第13話 鷹と鳩の国
二国の関係性は大いに変わってしまった。
パロマへの信用は落ち、ファルケは最低限の援助だけとなる。
さすがに完全に見捨てるわけには行かないとし、交易などは行なうがそれでもぐんと益は下がってしまった。
重大な婚姻を軽視した罰である。
一方のファルケはパロマとの開いた穴を埋めるため、別な国との交易路を見出していた。
ファルケの軍事力を欲する他の国が見つかったのだ。
それにより、新たな販路を増やす方に力を費やす為に、パロマへの援助を少なくしたのもある。
レナンは昔森を抜けた先の国の事を聞いていた。
パロマにいた頃に市井にて、荷を盗られ、路銀もないという商人を助けた事があり、話を聞いていた。
その商人の出身国というのがラタだ。
ラフィアやクルーには反対されたが、それでも困っている人を見捨てる事は出来なかった。
誰からも顧みられない事自分と重なったのかもしれない。自由に動かせるものは少なかったけれど、装飾品などをクルーに売りに行かせ、出来たお金をあるだけを渡す。
「いつか必ず返しに来ます」
そう言って涙を流した男性が、こうしてレナンの話をラタでしたことから生まれた交易だ。
取り扱うのは衣類や刺繍、そして香辛料だ。
「食についてのこういう益は非常に嬉しいな」
三大欲求の一つに挙げられるほど、食への関心はとても高く、特に香辛料は需要が増え、瞬く間に人気が出る。
レナンがパロマで虐げられているのはラタの者も知っていた為、機会を伺っていたそうだ。
恩返しにてラタの特産品を用意して接触を図ろうと色々と調べていたが、このまま渡しても搾取されるだけだと思案されていた。
今回の婚姻はラタにとっても都合がよく、レナンに対しての恩返しと、そしてファルケとの繋がりが出来たのは僥倖であったとしか言えない。
レナンについてきたクルーも早速ファルケでの仕事が出来た。
ラタとの交易を行うにあたって、その馬車の御者をすることになったのだ。
護衛はファルケの者が付くし、今度は何があろうと見捨てられることはない。とても重要な役目で、やりがいのあるものである。
レナンに付いてきたラフィアもそのままファルケへと移住をし、変わらずレナンの侍女として働くようになる。
エリックはレナンの味方となるものに対しての援助を惜しむ気はなかった。
特にラフィアとクルーは命掛けでレナンを助けようとしてくれたのだ。信頼できる。
心優しいパロマ国の三人はファルケの者に受け入れられるのも早かった。
「レナンのお陰で国も潤うだろう、本当にありがとう」
エリックはレナンを抱きしめ、感謝を示す。
「いいえ、偶々ですわ。わたくしもまさかこのようなところでラタの者に会うとは、思っておりませんでした者」
再会できた商人は涙を流し喜んでいた。
レナンを心配していたが、こうして大事にされているのならばもう憂いもないと。
その優しいレナンを助けようと動いてくれたエリックにも感謝している、そのレナンが選んだ人ならば信頼できると言われた。
「最初は恋人かと疑ったがな」
「違います!」
あらぬ誤解につい大声を上げてしまう。
「彼の者がそういう者はではなかったとしても、他にそういう男はいなかったか? ファルケに来た事を、本当は後悔していないか?」
心に浮かぶ黒い気持ちを払拭させとうと矢継ぎ早に聞いてしまう。
「恋仲になるような人はいませんでしたし、後悔もありません。本当の事を言うと、死罪も覚悟してここまで来ましたから……」
「何故、死罪に?」
エリックから笑みが消えた。
「だって大事な花嫁が入れ替わったのですよ? あの場で取り押さえられ、首を刎ねられてもおかしくなかったと思います。エリック様が庇い立てしてくれたから、命を失う事はありませんでしたが……ありがとうございました。この御恩は一生をかけて返していきます」
寧ろレナンを取り押さえようとする者がいたら、エリックがそのものの首を刎ね飛ばすところだ。
「妻を庇うのは当たり前だろうが」
何も特別な事ではない。
「言葉だけでもそう言ってもらえて嬉しいですわ」
ふわりと笑うその笑顔がどこか寂しそうだ。
「言葉だけのつもりはない。何故そのように思うんだ」
どうも様子がおかしい。愛を伝えたのだから、両想いのはずなのに。
「優しい言葉も温かな触れ合いも、わたくしを元気づけるためのものだと伺いました。ですからわたくしもその恩に報いることが出来るように頑張ります。三年、子を為せなければ好きに側室も持てると聞きましたので、それまではしっかりとエリック様を支えられるように頑張っていこうと……」
「誰がそんな事を吹き込んだ。側室についての事などパロマのものは殆ど知らないはずだが」
言葉を遮り、問い詰める。
ヘルガにでも聞いたのだろうか?
