‘もどき’とぽっちゃり

 偶像崇拝12






 その後、車は途中で乗り捨て、大地ダイチを迎えに行くというカムラに付いて一同は徒歩で【宵城】へ向かった。


 部屋に着くなりマオにハチャメチャに嫌そうな顔をされたが、大地ダイチはお土産の天仔テンちゃんBIGぬいぐるみをたいそう喜んだ。

 大地ダイチが抱くとよりいっそう人形が大きく見える。部屋に飾るんだぁと嬉しそうな大地ダイチを見て、持ってきて良かったなとイツキは思った。


 あの三輪自動車は燈瑩トウエイが用意してくれたらしい。逃走手段で有ったら便利かも知れないから買っといた、使い終わったらどこかに放置していいよとカムラに連絡があったそうだ。


 カムラに新たに入手したUSBを渡すと、中身を確認し次第燈瑩トウエイと手分けしてまた四方に情報を流すとの事だった。これで【天堂會】はかなり追い詰められるだろう。


 その日は朝になるのを待ち、各々帰路についた。


 アズマは一晩中マオに小突き回されて、寝不足でグッタリしたまま【東風】に戻りパソコンを開く。だが、スクリーンセーバーを変えられていることをすっかり失念。

 ロックを解除するやいなや画面いっぱいに飛び出した恐ろしい顔のお化けに悲鳴を上げ、帰宅後も全く眠れなかった。





【天堂會】と【和獅子】の抗争の行く末は、翌日に判明。

 死者多数、双方にかなりの痛手。【天堂會】はこの件に関しておおやけに声明を出した。


〈我々はただ人々の幸せを祈り、尽くしているだけ。いわれなき暴力による平穏の破壊は、断じて許容出来ない───〉


 だがUSBのデータもしかり、他方からリークされた殺人及びドラッグや臓器売買・地下室での人体実験の情報、マフィアや【和獅子】のメンバー達による裏取り等で、【天堂會】は段々と逃げ場を失くしていった。

 ぬいぐるみやキーホルダーを全て無償で配ったり積極的に集会を開いたりとイメージ回復を図ったが────マフィアの制裁を恐れた闇医者達が運営から手を引くと、もはや信者も離れて献金もわずかな【天堂會】に手段は無く。



 数週間後。

【天堂會】は、九龍の街から跡形もなく消えていた。






 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「良かったな、スーパーとカジノ無くなんなくて」


 穏やかな昼下り。【東風】の店内で、椅子に座ってパイプをふかすマオが足元に転がるアズマを踏みつけつつ言う。


 アズマは【天堂會】からかっぱらってきた高級ドラッグを売りさばき先日の博打の負けを精算したものの、その夜再び大負けしたせいですぐさま首が回らなくなり、金を払えずまたマオにボコボコにされていた。


「成分の解析は出来ているんです…もう少し時間を下されば同等のドラッグを自主制作し、販売して、利益を出せますから…」

「うるせぇ死ねクソ眼鏡」


 ゴニョゴニョ呟くアズママオが蹴って転がす。ギャンと悲鳴が聞こえた。


「ほんまに【天堂會】追い出してしもたな…やけどあいつら散々儲かったやろ、マフィアにられる前に出て行けて良かったんちゃう?」


 特売のチラシを広げるカムラ。閉店を免れた例の激安スーパーのもの。

 載っているのは中流階級向けの質の良い食べ物なのに、他の店と比べてかなり安い。

 今日カムラと一緒にここへ買い物に行く約束をしているイツキは、チラシを覗き込みお菓子の欄の商品に胸を弾ませた。


 天仔テンちゃんBIGぬいぐるみは相変わらず大地ダイチの部屋に飾られているようで、なんなら毎晩抱いて寝てるとの報告を受けた。

 小さな方と並べると親子みたいで可愛い!と大地ダイチは満足そうだ。親子というか大地ダイチカムラといった感じもしそうだが。


 これは燈瑩トウエイに聞いた話だけれど、香港の方で【天堂會もどき】の広告を見かけたらしい。似たような銅像に似たようなキャラクター。

 もともと香港から来たマフィア崩れも幹部にいたのだから、香港そっちで復活を果たしていたとしてもなんら不思議はない。商魂たくましいことだ。


 とはいえ香港は九龍のような無法地帯ではないので活動にだいぶ制限がかかるだろうから、どんな宗教になるのかにわかに気になる。

 前みたいにキーホルダーあったら貰ってくるよ、と燈瑩トウエイは笑っていた。





「よし、行こかイツキ大地ダイチ待っとるし」

「待ってイツキ!!行っちゃうの!?」


 カムラの声に立ち上がったイツキの足に、アズマが縋り付いた。

 閻魔のようなマオと2人で残して行かないでくれ…という懇願だ。しかしマオが閻魔になっているのはアズマの行いのせいである。


 アズマを振り払いつつイツキは代案を出した。


燈瑩トウエイ呼べば?」

「あいつが俺を助けてくれると思う!?」


 アズマの叫びに返答しないイツキ


 言っといてなんだが、思わない。

 けれど別にイツキとて、ここに残ったからといってアズマを助ける訳ではないのだ。


「あれ?出掛けるの?」


【東風】のドアが開き、くあらわれた燈瑩トウエイが皆を見渡した。


「噂の激安スーパー行こうと思って。行く?」

「行かないで!!俺を助けて!!」


 イツキの誘いにアズマの嘆願。燈瑩トウエイは微塵も考える素振りをせず、行こうかなと言った。

 非道!!外道!!と泣きわめくアズマの声を背に、3人で【東風】を離れる。



「あっイツキ、これ持ってきたよ」


 道すがら、燈瑩トウエイがポケットから何かを取り出した。

 ユラユラと揺れるそれは【天堂會】……ではなく、【天堂會もどき】のキーホルダー。

 どうやら香港でゲットしてきた模様。


 キャラクターは微妙に変わっていて以前よりかなりぽっちゃりしていた。これはこれで可愛い。大地ダイチのぶんも調達してきたらしく、ぽっちゃりさんがもう1人ポケットから顔を出している。

 イツキはキーホルダーを眺めながら、もし次チャンスがあったら俺もぬいぐるみ欲しいかも……と薄っすら思う。





 晴れた午後の九龍城。ぽちゃぽちゃとした愛らしいキーホルダー達が、太陽の陽射しを受けニコニコと笑っていた。

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