第9話 鷹の国 誓い

 誓いの言葉の前、ゆっくりとエリックの手によりヴェールを上げられた。


 他の者からは見えないようにと体を寄せられるが、エリックからの視線をまともに受けられず、俯いてしまう。


「……」

 レナンは緊張で何も言えない。


 どう思ったのだろう、花嫁がすり替わっている事を。


「顔を上げてくれ」

 そう言われ、仕方なく顔を上げた。

 

 凝視している目に威圧感を感じ、震えた。


 恐ろしい鷹の王子はただ睨みつけるばかりだ。


 どうか何も言わずに受け入れてほしいと、小声で頼む。


 エリックが迷う素振りを見せたが、式は進む。


 そして誓いの言葉となった。


「ではファルケ国の王子エリック様、あなたはこちらのパロマ国の王女ヘルガ様を……」


「レナン、だ」

 誓いを交わす前にエリックが訂正をする。


 周囲がざわついた。


 花嫁が違うものであるという事に気づかれる。


「俺はこちらの、レナン王女を生涯愛し、守り、慈しむ。病める時も健やかなる時も、いつ如何なる時でも側にいる事を誓おう」

 式を中断される前にエリックは声も高らかに宣言した。


「レナン王女は同じか?」

 射殺さんばかりの目で睨まれ、レナンは震える。


 だが。


「わ、わたくしも誓います! エリック様と一生添い遂げます!」

 本当に一緒にいたいと思ったからこそ、最後かもしれないという危険をおかしてまで成り代わったのだ。


 花嫁が入れ替わる事が、どれだけの重罰かは承知であった。


 それでも一瞬だけでもエリックの隣にたてるのであれば、罰を受けてもいいと思ったのだ。


 姉が嫌がったのは僥倖だった、自分はこの人を冷たいだけの男ではないと知っている。


 姉には悪いが、レナンは歓喜で震える。


(嬉しい!)

 身代わりを告発され、処罰されてもいいと思っていたのに、このような言葉を貰えて、夢じゃないかと思う程だ。


 エリックは羽を広げる。


 金色の羽はとても大きく、力強い。空の王者の貫禄を見せつけるように羽を大きく動かし、レナンを抱き上げた。


「きゃ?!」

 突然の事に体は強張り、そして齎される浮遊感に思わずエリックにしがみついてしまった。


 仕舞われていた羽も緊張でさらに小さくなる。


「可愛らしいな」

 エリックは満面の笑みでレナンを見つめる。


 皆に見えるよう充分な高さに舞い上がると、エリックはレナンに誓いの口づけをする。


 

 突然の事に目を白黒させてしまった。


「んっ……」

 息が出来ず、空気が漏れる。


 エリックにしがみつき、必死で耐える。どれくらいの時間そうしていたかもわからないくらい、レナンは緊張がピークになっていた。


 終わっても呼吸が落ち着かず、恥ずかしさで皆の方を向けない。


 ざわつきは落ち着いていた。


「指輪は後日な」

 耳元でそう囁いた。ヘルガとレナンではサイズが違うからだ。


「失礼、だがようやく愛しい人と結ばれたのだ。浮かれてしまったと言うことで許してほしい」

 そう言われ、レナンは無言で頷くしか出来ない。顔はまるで発熱しているように赤い。


 エリックはレナンを下ろすことなく来客の方に目を向ける。


「此度の婚姻は、我が国とパロマ国との、平穏と繁栄を願う為に結ばれたものだ。花嫁が変わっても国の関係性に変わりはない」

 愛おしそうにレナンを見つめる。


「レナン王女が俺の伴侶だ、皆も急な事で悪いがどうか受け入てほしい。これからも良き治世を送れるように夫婦で努力をすると約束する、だから皆よろしく頼む」

 王太子がそういうのならと、両国ともにざわめきが静かになる。


「誓いの式も終わった、この後は婚姻のパーティだ。皆大いに楽しんでいってくれ」

 今までにない嬉しそうな声と表情のエリックに、新たなどよめきが生まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る