第15話:Taken by Surprise 其の1

 木賃宿に着いたベラマッチャたちは、部屋に入ると今後の事を話し合った。


 脱獄犯として賞金稼ぎに狙われている以上、ここに留まるのは危険である。皆の意見は早急にこの街から立ち去る事で一致していた。


 四人は急いで荷造りし、ブックジョウを出るべく夕暮れの路地を歩き始めた。


「諸君、夜になれば街の門が閉ざされてしまう。今夜は街の外に野宿して、明日ディープバレーに向かおうではないか」


 ベラマッチャの提案にポコリーノとヘンタイロスが賛同した。


「それがいい。兎に角この街を出る事が先決だぜ」


「そうだわん。ワタシ、命を狙われるなんて御免だわん」


「むう、まずこの街を出ぬ事には始まるまい」


 幸いにも木賃宿は街外れにあり、城門まで目と鼻の先だ。


 シャザーン卿はヘンタイロスに跨ると、先頭に立って進み出した。ベラマッチャとポコリーノも後に続いて歩き出した。


 路地を出て大通りを右に曲がると目の前に城門が見える。日が落ちる前に街に入ろうとする旅人たちで一杯の門の前に来た一行は、人波を縫いながら門を出て行った。


 門を出ると、辺り一面に草原が広がっている。夕暮れの日差しを受けた草々は風に靡き、海の波の様に美しい模様を作り出している。


 草原を吹き抜ける心地よい風にベラマッチャは、故郷で家族や村人たちと楽しく過ごした日々をふと思い出した。


 一時間ほど歩くと日が暮れてしまったので、一行は草原の中で野宿し、明日の朝早くに出発する事にした。


 ヘンタイロスは荷物から携帯食料を取り出し、皆に配ると火を熾した。四人は焚き火を囲んで腰を下ろし、世間話をしながら食料を食べ始めた。


「いよいよディープバレーだ。ポコリーノ君、イザブラー親分に会うにあたってゲルゲリー公の時のような事になってはいかん。くれぐれも注意してくれたまえ」


「冗談じゃねえ。イザブラー親分に喧嘩を売るような真似をしたら、イドラ島中の渡世人や稼業人に命を狙われちまう」


「なに、シーマ・イザブラーに会うじゃと?」


 ベラマッチャとポコリーノの会話を聞いていたシャザーン卿が、驚いた顔でベラマッチャに聞いてきた。


「シャザーン卿、君には話してなかったな。僕等はディープバレー騎士団統領、ゲルゲリー公からサンダーランド強制収容所から脱獄したら、イザブラー親分の所に行くよう言われているのだ」


