往事渺茫

医者と旧友

 往事渺茫 1






 なんでだよ。
















「…マ、アズマ

「────トキ?」

「え?」


 おやつ時。【東風】のカウンターでうたた寝をするアズマを揺り起こしたイツキは目をパチパチさせる。

 一方むにゃむにゃしながら意識を覚醒させたアズマは、ボケっとした顔で首をあげゴシゴシと寝ぼけ眼をこすった。


「ん、どしたイツキ?」

「何か適当なお茶の葉貰おうと思って。月餅食べるから」

「りょ。今出す、ちょうど新しい緑茶買ったんだわ」


 いつもの調子で言うなりアズマはノロノロ立ち上がり、茶葉が山程詰まった戸棚をゴソゴソといじる。イツキは小首をかしげつつその背中に声を掛けた。


「悪い夢でも見た?」

「え?なんで?」

「うーんうーん唸ってた」

「マジか。悪いって訳でもないけど…」


 良いともいえないなと思うアズマ。ちょっと待ってねとイツキをカウンターに残しキッチンへ。


 台所のすみで煙草に火を点け、欠伸をして首をグルグル回した。しかし久し振りに見たな、こんな夢。最近【黑龍】だとか医者だとか昔の話をしたからか。電気ケトルのスイッチを入れ湯が沸くのをぼんやりと待つ。


 ───東、お医者さんも出来るんだ。


 燈瑩トウエイの手当をした時にイツキに言われたセリフ。出来るのは俺じゃないんだよ…思い出して苦笑いするアズマの頭にチラつく記憶。短くなってきた煙草で灰皿のフチを叩く。

 ケトルを眺めているとコポコポと音を立て水面すいめんが揺れ始めたので、早目に電源を落とした。この緑茶は90℃くらいが丁度いい。本当は一度沸騰させて冷ましたお湯が理想的、とはいえイツキは食道楽だが食にうるさい訳ではない。うっかり失敗した料理でもペロッと平らげてくれるし。そんな事を考えつつ器を温め、吸い殻を捨て、のんびり茶を淹れる。


 アズマが湯呑を片手に戻ってくると、テーブルで頬杖をついたイツキがその顔をジッと見た。


「俺のこと、トキって呼んでたよ」

「え?あ…ほんと?ごめん」


 友達?と聞いてくるイツキアズマの頬がゆるむ。


イツキ、俺に興味持ってくれてるの?」

「持ってないって言った事なくない?」


 確かに言ったことは無かったが、【獣幇】のときしかり【天堂會】のときしかり、態度がそれを示していた。

 まぁ、紅花ホンファの件があった際にお互いの昔話をしてから幾分いくぶん優しくなってはいたし、先日ついに‘家族’にまで昇格したけれど。


 でも───俺も、昔話と言えるほども語ってはいないか。語るような内容でも無いと思っていたからではあるが…。アズマはフッと笑って口を開く。


「友達だよ。【黑龍】に入るより前の。気にしてくれて嬉しいんだけど、そんなに面白い話じゃないよ」


 イツキは不思議そうな表情をして、別によくない?過去が面白くなきゃいけない必要は無いじゃんと返す。

 その返答に今度は声をあげて笑ったアズマは、じゃあ、と言って話しはじめた。




 一昔ひとむかし以上前。薬師が、まだ薬師になる前の出来事を。

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