第32話 寝たらとっても揺れました

「ネズ先輩おはようございます!」

「おおー、起きたか。ナルシィ」


 顔ぼっこぼこなのに笑っている黒髪のナルシィが現れる。


「いいツラがまえになったじゃねえか」

「はい……すっかり目が覚めました。本当にご迷惑を」

「いい、いい、気にするな。俺は先輩だぞ」

「はい! ありがとうございます!」


 ナルシィは憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしている。

 まあ、実際に落ちたのかもしれない。


「ナルシィ、お前あの金髪になってたのは何がどうなってああなったんだ?」

「それが……記憶が曖昧なんです。誰かからもっと清く美しく生きたくはないかと言われ、魔導具らしきものを受け取った気がするんですが……」

「いつ、どこで、誰かは分からないか」

「わかりません。ただ、それから妙に意識がぼんやりして、気が付いたらこんな感じになっていました。僕、一体何をしていたんでしょうね?」


 ナルシィは困ったように笑いながら、首を傾げている。


「……良く眠れたか?」

「ええ、それは勿論! 昼寝程度の時間だったんでしょうけどもうぐっすり!」

「夜も派手に遊び惚けてたんだろ。これからはちゃんと寝ろ」

「はい! でも、まずはアルトの街をキレイにしていかないと」


 ナルシィは嬉しそうに笑う。

 こいつはきっと大丈夫だ。

 ナルシィはしっかりと自分の足で立ち、歩き出した。恐らく、まだ若いからだろうな。

 マシロも割と正気に近い感じだったし。逆に言うと、王国に長い連中は……。


『隊長、王国は恐らく……』


 スロウの予想が、確信に変わり始める。

 だが、その前に、


「助けに行かないとな」


 強者の街スエム、そこに、恐らくグラとグリがいる。


「ネズ先輩、お気をつけて。また会いましょう、必ず会いましょう、絶対会いましょう」

「おう、大事なことだからな」


 俺とナルシィは拳を合わせ、別れを告げた。


「男の友情は終わりました~?」

「ネズ様、素敵でした」


 ラスティとエン、二人並んで俺を待っていたようだが、それぞれ半身ずつボロボロなんだが、お前ら何してた? 仲良くしろよ。ったく。


「じゃあ、次は、恋人の愛情を育みましょ♪」


 そう言ってラスティは自分の身体を指差す。

 そして、俺の手を掴んで胸へと誘導させる。


「はいはい、分かった分かった。だが、ほんと時間ねえから……」

「大丈夫大丈夫、馬車用意したから、その中で、ね?」


 

 中で? いやいやいや、とうとう俺は移動時間まで寝ることに!?

 っていうか流石にそんなアブノーマルな……!


「いや、馬車の操作は……?」

「エンとアタシが交代でやるから、交代でやりましょ?」

「お前ら、さっき喧嘩してたんじゃねえのかよ!?」

「どっちが先かでです。まあ、するのはもう構いません。ネズ様がこれだけかっこいいのですから仕方ありません」


 エンはそう言って穏やかに微笑む。

 ちゃんと寝て、クマもなくなり、肌艶もよくなったのは分かるが、精神的にも潤ってやがる……!


「酒場で聞いたんですよ。馬車の揺れって良いんですって……ほら、隊長、気にせず楽しめるようにちょっとした元気になれるお菓子とお酒も用意してますからパーティーしましょ」


 あああああ! もう! わかった! わかりました!

 俺はもう腹をくくり、精一杯愛情をあたえることにした。


「わかった。なら、行くか。たっぷり愛し合おうぜ」

「……! ワ、ワイルドでかっこいい……! 隊長~!」


 そして、強者の街スエムへ向かう間、馬車はとても揺れた。とてもとても揺れた。

 いっぱい寝て、ちょっとだけ寝れた。


 疲れはとれてんだけど、なんだかなあ……。

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