第8話 アオヤマの嘘から出た実



社殿の中には妖艶な若い女性が座っていた。控えめに言ってもかなり綺麗な人だ。

小学生の武にも町坪弾四郎(ちょうのつぼ だんしろう)がお菊さんに惚れたのも分かる気がした。


外から覗いている武には、中の女性が幽霊と言われればそう思うし、普通の人間だと言われればそう思うだろう。


それよりも、武はお菊さんと目が合ったので気が気でない。


武が恐怖のあまり言葉を発せずにいると、隣の猫は「誰もいないぞー」と言った。


猫にはお菊さんが見えていないのだろうか?


「え?いるでしょ?そこに」と武は猫に言った。


「どこに?」と猫は武に聞き返した。


やはり、猫にはお菊さんが見えていないらしい・・・。

お菊さんは武にだけ見えるのだろうか?


武がどうすべきか考えていると、社殿の中の女性は言った。


「きみ、私が見えるの?」


武はどう返答すべきか考えた。


見えると言ってもいいのだろうか?

呪われたりしないのか?


アオヤマは『お菊さんは、基本的に害はない。』と言っていた。

このまま黙っていても話が進まないから、武は正直に言うことにした。


「見えるよ」と武は小さく言った。


「へー。君、凄いな。名前は?」お菊さんは言った。


「僕の名前は山田武。こっちは猫のムハンマド」

武は聞かれてもいないが隣の猫も紹介した。


呪われるんだったら猫も道連れだ。


急に名前を呼ばれた猫は「どうしたんだ?」と武に聞いてきた。

お菊さんとの会話の途中だったので、武は「いま、お菊さんと話してる」と猫に手短に説明した。猫は状況を察したようだ。


お菊さんは話を続ける。


「武くんか・・・。私の名前は知ってる?」


「お菊さん?」武は恐る恐る聞いた。


「そう、私は菊。有名だものね」と女性は言った。


「一つ聞いていいかな?」武は勇気を振り絞ってお菊さんに言った。


「なに?」お菊さんは優しい声で言った。


「あのさ、僕にはお菊さんが全体的に白っぽく見えるんだけど・・・。白っぽく見えるのは幽霊だから?」


「ああ、これ。ちょっと待ってね」


お菊さんはそう言うと、お菊さんの体の周りにあった膜(まく)のようなものを取った。

すると、普通の人間と同じ色合いのお菊さんが現れた。


「急に人間が出てきたぞ!」猫は驚いて言った。


猫には今までお菊さんの姿が見えていなかった。

膜を取ったら目の前にお菊さんが現れたから、猫はビックリしたようだ。


「だから、言ったでしょ。お菊さんがいるって」と武は言った。


「そうだな。本当にいたんだな・・・」猫はかなりビビっている。


武と猫のムハンマドが騒いでいると、それを聞きつけた猫のアオヤマが社殿の外から話しかけた。


「何を騒いでるんだ?お菊さんでもいたのか?」とアオヤマは言った。


「お前見えないのか?お菊さん、そこにいるだろ!急に出てきたからビックリした」とムハンマドが言った。


「え?お菊さん?」

アオヤマはそう言うと社殿に近づいてきた。


「え?誰かいるの?」とアオヤマは言った。


「だーかーらー、お菊さん!」ムハンマドはキレている。


「お菊さん?本当にいるの?冗談だったんだけど・・・」


どうやらアオヤマは武と猫のムハンマドを「中にお菊さんがいる」とからかったようだ。


社殿の中に入ったアオヤマはお菊さんと目が合った。


お菊さんは本当に社殿の中にいた・・・。


本物のお菊さんを見てしまったアオヤマは固まった。

恐怖で震えている。



アオヤマは自分が言ったことを後悔した。


『嘘から出た実』とはよく言ったものだ・・・。

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