第16話 終わりの時
「ご迷惑をお掛けしました。後は、警察でお話します」
「……解りました」
夕子も立ち上がると、垣村を
「垣村さん……」
「垣村ちゃん……」
その笑みに弾かれる様に、萩原ががたんと音を立てて立ち上がった。背後で椅子が小さく揺れる。
「ちゃうやろ! 3人でやったんやろ? あなたひとりに被ってもらおうやなんて思ってへんわよ。見くびらんといて!」
その強い声には怒りが含まれていた。このまま垣村を見送っていれば、ひとまずこの場は乗り切れただろうに、自ら飛び込んで来るとは。気が強く、プライドが高いのだろう。だからこそ騙されてしまったとも言えるかも知れない。
「……そうやね」
門脇が大きく息を吐いて、呟く様に言った。
「
「……私にはさ」
萩原が溜め息とも取れる息を吐き、重い口を開いた。夕子が垣村にまた座る様に促し、夕子も椅子に戻った。
「ラフな私服で近付いて来たんですよ。学生を装って。門脇さんにもそうやったんやんね?」
門脇が頷く。
「お金持ってそうで、独身で寂しい女に見られたんやと思う。甘えて来られて、気ぃ許してもた。絵が好きで、欲しい複製原画があるけど、自分ではとても買われへんて言われて。お金貯まるまで待っとったら売り切れてまうって言うから、ほんまにしょんぼりして言うから、つい
淡々と話していた萩原が急に
「解ってんねん! 自分が馬鹿やってことは! でもほんまに悪いんは田渕や無いの! 人の弱みに付け込んでさ! あぁ腹立つ! ようドラマとかで「死んでもええ人間なんかおらん」なんて言うけど、救いようも無いクズは死んでもええんや無いん?」
萩原はプライドが高くて気が強い。独身で寂しがっていたかどうかは判らないが、田渕にはそう見られたのだろう。そこを付け込まれた形になったと思われる。
プライドが高いので、周りに弱みを見せる様な事はしないだろう。気が強いので心を許せる友人も少ないかも知れない。その隙間に田渕が入り込んで来たのだ。
まるで小動物の様に甘えて頼って来られたら、
確かに可愛い年下の子がいれば、そうなるのも解らないでは無い。しかしただ甘やかせば良いと言うものでは無い。
今回の場合、田渕が欲しいと言った高額な複製原画を買ってしまうまで、男女交際のいくつかの段階を進んでしまったのだろう。肉体関係だってあったかも知れない。デートの費用も萩原持ちだったのかも知れない。
そこまで
「刑事さん、3人でやったんです。だから逮捕するんやったら全員してください。逃げも隠れもしませんよ」
気が強くてプライドが高くて、そして誇りすらある。
「解りました」
夕子は頷き、あらためて立ち上がる。それに倣う様に冬暉も腰を上げた。
殺人なんて一大事、犯行を知られない様に様々な策を弄しただろうに、結局こうして白日の
夕子も冬暉も数々の犯罪者と向き合って来た。その中には詐欺や
今回は殺人だ。その罪は大変に重いものだ。しかしいつも思う。もっと他に方法は無かったのかと。
特に今回の場合、
タイミングが悪かった、と言うには
「萩原さん、門脇さん、ごめんなさい」
「私が殺そうなんて煽らんかったら、他の方法をやってた……私が」
「せやから、見くびらんといてって言うたやんね」
萩原が垣村のせりふを掻き消す様に声を張った。
「
「そんなつもりや」
「「殺しちゃう?」って言うたんは私。死んで欲しいて思ったからそう言うた。100万円は大金や。でも殺すほどの金額や無いやんね。こう見えても私高給取りで、貯金もそれなりにあってん。さすがに
どうやら夕子の想像より、萩原のプライドは高い様だ。鼻息も荒く言い放つその表情は、眉間にしわを寄せ目が吊り上がり、普段の美しさは見られなかった。
「私も似た様なもんかな。萩原さんほど過激やあれへんけど」
門脇が
「私はまぁ、萩原さんや垣村ちゃんみたいに順風満帆てわけや無かったけど、100万なんて大金騙し取られるようなことしてこんかった自負はあるで。自分かて馬鹿やったかも知れへんかったけど、せやからて詐欺られるいわれは無いやんねぇ。さっきも言うたけど。それに、私はさほど高給取りってわけや無かったから、100万円は細々としとった貯金の大半やったもん。騙す相手間違えたよねぇ、田渕。その上殺されてまうなんて、馬鹿な男やわ」
殺したんはお前らやろが。そんな突っ込みが
そしてもうこれ以上ここで身の上話を聞く必要も無い。後は警察署の狭い狭い取調室で、包み隠さず洗いざらい喋っていただこう。本人たちが自供をしているのだから、時間はたっぷりある。
「ねぇ、刑事さん……、他に方法があったでしょうか」
いつの間にかバッグから出したであろう、黄色い可愛らしい花柄のハンカチで目元を拭いながら、垣村が呟く様に言う。
「あった、って思います。あなたたちは紛れも無く、最悪の選択をしましたね」
口調は静かなものだったが、夕子は
越えてしまったそのラインは、一生を懸けても戻っては来られないのだと夕子は思うし、言い切れる。何年何十年と刑務所に服役し形として罪を償ってもだ。反省しても再び罪を犯さずとも、戻っては来れないのだ。
「ほな、行きましょか」
夕子が椅子を離れると、萩原たちもそれに続く様にのろのろと立ち上がった。冬暉は
夕子たちが出て行き店内が静かになると、
「はぁ〜、なんか疲れたぁ」
春眞が手近な席に掛け、テーブルに突っ伏した。
「面白かったで? 殺した理由は結構強烈っちゅうか
「陳腐、やと思うんやけどね〜。垣村さんはちょっと同情の余地あるかもだけど〜」
「さぁさぁ、お店再開するわよ〜。そこのテーブル片付けてちょうだいね〜」
「うん」
秋都が先ほどまで萩原たちが使っていたテーブルを示し、春眞は立ち上がった。
「茉夏は表のプレート「OPEN」にして、黒板出して来てちょうだ〜い」
「オッケー」
茉夏も素早く動く。
「冬暉たちが帰って来たら話聞かせてくれるでしょうから、それまで頑張って働いてちょうだいね〜」
「僕は別に特には」
「はーい!」
特別興味無さげに言う春眞に対し、茉夏は元気に声を上げて、シュガーパインの表に出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます