カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
プロローグ
カフェ・シュガーパインでございます
里中
3人には里中
シュガーパインは兄弟3人で経営していて、末弟の冬暉だけが別の会社に就職した。これに関しては
シュガーパインは大阪市の
だがやはりいちばんの特徴は長居公園だろうか。広大な敷地を誇り、3軒の競技場を
他にも人気のカフェの支店や長居植物園、自然史博物館などもあり、春には公園内の桜が鮮やかに開き、お花見の季節にもとても賑わうのである。
さて、シュガーパインの午後は平和に過ぎていた。週末だが平日の金曜日なのでお客さまは5割ほど。この時間帯はティータイムと洒落込むお客さまが殆どである。
オーナー兼シェフの秋都はキッチンで焼き立てのパンケーキに飾り付けをしていて、ホールスタッフ兼経理の茉夏は現時点までのレジをチェックし、同じくホールスタッフの春眞は店内に気を配りながら、食器洗浄乾燥機から上がって来た食器を磨いている。
「春眞〜、ベリーのパンケーキ上がったわよ〜」
「はぁい」
秋都の言葉使いは女性っぽい。彼はオネエなのである。と言っても本物では無く「営業オネエ」だ。元々中性的な気質ではあったので、この様な言葉使いもそれに伴う仕草も、無理をしている訳では無いし、不自然にも映らない。
「この方がお客さま受け良さそうやし〜」
秋都はそう言い、それは的を射ていた。メインターゲットである女性客からは好印象で、カフェの雰囲気を穏やかにするのにも一役買っている。
さて、春眞はカウンタ越しに出されたパンケーキを受け取ってフロアに出る。目的のテーブルに進みながら、フロア中を見渡して見ると、お冷やが少なくなっているテーブルが目に付いた。後でお注ぎしに来なければ。
「お待たせいたしました。ベリーソースのパンケーキです」
ホール仕事もすっかりと慣れたものだ。大きな音を立てない様にすっとプレートを置く。色良く焼かれたパンケーキに、ふんわりときめ細かく泡立てた甘さ控えめの生クリームをたっぷりと絞り、ほのかな甘みと酸味を利かせた真っ赤なベリーソースを掛け、生の苺とラズベリーとブルーベリーを添えて。
若い女性のお客さまは「おいしそー」と言いながら表情を輝かせ、写真を撮るためかスマートフォンを構えた。
シュガーパインではホットケーキの提供もあって人気メニューなのだが、パンケーキもそれと変わらず人気がある。そのものが甘く、バターとメイプルシロップでシンプルにいただくホットケーキと、そのものの甘さは控えめだがトッピングが華やかで、その内容によっては軽食にもなるパンケーキ。
シュガーパインではホットケーキはお子さまやご年輩のお客さま、パンケーキは若い女性のお客さま人気である。
春眞はカウンタに戻り、お冷やの入ったピッチャーに手を伸ばす。その時中の秋都から声が掛けられた。
「春眞〜、お冷やをお注ぎしたら休憩に入ってええわよ。30分ね〜」
「オッケー」
春眞は全てのテーブルを回りながらお冷やをお注ぎし、ピッチャーをカウンタに戻すとバックヤードの事務所兼控え室へと引っ込んだ。やれやれ、やっと休憩である。
カフェだと言うのに、休憩のお供はインスタントコーヒーである。シュガーパインでは美味しい上等なコーヒーはお客さまに提供される為に存在するのである。従業員の、それも家族に
その代わりと言うのか何なのか、スーパーで買えるインスタントコーヒーの中では比較的
春眞は湯気が昇るゴールドブレンドをちびりと飲み、テーブルに置きっぱなしにしてある傍らの漫画雑誌の最新号をめくる。週刊発行のそれを、春眞は毎週の楽しみにしていた。
紙上では正義感溢れる男子高校生が
そうして熱中していると、休憩時間なんてあっと言う間に過ぎてしまう。だからか控え室のドアが開かれた事にも気付かなかった。
「こらー春眞ー、休憩交代ー」
そう言われながら頭を軽く
「あれ、もう俺の休憩終わり?」
「30分経ったで。次はボクの番」
茉夏の一人称は「ボク」である。性格も男勝りで、もしかしたら兄弟の男3人の誰よりも男前なのでは無かろうか。恐らく腕に任せる
しかしそれは動いて口を開けばの話で、黙って立っている分には女子力が高く見える。髪も
カフェの制服も女性用はメイドと思しきデザインのものだった。それも茉夏の本性を隠す一端を
パーティグッズやメイドカフェで見る様な可愛らしいタイプでは無く、控えめなヘッドドレスも含めて品良くまとめられている。それが茉夏に良く似合っていた。
ちなみに男性の制服は白のシャツに黒のパンツ、黒のハーフエプロンである。決して執事風では無い。
春眞は茉夏と入れ替わる様に立ち上がった。
「はいよっと。あ、しもた、おやつ食べ忘れてもた」
晩ごはんは兄弟揃って閉店後に取る事にしているので、この休憩時間に何か食べておかないと保たないのだ。雑誌に熱中し過ぎていてうっかりしていた。しかし毎週楽しみにしているバトル漫画がいつも以上にやたらと面白かったのだ。食べ忘れたのは自分が悪いのに、つい責任転嫁したくなる。
「とりあえずカロリーメイトでも食べて行きぃや春ちゃん。ほらほら急いで急いで」
茉夏がカロリーメイトチョコレート味を手早く剥いてくれたので、春眞はそれを大口開けて放り込み、もぐもぐさせながら店に向かった。
「
向こうに行くまでに飲み込んでおかなくては。口にものを入れたままお客さまの前に立つなんてとんでもない。秋都にも吹っ飛ばされるだろう。
「兄ちゃんお待たせ」
そう言う頃には、カロリーメイトは無事食道を通過していた。
「は〜い。じゃあフロアよろしくね〜」
「はぁい」
春眞は普通の青年である。少しばかり人より
聴覚の良さはお客さまに呼ばれた時にいち早く気付く事が出来るし、視力の良さはお冷やのグラスや料理の皿があいた事をいち早く気付く事が出来る。なかなかのお役立ちだった。
嗅覚だけはあまり役に立たないが。万が一秋都が煮込みなどを焦がしてしまったりすれば大事になる前に気付けるだろう。だが幸いにして秋都がそういううっかりをやらかした事は一度も無かった。
ちなみに足の速さはお釣りを受け取り忘れたお客さまを追い掛ける時に役に立った事がある。ついでに言うと跳躍力は今のところ使いどころが無かった。
さて春眞はその視力を活かし、店内をぐるりと見渡す。と、こんな時間帯だと言うのにお食事を摂られていた窓際のお客さまの皿がちょうど空いた。伝票を見ると食後に紅茶のご注文がされてある。春眞はカウンタからポットと茶葉を取り出した。
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