「成る程……貴様の復讐にはこれ以上ない味方じゃな。だが、シーマ・イザブラーに会うためには渡世の仁義を切らなければならんぞ」


「シャザーン卿、仁義とは何だね?」


「その事は余に任せておけばよい。さあ寝るぞ」


 シャザーン卿は焚き火の傍でゴロリと横になり、あっと言う間に寝てしまった。


 ベラマッチャたち三人は仁義について議論を交わしたが、結局何の事かよく分からず、明日は全てをシャザーン卿に任せる事にして眠りに落ちた。


 翌朝、目を覚ましたベラマッチャは他の三人を起こし、ヘンタイロスが作ったスープを食べて出発した。


 草原の中の道を歩き続けると、目の前に街らしき影が見えてきた。


「諸君、このあいだ宿を取った酒場に行ってみようではないか」


 ディープバレーに入るとベラマッチャは先頭に立ち、酒場に向かって歩き始めた。


 酒場に入ると、カウンターの中に見覚えのある男が立っている。ほんの数日前に別れたのに何となく懐かしくなり、ベラマッチャは男に声を掛けた。


「マスター、お元気かね?」


「おお……あんたたちは……」


 男は入り口に顔を向けると嬉しそうな顔をして、ベラマッチャたちにカウンター席に座るよう進めた。


「僕はミルクをもらおう」


「ワタシはビール」


「余は葡萄酒じゃ」


「マスター、カクテルだ。何でもいい。ただ、ピンク色のは勘弁してくれ。甘すぎて俺好みじゃねえんだ」


 マスターは注文を受けると、ベラマッチャたちの顔をチラチラ見ながら飲み物を用意し、カウンターに置いた。


「あんたたち、ゲルゲリー様からお咎めを受けたんじゃないのか?」


「マスター、勘違いしては困る。僕等はゲルゲリー公に咎めを受けたのではない」


 ベラマッチャはマスターに詳しい事を話さなかった。既にブックジョウで賞金稼ぎに狙われたのだ。脱獄の事は人に知られては困るし、知ったマスターにも迷惑が掛る。


 ベラマッチャは話題を変えるためイザブラー親分について尋ねた。


「マスター、イザブラー親分の家を知っとるかね? ゲルゲリー公からイザブラー親分を尋ねるよう言われとるのだが」


「イザブラー親分だって!」


 ベラマッチャの言葉にマスターは驚きの表情を浮かべて大声をあげた。


「そう、イザブラー親分だ。僕等はゲルゲリー公との約束を果たすため、彼の処へ行かねばならないのだ」


「ゲルゲリー様の次はイザブラー親分か。あんたたち、ひょっとして偉い人たちかい?」


 マスターは笑いながら答えた。


「イザブラー親分の屋敷は、この先の十字路を左に曲がった突き当たりだ。行けば分かるよ。大きなお屋敷だからね」


「すまないマスター、恩に着るよ」


 ベラマッチャたちは飲み終えると、マワシから皮袋を取り出してコインをカウンターに置き、マスターに挨拶して店を後にした。


 酒場のマスターに教わったとおりに路を歩き、十字路を左に曲がると、正面に大きな屋敷が見える。


「諸君、どうやら正面の大きな屋敷がイザブラー親分の家らしいな」


 ベラマッチャは大きな屋敷を指しながら、三人に向かって声を掛けた。


 四人が屋敷の前まで行くと門は開け放たれており、奥に家が見える。シャザーン卿はヘンタイロスから降り、皆の先頭に立って門を通って屋敷の中に入って行った。


 玄関の前まで来ると、シャザーン卿が振り向いた。


「これから仁義を切る。前屈みになり両手を膝の上に置いて、頭を垂れておれ」


 そう言うとシャザーン卿は扉を少しだけ開け、家の中に向かって挨拶を始めた。


「軒先にて御免こうむりやす。ご当地お貸元、シーマ・イザブラー親分さんのお宅はこちらさんでございやすか」


「御意にござんす。ささ、ご遠慮なさらず、お入りください」


 シャザーン卿が挨拶すると家の中から男の声が聞こえて来たので、ベラマッチャたち三人は、シャザーン卿に言われたとおりの姿勢をとった。


「お言葉に従いやして、敷居内御免こうむりやす」


 シャザーン卿は扉を開け放ち、家の中に一歩入ると前屈みになり頭を垂れた。


 家の中には男が一人おり、左手を膝に置いて右手の掌を上にして前に差し出し、こちらに向いて立っている。


 シャザーン卿も男と同様の姿勢を取り仁義を切り始めた。


「お控えなすって」


「お控えなすって」


 男もシャザーン卿に応じ、双方同じ言葉を三度繰り返した後、シャザーン卿がゆっくりと顔を上げた。


「急ぎ旅でござんす。手短な挨拶、御免くださいやし」


 シャザーン卿の言葉を聞くと、男の表情が強張った。急ぎ旅とは罪を犯した者が旅をしているという事だ。そんな連中がディープバレーの保安官であるイザブラー一家に来る事はない。


 男はシャザーン卿と外に居る三人をチラリと見た。そこには渡世人には見えない奇妙な連中が居た。


 男の態度を見たシャザーン卿は、一瞬の間を置いて仁義を続けた。


「手前、生国と発しますはイドラ島です。イドラ島イドラ島と言いましても広うござんす。イドラ島は王都ドンロンの街で生を受け、姓名の儀、シャザーン卿と申すケチな盗賊でござんす。イドラ島中津々浦々、どちらでお会いしてもお引き立ての程、宜しくお願い申し上げます」


 かなりの場数を踏んで来たと思われるシャザーン卿の流暢な仁義に、男も稼業のしきたりに従って仁義を返した。


「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。手前、生国と発しますはイドラ島です。イドラ島イドラ島と言いましても広うござんす。イドラ島はディープバレーの街で生を受け、縁あってイザブラーを博打稼業の親に持つ、姓名の儀、ロエイゴーと申します。イドラ島中津々浦々、どちらでお会いしてもお引き立ての程、宜しくお願い申し上げます」


 ロエイゴーと名乗った男は仁義が終わると、こちらに向かって床に座り、外に居たベラマッチャたちに入って来るよう勧めた。


 三人が静かに家に入るとロエイゴーが、冷たく突き放す様な声で話し掛けて来た。


「急ぎ旅との事ですが、当一家に何用ですかい?」


 ロエイゴーの問い掛けにベラマッチャは答えた。


「キミィ、僕等はゲルゲリー公からイザブラー親分を尋ねるよう言われとる。すまんが君、親分を呼んで来てくれんかね?」


 どうせ小悪党が草鞋銭欲しさに立ち寄ったんだろう、と多寡を括っていたロエイゴーは、小悪党と思っていた連中の口からゲルゲリーの名前が出たのを聞き仰天した!


「しょっ……少々お待ちを!」


 ロエイゴーは飛び上がる様な勢いで立ち上がり、家の奥に向かって走って行った。


 奥の部屋まで一気に走って行ったロエイゴーは、扉をノックして中に入った。


「親分! 大変です!」


「なんでぇ騒々しい」


 部屋の中に居た男は一人でチェスの駒を動かしながら、苦々しい顔をしてドタバタと部屋に入ってきたロエイゴー見た。


「親分、妙チクリンな連中が来て、ゲルゲリー様から親分を尋ねるように言われたと言ってるんですが」


 イザブラーはニヤリと笑い、チェス盤の上に駒を置いた。


「フッフッフ……来やがったか……ゲルゲリーの旦那に頼まれていた連中だ。部屋に通しておけ」


「へい!」


 ロエイゴーは部屋を出て、再び玄関に向かって走って行った。


 ベラマッチャたちはロエイゴーから家に上がるよう言われ、客間まで丁重に案内された。


「こちらにお掛けになってお待ちください。すぐにイザブラーも参ります」


 そう言い残してロエイゴーは部屋を出て行った。


 先程の冷たい態度とは一変したロエイゴーの態度にベラマッチャは安心し、椅子に腰掛けてイザブラーを待つ事にした。


 緊張感の為か誰も口を開かず沈黙したまま暫く待っていると、廊下から足音が聞こえ部屋の扉がガチャリと開いた。


「うっ……うおぉっ……」


 目の前に現れたのは身の丈六尺二寸はあろうかという大男だった。


 男は鋭い眼光を四人に向けると上座に座った。男の全身からは凄まじい気が発散され、完全に周囲を圧倒している。


 圧倒的な重圧感に飲まれた四人の睾丸は完全に縮みあがり、顔を伏せたまま動く事も出来ない。


 イザブラーはそんな四人を見つめながら口を開いた。


「俺がシーマ・イザブラーだ。話はゲルゲリーの旦那から聞いている」


 そう言うとイザブラーは手を叩き人を呼んだ。すぐに男が現れ、イザブラーは現れた男に飲み物を持って来るよう云い付けた。


「フッフッフ……まあ、そう緊張するな。俺とゲルゲリーの旦那は幼馴染みでな……ガキの頃からツルんでた仲だ。ゲルゲリーの旦那から話を聞いた時は、サンダーランド強制収容所から脱獄できる訳がねえと思ったが、まさか本当に脱獄して来やがったとはな。てめえ等なら本当にカダリカをブチ殺せるかもしれねえ。いや、殺って貰わなきゃならねえ」