「いえ、それは……」
まずい事を口にしてしまったとレナンは目を逸らすが、そんな事で逃げられるわけもなく。
エリックの追及は止まらない。
「……誰とは言えませんが、お城の方々にそうお話をされたのです。エリック様は優しいので、立場を弁えるようにと。わたくしもそうだと思いました、これ以上エリック様の優しさに縋ってはいけないと」
「そうか……」
確かにエリックはレナンが好きな事も、この想いも表立って言ったことはない。
それ故の世間の曲解か。
(これから態度で見せていかなければいけないな)
「つまり皆はレナンの命を助けるためだけに、俺がこの婚姻を了承したと思っているのだな」
「違うのですか?」
この言葉にレナンもそう思っていると確信する。
「今まで伝えたものは、口先だけの言葉ではない。俺はレナンを愛しているんだ」
「えっ?」
ファルケの者達が言った言葉を真っ向から否定するエリックの言葉にレナンは驚いた。
「だって、こんな後ろ盾も取り柄もない女ですよ? それなら別な女性の方が……」
「新たな交易の足掛かりも作ってくれた、それに君がいることでパロマとの橋渡しも出来ている。何もない女性ではない。そしてそれ以上にその優しさと欲がないところを俺は気に入っている」
嘆息し、エリックは侍女達を呼んだ。
「気合を入れて彼女を美しく仕立てろ、誰にもお飾りの妻だと言わせないくらいにな」
その命令に侍女たちが委縮している。
恐らくこの中の何人もがレナンに良からぬことを吹き込んだのだろう。
「離縁する気も側室を持つ気も俺はない。レナンがいるならば他の女は要らない」
侍女たちと部屋を出ようとするレナンの顔に触れる。
大きな手はひやりと冷たいのに、眼差しは熱い。
「俺が君に望むのは愛し、愛される関係になる事だ」
人前であるというのに、唇を重ねられ、レナンは硬直する。
「夜を楽しみにしている」
「?」
首元まで赤くしたレナンが部屋を出て行ったのを見届け、エリックは二コラを呼んだ。
「レナンに悪意のある言葉を吹き込んだもの達を教育し直せ、それでも立場がわからぬ者には制裁を。それと俺が本当にレナンを望んで妻にしたという事を広く知らしめるように」
「仰せのままに」
エリックの偏愛ぶりに苦笑をし、二コラは早速奔走する。
式の様子を見ていない者達ならば知らなくても仕方ないが、これから仕える王太子妃に対し、考えなしに軽んじた事を言うものは要らない。
忠実にそして心から仕えてくれるものを増やさなくてはなと考える。
「もう少し二人でいることを楽しみたかったが」
手っ取り早く世間がレナンを受け入れてくれる方法はある、一刻も早く世継ぎを見せる事だ。
かけがえのない繋がりが出来れば、文句を言うものも出まい。
国の関係性も変わった、やることは山積みだ。
エリックは自分の部屋へと戻る。
レナンに渡したいものは山ほどあるが、しばらくそれどころではないだろう。
「これからいくらでも伝えることが出来るはずだ。この先もずっと一緒なのだから」まずは彼女をこの国に縛る為の絆を作らなくては。
誰もいない部屋で静かに笑う。
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