするなよ。お前が連れていけと頼むからわざわざ俺の秘書官として連れていくだけだ。余計な口をきいて非常識をばらまくなよ」


酷い言われようではあるが、メレアネはおとなしく頷いた。

自分の知識の何が非常識なのか、確かに判断がつかなかったからだ。

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