放課後探偵倶楽部

きやま

第一話「猫の探し物」

「ここにいる全員が、君を犯人だと投票した。彼女を殺した犯人は……君だね?――望くん」


 少年、光一が指差す先にいる犯人は、軽く息を吐き出してから笑みを浮かべた。


「……あーあ。うまく騙せたと思ったんだけどなあ」


 犯人はおどけるように肩を竦めてみせた。そして続ける。


「どこでバレたんだろう?証言?それとも証拠集めが偏りすぎたかな?」


 顎に手を当て思考を巡らせるように目線を上にやった犯人――望は、極めて明るい声でそう呟く。


「ともかく、これであたしたちの勝利ね」


 腰まで垂れたポニーテールを揺らしながら、色が深く息を吐き出した。


「……はぁ、やっと終わったんだ……。緊張したあ……」


 色の声に続くように、丸いメガネをかけたおさげの少女、一希が椅子の背にもたれてグーっと腕を伸ばす。




 パチッ、と俺は部室の電気を着け、部屋の真ん中に置かれた机を囲んでいる部員たちに声をかけた。


「今日はなんだ?ゲーム……か?」


 目を細めて見ると机の上には何かのカードが並べられているが、トランプや対戦するカードゲームのようにも見えず、俺は首を傾げる。


「あ、これはマーダーミステリーですよ。先生」


 光一が椅子から立ち上がり、一枚のカードを俺の目の前に差し出して見せてくれた。カードには『研究者』という文字とともに、科学者のような白衣を着ている見た目の人間のシルエットが描かれていた。マーダーミステリー……どこかで聞いた単語のような気がするが、俺は思い出せずに「あー」と適当な声を出すことしかできない。


「あ~、この間話したのに、お兄ちゃん俺の話をちゃんと聞いてなかったでしょ」

「学校では先生と呼びなさいと言ってるだろ、望」

「嫌だよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだしさ」


 10歳も歳の離れた弟は、最近反抗期なのか俺の言うことをなかなか聞いてくれなくなってしまった。小さい頃から俺が面倒を見てきたこともあり、兄弟仲は良いと思っているのだが、中学生は多感な時期だからと自分を慰める日々だ。



「マーダーミステリーは殺人事件の犯人を突き止めるゲームですよ、先生。」


 長いポニーテールを揺らしながら、色は机の上から2枚のカードを手に取り、光一と同じく俺の目の前にそれを突き出した。


「『犯人』?『血のついたロープ』……?」

「そう。これが望の役割カードと持ち物カードです。これが今回のゲームで望を犯人と判断する重要な情報でした。今回は犯人である望くんを正しく見つけ出せたあたし達の勝ち」


 色が腰に手を当て、ふっと息を吐き出すように軽く笑ってそう言うと、俺の隣にいた望が「今回は犯人が不利なシナリオだったんだって」と視線を壁に逸らしながら呟いていた。



「まあ、望くんがあんまり嘘が得意じゃなかったから、勝てたっていうのもありますけどね。でも色さんとか結構演技上手で、僕は最後まで犯人かと思っちゃってた」


「……そうかしら」


「うん、色ちゃん凄かったよっ!私、最後の光一くんの証言がなかったら、望くんが犯人だってわからなかったもん……!」


 光一と一希が色をすごいすごいと褒めると、色は照れ臭そうに顔を逸らしながら「一希はちょっと抜けてるからね」と照れ隠しのような刺を吐くのだった。微笑ましい部員たちのやりとりを眺めながら、俺は手に持っていた出席簿を机の上に置く。



「えーと……1人を除き全員いるな。せっかく発足したんだから、5人揃う日がくればいいんだが……」


 部員の顔を一人一人見渡し、俺は出席簿を開いて氏名の欄に丸をつけながらそう言う。俺がこの部活の顧問になってから、まだ2ヶ月程度しか経っていないが、部員が5人いるうちの1人の姿をまだ見たことがない。幽霊部員なんだろうが、担当している学年もクラスも違うのでなかなか出会うこともなく今になってしまっている。

