第13話 作戦開始です
「手っ取り早く、ダブル尾行と行きましょ」
その日の夜、さっそく
仕事を終えたばかりの
「春眞くん、もっかい写真見して」
「どうぞ」
春眞はいつでもすぐに見られる様にと、シャツの胸ポケットに忍ばせておいたプリントを取り出し、夕子に差し出した。
コートとシャツの色は夜に
このプリントは今朝、カフェ・シュガーパイン開店とほぼ同時に山崎さんが持って来てくれたものを加工したものだった。今日は仕事が休みだったと言う事で、わざわざ来店してくれたのだ。
今や写真もデータでやり取りする時代である。だがカワカミリースでは慰安旅行の集合写真だけは、大きくプリントされたものが希望の参加者に配られたらしい。山崎さんはせっかくの記念だからと受け取ったのだった。
それを一部拡大スキャンし、前原の顔を抽出して、プリントしたのである。なので少しぼけてしまっているのだが、
山崎さんへのお礼が自慢のブレンドコーヒー1杯しかできなかったので、「今度あらためてお礼しなくちゃね」と秋都は張り切っていた。
ちなみに淡いグレイのダッフルコードにブルーとチャコールグレーの大振りボーダーのカットソー、ホワイトジーンズとシルバーのスニーカーという私服姿だった山崎さんは、やはり爽やかに見えた。
前原は写真が好きでは無いのか、
「前原もメンテナンススタッフなので、お客さまの不愉快になる様な事は無いはずなんですが、どうにも陰気なところがあると言いますか……」
山崎さんの言葉の通り、この写真写りは前原という人間の気質を
「ありがとう」
夕子から戻って来た写真を、春眞はあらためてじっと見る。しっかりと覚えなければ。刑事である夕子に観察眼や注意力の点では敵わないかも知れないが、視力は春眞の方が格段に良い。それに加えて夜目も利く。できるなら自分が見付けたかった。
春眞と夕子は前原を待ち伏せ、速水さんの後を付ける前原を尾行するのだ。その為にはまず速水さんを見付けるのが得策と解っている。その後なら前原を見付けるのは難しく無い様に思える。
今日の事は既に速水さんにも伝えてある。いつでも見てもらえる様にとメッセージを送っておいた。速水さんが会社を出る時に
21時が15分余りを過ぎた時、速水さんが大阪メトロの長居駅方面から姿を現した。速水さんは一瞬立ち止まって2、3度辺りを見渡すと、また足を動かした。春眞たちを探してみたのかも知れない。しかし春眞たちは目立たない様に隅の柱の陰にいたので、見つからなかった。速水さんはこのまま真っ直ぐシュガーパインに向かうはずだ。
後を付けられている事に気付いてからこっち、帰りにどこにも寄る気になれず、晩ご飯の買い物すらする気になれずに、家に買い置きしていたインスタントやレトルト、冷凍食品などで凌いでいるらしい。
速水さんの後ろ姿を見送りながら、春眞と夕子は辺りに目を凝らす。前原はどこだ。改札の周りや駅前の通り、持ち前の視力を駆使して、見える範囲をくまなく見渡す。すると。
「夕子さん!」
「おった!?」
「あれ!」
春眞が指差した先に、確かにプリントの人物がのそりと歩いていた。少し長めの髪に、ひょろりとした
行こうとする方向も速水さんが歩いて行った、シュガーパイン及び速水さんのマンションの方だ。間違い無い。春眞と夕子は頷き合うと、前原の後をそっと追った。
足音が目立たない様に、春眞の足下は黒のスニーカーだ。夕子も仕事用の靴なので、革のローヒールのウエッジパンプスだが、靴底はゴムなので足音がしにくい。
それでもふたりは慎重に、前原を追って歩いて行く。道は判っているから見失う確率は低い。しかし駅から離れる程に人通りは少なくなって行くので、気付かれるリスクは高くなる。
しかしきっと前原は速水さんを追う事に夢中で、自分が追われているとは想像もしていないに違いない。それでも念押しするのに越した事は無い。
前原の足が止まった。春眞と夕子もそれに合わせて立ち止まる。春眞が目を凝らしてみると、速水さんがシュガーパインに入るところだった。
「なんや?」
「速水さんがうちに着きました。出て来るまで待つんでしょう」
「なるほど」
ややあって、速水さんが夏茉と冬暉を伴って出て来た。茉夏は私服のグリーンのカットソーとジーンズと黒のダウンコートに着替えていた。流石にカフェの用事でも無いのにメイド服で外を歩くのは抵抗があったのかも知れない。
速水さんを真ん中に3人並んでマンションに向かって歩き出すと、前原の足も動き出した。
「行きますか」
「うん」
春眞と夕子も歩き出す。前を歩く前原がシュガーパインを過ぎ、春眞たちが差し掛かった時、静かにドアが開いた。
「え?」
「はぁ〜い」
にこやかな顔で手を振る秋都だった。
「どないしたん」
「私も行くわよ〜。
秋都の楽しそうな笑顔に、春眞は「遊びや無いんやから」と溜め息を吐いた。
「ま、心強いけどさ」
ひとり増え、3人で前原の尾行を続ける。もう人通りはすっかりと無くなっていて、前をもそもそと歩く前原を見失い様が無かった。
時間が無かったからか、秋都はエプロンを外してコートを羽織っただけの制服姿だった。トップスが白のシャツなので目立ちやしないかと思ったが、これまでも前原に感付かれる気配は露ほども無かったので大丈夫だろう。
「尾行なんて久しぶり〜。何だかわくわくするわねぇ〜」
「せやから、遊びや無いんやっての」
「現役時代を思い出しますか?」
「現役ん時はこんなに楽しく無かったわよ〜」
ひそひそとそんな話をしながら、こそこそと歩く。
3分ほど歩いたところで、前原の足が止まった。速水さんのマンションからはまだ少し距離があった。まだ曲がり角もあるので春眞の視力を持ってしても見えないが、恐らく速水さんたちがマンションに着いたのだ。前原は傍らの一戸建ての塀に身を潜めた。そこからマンションを見る事ができるのだろうか。
前原は5分ほどそこに潜んでいただろうか、また歩き出した。引き返したりはせず、そのまま速水さんのマンションに進む。春眞たちもそれに合わせて動いた。
先ほどまで前原が立っていたところから覗いてみる。なるほど、確かに遠目ではあるが速水さんのマンションが見える。各部屋のベランダが見え、殆どの部屋の電気が灯っていた。前原は速水さんの部屋の電気が点くのを待って、動き出したのかも知れない。春眞たちはそれを確認して、また歩き出す。
マンションの玄関が見えるところまで近付いた。前原は玄関脇のポストの前に佇んでいた。この位置からなら、春眞の視力なら前原の行動の殆どが見て取れた。
速水さんの部屋のポストは上からふたつめ、奥から3つめ。前原が紙片をそこに放り込めば、もう疑い様が無い。そしてそれが好機でもある。
「夕子さん、合図をしたら頼みます」
「オッケー」
「どきどきするわぁ〜」
春眞たちは前原の行動をじっと見据えた。
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