 イザブラーの話を聞いていると扉が開き、先程の男が部屋に入って来た。男は紅茶をイザブラーとベラマッチャたちの前に置くと、頭を下げて出て行った。


 イザブラーは紅茶を一口飲むとテーブルの上に置き、話を続けた。


「いつまでも下を向いてねえで、紅茶でも飲め」


 イザブラーに言われ四人は一斉に紅茶を飲んだ。一口飲んだベラマッチャはティーカップをテーブルに置くと、立ち上がり自己紹介を始めた。


「イザブラー親分、お初にお目にかかる。僕の名はアンソニー・ベラマッチャ、こちらはポコリーノ君、隣はヘンタイロス君で、その隣はシャザーン卿だ」


 三人は紹介される毎にイザブラーに向かって頭を下げた。


 イザブラーはシャザーン卿に目をやると、ニヤリと笑った。


「フッフッフ……てめえが『風の旅団』の頭目か……噂は聞いてるぜぇ。ベラマッチャとかいったな? まずはここに至るまでの話を聞かせてもらおうか」


 イザブラーに促され、ベラマッチャはこれまでの経緯を話し始めた。


「親分、僕の村はカダリカなる卑劣漢と一味の者に襲われ、皆殺しにされてしまったのだ。家族や村人を守れなかった僕は復讐を決意し、ウツロの森で出会ったヘンタイロス君と共にポロスの街へ行った。ポロスの街で魔術師のザーメインからシャザーン卿の協力を得るよう助言を受け、ポコリーノ君を仲間に入れて旅に出た。途中、この街でディープバレー騎士団と諍いを起こしてしまったが、ゲルゲリー公の好意で収容所の所長宛の手紙を貰ってサンダーランド強制収容所に入り、シャザーン卿と共に脱獄した。そしてゲルゲリー公に言われたとおり、ここに来たのだ」


 ベラマッチャは家族の死を思い出しながら、涙を流して経緯を話した。


 村人を皆殺しにされる凄惨な現場を目撃し、母親を自身の槍で殺してしまったベラマッチャは俯き、止めどなく涙を流した。


 紅茶を飲みながらベラマッチャの話を聞いていたイザブラーは、ティーカップを置くと立ち上がってベラマッチャの横に行き、目を見開いてベラマッチャを見下ろした。


「うぅっ……マミー……」


「この馬鹿野郎っ! お袋の一人や二人なんだぁ~っ!」


 泣き止まないベラマッチャを見下ろしていたイザブラーは突如、大声をあげながらベラマッチャを殴りつけた!


 イザブラーの凄拳にベラマッチャは吹っ飛ばされ、後ろの壁に頭から突っ込み大穴を開け、床に尻餅をついて意識を失いそうになった。


 ポコリーノは咄嗟に立ち上がろうとしたが、イザブラーの凄まじい怒気に身体が縮みあがってしまい動く事が出来ない。ヘンタイロスも声を出そうとした様だったが、両手で口を押さえているだけである。


 唯一人、シャザーン卿だけは両腕を組み、目を瞑り無言で座っていた。


 イザブラーはベラマッチャの髪を掴んで立たせると、大声で一喝した。


「てめえにはやらなきゃならねえ事があるんだっ! カダリカ一味を討ちイドラ島に平和をもたらす大仕事が! でかい仕事をやろうとする男がお袋の一人や二人死んだくらいでガタガタ抜かしてるんじゃねえっ!」


「うぅっ……すまない親分……」


 イザブラーの怒りにベラマッチャは縮み上がり、搾り出すような声で頷いた。


 イザブラーはベラマッチャの髪を掴んでいた手を離し、自分の席に戻るとベラマッチャにも座るよう促した。


 席に戻るベラマッチャを見ていたイザブラーは、四人を見回しながら言い聞かせるように話を続けた。


「カダリカの野郎にイドラ島をここまで荒らされちゃあ、もはや一個人の復讐だけじゃ済まねえんだ。連中は『野獣の角笛』まで持ってやがる。俺が子分を全員集めたとしても歯が立つまい。カダリカさえ殺っちまえば、後の連中は烏合の衆だ。少人数で連中の隙を突き、カダリカの野郎をブチ殺して『野獣の角笛』を奪い返すしか手はねえ」


 イザブラーの言葉に四人は無言で頷いた。


「娑婆に出て来たばかりで疲れているだろう。風呂でも入って、刑務所で付いた垢を落とすといい」


 イザブラーは再び手を叩いて人を呼ぶと、紅茶を持って来た男が部屋に入ってきた。


「親分、お呼びですかい?」


「こいつ等を暫く預かる事にした。部屋に案内してから風呂に入れてやれ。それからロエイゴーに、レゲエの大将に手紙を持って行くよう伝えろ」


「へい! お客人、ご案内いたしやす。こちらへどうぞ」


 ベラマッチャたちは男に付いて部屋を後にした。


 長い廊下を歩き大きな部屋へ通されると、ベラマッチャたちは男から荷物を置くよう言われた。


「風呂場へご案内いたしやす」


 四人が荷物を置くと男に風呂場まで案内され、入浴を勧められた。


「お客人、こちらで身体を濯いでくださいやし」


 そう言って男が去って行くと、四人は男の勧めに従って脱衣場に入り、風呂に浸かって寛ぐ事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る