第19話「夜の帳に-3」

「……正気か?大体、人間の間で出回っている噂話なんてほとんどゴミみたいなデマカセだぞ」


「それでも、わたくしはその“ゴミみたいなデマカセ“であなたを召喚したのよ」


 呆れたようにグースは溜息を吐いた。形のない妙なものに頼るだなんて本当に馬鹿げた話だけれど、わたくしにはもうこの手段しかないような気がしていた。


「あなたの力を借りる事なく、わたくしは“学園の怪異”を使ってわたくしの人生を切り開いて見せますわ!」

「……はあ。悪魔だろうが怪異だろうが人間にしてみれば大して変わらないだろ。何をそこまで気にしているのか理解しがたいな」

「これはわたくしの、わたくしのためのケジメですわ!あなたに理解できなくても、わたくしがわかっていれば良いの!」


 グースはしばらく無言でわたくしの事をじっと眺めた後、軽く息を吐いてわたくしから顔を逸らした。何かを思案するように口元に手を添えた後、再びグースの瞳はわたくしを正面から射抜いた。


「良いだろう、やるだけやってみればいい。お前が言うように、中に本物が紛れ込んでいる可能性はゼロじゃないからな。……とはいえお前がちゃんと見つけられるかは話が別だが」

「あなたの許可がなくても勝手に探しますわ!……さりげなくわたくしを貶してるでしょう!?常々無礼な悪魔ね!」

「調子が戻ってきたな……お前の心底不快な小言を聞く義理はないから俺は行くが、気が変わったらさっさと願えよ」

「ですから!わたくしは自分の実力で――」


 パチン、とグースは指を擦らせて音を出し、瞬く間に消えてしまった。


「……本当に情がないのね」


 外に取り残されたわたくしは、1人ポツンと呟く。ふと自分のドレスが乾いていることに気付いた。

 ……服が乾くほど長く話していたのかしら?誰にも見られていないわよね?


 周囲を見渡してみるけれど、人の気配は感じられない。舞踏会の会場から部屋に戻るために通るはずの通路なので、きっとまだ舞踏会は終わっていないのでしょう。妙な緊張感から解き放たれたわたくしは、深く息を吐きだした。



「あら?変ね……ドレスだけじゃなくて髪も乾いているわ。それに体も冷たくない……?」


 あれだけ雨に打たれて濡れたというのに、体の芯から冷たくなるような感覚がない。まるで雨など降っていなかったのかと錯覚してしまうほど、わたくしの体や服は濡れても乱れてもいなかった。けれど、すぐそばにある花壇に咲いている花の花弁に雨粒が伝っているし、わたくしの立っている大理石の床だって水の膜が表面に張っている。

 わたくしだけ濡れていない……考えられる理由は1つしかなかった。


「……なんなの、かしら」


 形容しがたい変な気持ちを紛らわすように、わたくしは早足で自分の部屋へ向かった。





「明日から、学園の怪異について調べることになりそうね……とりあえず今日は疲れたからもう休もうかしら」


 自室に戻ってきたわたくしは、机の上にずっと置いていたあの呪いの本……改め『悪魔召喚』の本を眺めてそう呟いた。そして身軽な寝衣へと着替えてベッドへ入る。舞踏会から逃げ出したあの時、様々な感情がわたくしの中で混ざって普通でいられなかったけれど、何故だか今は明日のことを考えられる余裕があった。


 明日は、さすがにスパーク様には謝った方がいいわよね。それから図書室に行って、怪異のことを少し調べてみようかしら?それから、それから……


 思考を巡らせるのがだんだんとゆっくりになり、やがて深く沈んでゆく――。

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