人柱奇話
木ノ下 朝陽
‹前編›
昔、都に一人の女がありました。
女の夫は早くに先立ち、
女は一人、夫の遺した家業と、
忘れ形見の一人娘とを守り、
家業の商売の方は、
夫が健在だった時よりもなお、栄えさせておりました。
さて、その忘れ形見の一人娘の方はと言えば、
こちらは少々以上に変わった娘でした。
年頃にもなり、
器量も、また頭の働きも悪くないと言うのに、
家業は、ほんの手伝いばかり、
他の娘達のように、美しく身を飾ることにも、
色恋にも興味を示さず、
母親が縁談を煩く持ち込んで来ないのを良いことに、
暇さえあれば、
昼は縁に近い辺りに文机を出し、夜は塗籠に閉じ籠り、
そのためにわざわざ誂えた、美しい細工の施された箱に収められた、
家伝来の美しい細工物や裂地を取り出しては、
飽きもせずに眺めたり、
母親の若い頃集めた、また亡くなった父親の遺した、仮名文字の書物の数々に埋もれ、
根の続く限り読み耽ったりしておりました。
その母親がふとしたことで病を得、床につくようになり、
何かにつけて娘に頼り、娘を常に傍らから離さなくなって以来、
娘には、縁先に居座る暇も、塗籠に閉じ籠る暇も、もうなくなりました。
家業は親類の者に任せ、
自分は昼夜を問わず母親の枕元に付き添い、
食事や薬の世話で一日を過ごしました。
たまに、母親の薬を取りに外出するついでに、
表の空気を吸うのと、
母親の寝付いた隙に、
病人の枕元で少しだけ書物を拾い読むのが、
娘の、ほんのささかな慰めとなっておりました。
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