偶像崇拝

【天堂會】と天津甘栗

 偶像崇拝1






〈あなたの暮らしに安寧を、神はいつでも傍に寄り添っておられます───祈りによって毎日に充足を与え、心穏やかに過ごすお手伝い───天堂會〉








「またこのチラシかよ…」


 アズマが郵便受けの新聞を手に取るとあいだに挟まっていた広告がバサバサと落ちた。何枚もあるチラシの柄は全て同じで、赤の下地に金の神像がでかでかと印刷されている。


 記載された名前は【天堂會】。


「そのキーホルダー、大地ダイチが持ってた」


 イツキはそう言うと、地面に散らばったチラシを拾うアズマに近付きながら1枚貸してと手を伸ばす。アズマが片眉を上げた。


「キーホルダー?」

「うん、【天堂會】のやつ。もっと可愛いマスコットみたいな神様だったけど」


 チラシを受け取ったイツキは渋い顔をする。広告の中の像は微塵も可愛くなかった。どちらかといえば、なんというか正直不細工ブサイクだ。

 キーホルダーは若年層にウケるようにと相当デフォルメされているらしい。


 アズマが首をひねる。


大地ダイチ、宗教とか信仰してたっけ?」

「してない。可愛いから持ってるだけだとおもう」

「可愛いか?これ」

「全然。でもキーホルダーは可愛かったよ」


【天堂會】は九龍で急激に勢力拡大している新団体で、耳にしたこともないよくわからない神を中心に据えている。

 が…聞くところによると‘お祈り’の効果は抜群だとか。もちろんお布施が多いほうが効果はあがって、具体的には縁切りに特化しているようだ。


 神に祈れば──というか、お布施を積めば──悪縁がすぐに切れる。

 金の多寡たかで結果が左右されるのがなんとも俗物的だが、こういった怪しい宗教には往々にしてそういう面がある。


「縁切り特化って、大地ダイチが持ってたらカムラ泣くんじゃねぇの?」


 イツキの話を聞いてアズマが笑う。


 実際キーホルダーを持っているくらいでは何の加護も望め無いのだが、カムラは気にしいなのでその可能性は否定出来ない。

 まぁ大地ダイチカムラを悪縁と思っている事はない筈だから要らぬ心配なのだけれど。




「あれ、まだ誰も来てないの?」


 その声にイツキアズマが振り向けば、両手に天津甘栗の袋を持った燈瑩トウエイが立っていた。

 イツキが駆け寄り袋の中を覗き込むと、こうばしい香りをさせた茶色の小さな木の実がギッシリ入っている。


 だが、どう見ても量が多い。


「多くない?」

「え、そうかな?みんなで食べたらむしろ足りないかなって思ったけど」

「みんなって誰だよ、てかそもそもお前何してるの?散歩?」


 既に立ったまま栗を食べ始めているイツキ。その後ろでチラシを捨てながら問いかけるアズマに、燈瑩トウエイは逆に疑問符を浮かべて返した。


カムラに【東風】に呼ばれたんだけど。マオとか大地ダイチも来るんでしょ」

「ほんとに‘みんな’じゃねぇか」


 集合場所の店主であるアズマが全く把握をしていない。もはやいつものことなので、気にもならなくなってきたが。

 おそらくアズマが居なかったとしても誰かが鍵を開けるだろう…知らないうちに全員が【東風】の合鍵を持っているのが現状だった。


カムラどうしたんだろ」

「さぁ?話聞いてほしい、って……トラブルかな」


 イツキに返事をしつつ【東風】の店内へ入り、燈瑩トウエイはテーブルの皿に甘栗を広げる。コロコロと転がるたくさんの山の幸。

 イツキは颯爽と席につき皮をむき出した。おいしい匂いが鼻を抜ける。


「ていうか、マオが呼ばれて来るの珍しいよね。アズマまた【宵城】のツケ払ってないの?」


 お茶の用意をしようと戸棚へ向かうアズマをからかう様に燈瑩トウエイが声をかけた。


 確かにマオは他人の相談にわざわざ出向いてまで付き合うような性格では無い。

 となると、この場───【東風】に何か個人的な用事があるのだろう。


 アズマが事も無げに答える。


「いや、博打の負けバックレてるだけ」


 質問と回答の内容に大差はなかった。





「あ、栗食べてる!」


 ほどなくして、明るい声と共に大地ダイチが入り口の扉を開いた。ポケットから例の【天堂會】キーホルダーがぴょこんとはみ出ている。

 その後ろからついてくるカムラマオはまだ来ていない。


「おうカムラ、お前用件とっとと話せ。即解散するぞ。俺はもう今日は店を閉める。マオが来る前にサッサと終わらせよう」

「なんでなん、また金返しとらんのか。はよはろたらええやん」


 まくし立てるアズマの魂胆をすぐさま見抜き、バッサリと切り捨てるカムラ

 アズマが、もう!誰も優しくしてくれない!と泣き真似をした。自分の責任なのだから当たり前である。


「で、何があったの?」


 素早く栗の一番近くのポジションを陣取った大地ダイチの殻剥きを手伝う燈瑩トウエイが問う。

 カムラは、何があったってわけやないんやけどとため息をついて、思いがけず大胆な事を口にした。


「【天堂會】って、潰せへんかな?」

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