 望から来ていない1人については話を聞いているが、やはりそれでも気になるものだった。


「ほら、お兄ちゃん。いつもの部活開始の掛け声、やってよ。……ま、もう勝手に始めてはいるけど」

「はは……でも先生、せっかくですからお願いします」


 望と光一に促され、少し気恥ずかしいが俺は部活開始の言葉を口にする。



「ほ……放課後探偵倶楽部、活動開始……!」



 23歳にもなって、中学生のノリに合わせるのは本当に恥ずかしいということを、ここ2ヶ月で痛いほど実感している。やけくそ気味に発した俺の言葉に、望だけが「おー」と気の抜けた掛け声で続けたのだった。





「今日はマーダーミステリー、昨日は推理小説、一昨日はサスペンス映画か……」


 光一が毎日書いている部活の記録表を確認しながら俺は独りごちる。“放課後探偵倶楽部“という大層な名前を掲げてはいるが、普通の中学校に事件が発生するはずもなく、部の活動はほとんど『放課後に集まって謎を解く』といった遊びのようなものであるようだった。

去年の冬近くに光一が設立した部活らしいが、今年から教師としてこの学校に勤めている俺はその辺りの詳しい事情を知り得ないので、活動内容に関してはなんとも言えない。だが、中学生の部活動というのはこういう楽しいものであって欲しいと思っているので、これはこれで良いと俺は思う。


「あ、そうだ。せっかくですから先生も一緒に遊んでみませんか?5人から遊べるシナリオもたくさんあるんですよ」


 光一はそう言いながら、部室に備え付けられているロッカーの中をゴソゴソと探る。そして「あ、これとか」と言いながら、手のひらに収まるほどの箱を何箱か持ってきて机の端っこの方へ並べた。


「幽々くん……あ、最後の部員の子なんですけど、彼が来たときに一緒にできたらいいなと思って買っておいたんです。ゾンビものとかあって結構面白そうじゃないですか?」


「お、本当だ。こっちは……大正時代?本当にいろんなジャンルのマーダーミステリーがあるんだな……。あ、ちゃんと部費で申請したか?経費で落ちるから、こういうのも記録しておいた方がいい。あと、お金は俺が出すから買い出し行く時とかはちゃんと言うんだぞ」


「あ、はい。ありがとうございます……先生って結構、いやかなり面倒見が良いですよね……。義務じゃないのにしっかり毎日、部室に様子を見に来てくれますし。望くんが先生のことを連れてきてくれて、先生が顧問になってくださって本当に良かったです」


 はにかんだような笑顔を見せる光一に、俺は心がじーんとなるのを感じながら「そうかな」と照れ笑いを浮かべた。



「まあ、俺の手柄かな?……あ、でもお兄ちゃん嘘つくの下手くそだからマーダーミステリーは向いてなさそう」

「あら。兄弟ってそんなところまで似るのね」

「それって褒めてる……?」

「ご想像にお任せします」


 部室の端っこで椅子に座って本を読んでいる望が呟くと、机に何かの用紙を並べて一希と談笑していた色がツッコむ。割と個々で自由に活動することも多い部活だが、完全に隔絶されているわけではない雰囲気が心地良さそうだと見ていて思う。


しっかり者で文武両道な部長の光一、明るく人気者な副部長の望、物言いは厳しいが頼りになる色、優しく雰囲気を取り持ってくれる一希……顧問の俺から見ても部員たちの相性は良く、きっと卒業まで仲良くやっていけるだろう。残る部員の幽々も、どんな子かはまだわからないがきっとすぐ馴染めるのではないか。



「う~ん、先生も嘘が得意じゃないのか……あ、だったらGMとかいいかもしれませんね」

「お、それは聞いたことあるぞ。“ゲームマスター“だろ?」

「はい、そうです。……でも嘘が下手でも楽しめるシナリオはたくさんありますから、一度はプレイヤー側で遊んで欲しいです。今度は先生も望くんも楽しめるようなものを探しておきますから」


「光一……」


 あまりにも出来過ぎた部長に感度していると、ガララッと勢いよく部室の扉がスライドされた。



「大変!大変なんだ!!」

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