回遊する古代魚

桜雪

第1話 回遊する古代魚

 他人の過去なんて解らないものだ。


 高校を卒業して就職した。

 上司と喧嘩して地方へ飛ばされ、僕は1年間ほど日陰で暮らす者達と接触を持つこととなった。


 きっかけは飲み屋街で酔っ払いに絡まれたこと、4人ほどだったと記憶している。

 酔っ払いなんて手こずる相手でもなかった、1人が店の中に逃げ込み、追いかけて入った店、そこで雇われていた中国人『李』と僕は出会った。

 面倒な輩の対応で雇われていた『李』に僕は手も足も出ないまま警察に引き渡された。

 一晩、警察に泊まり、翌朝、勤め先の上司が迎えに来た。

 相手が絡んできたこと、4人だったことが幸いし、そのまま釈放となったのだが、それだけでは済まなった。

 1週間もしないうちに、僕は暴れた店の弁償をヤクザに求められることとなった。

 仕事を終えると有無を言わさず車に乗せられ2つ離れた市の事務所で2日間、監禁された。

 払えるような額でもなく、僕は殴られ蹴られ、そこで初めて『LSD』という薬物を与えられた。

 幻覚作用を引き起こす麻薬である。

「金が無いなら、コイツを運べ」

 僕は、そこで運び屋として使われることになる。

『李』は昼間はホテルの厨房でバイトをしながら、そこの事務所へ出入りしてたのだ。

 当時の『LSD』は後に国内で騒ぎを起こす宗教団体からの供給であった。

 一時的な倉庫代わりで田舎ヤクザの事務所に置き、小分けで首都圏に持ち込まれていた。

 僕は事務所から売人へ渡す仲介役にされたのだ。

『LCD』は都内のコインロッカーに入れ、鍵を指定の場所へ置く、それだけの役割であり直接、売人と会うことはない。


 事務所で時折、『李』とは顔を合わせ、ポツポツと話すこともあった。

『李』には、娘がおり、月に何度か子供たちにカンフーも教えているとのことだった。

「強いわけだ…」

 僕も少しばかり『李』から習ったりしていた。

 そんなある日…『李』の娘が宗教団体に拉致されたと事務所の連中から聞いた。

 警察へ知らせるような環境でもなく、深い事情は知らないが、想像するにヤクザと宗教団体でのトラブルが発端なのだろうとしか…。


 結局、『李』の娘は他殺体として発見され警察が介入することとなったが犯人は挙げられなかった。

 見せしめに殺されたのだ。

 犯人なんて出るわけがない…。

 地方警察の捜査など彼らは簡単に捌けるのだ。

 警察も宗教相手には本腰を入れない。

 難しいのだ。

 被害者も加害者も情報を出せないのだから…。


 その後、『李』は事務所に姿を見せなくなった。

 数か月後、『李』は職場で同僚と喧嘩になり相手を刺してしまった。

 夕方のローカルニュースで知った。

 きっと、釈放されれば中国へ帰るのだろうな…。


 僕は、月に何度か事務所に呼ばれ相変わらず運び屋をしていた。

 新幹線を往復し、一応、警戒もしながら無意味に乗り換えしたり、移動手段を変えながら…そんなことばかり上手くなっていた。


 全国ニュースで流れた地下鉄で毒ガスが撒かれた事件。

 宗教団体が解散すると同時に事務所も解散となった。

 シノギがなくなったからだ。

 僕も自由になれた。


 1年に満たない期間であったが僕は確実に裏で生きていた。


 古代魚は今日も何処かで回遊している。

 そんな話だ。

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