第3話 鷹の国 到着

 エリックはレナンを乗せた馬車の上を飛びながら共に城へと戻る。


 護衛兼見張りだ。


「貴方も気概のある男性ですね、気に入りました。ところでレナン様は普段からあのように優しい方なのでしょうか? そしてレナン様の母国、パロマの王族はどういう方たちなのでしょう」

 御者の隣に座り、二コラが手綱を握りながら、情報収集に努めている。


 エリックは周囲に気を配りながら城に着いたら何からしようかと考えていた。


(婚約者殿がどういう者かを見に行くだけのつもりだったが、思わぬことが多々あって、何とも言えないな)

 エリックの婚約者となるレナンの姉―ヘルガについての話は聞いていたし、評判も悪くはなかった。


 だがこんな風に妹を置き去りにして平気でいる女性とは、噂と違いすぎるのではないか?

 本当に心優しいのならば周囲がどう言おうと引き返すものだろう。


 いくら婚約に穴を開けないためだとしても、不快すぎる。


「人命よりも国の繋がりを優先したと言うならば、反吐が出る」

 大事なことではあるが、命に代わりはない。


 国は民によって為されている。つまり人がいなくては、国という形は造られない。


 それなのに身内の命もあっさりと見捨てるような王族達と、これから繋がらなくてはいけないのか。


(そんな薄情な者達に本当に国を、民を、皆を守れるというのか?)

 ため息しか出てこなかった。







 一台の馬車がファルケに到着する。そしてその馬車の上に飛んでいるエリックを見て、門番が慌てた様子で声をかけた。


「殿下、どちらにいたのですか?! もう王女様方はお通りになって、お城に向かいましたよ?!」

 レナンやラフィアは馬車の中でそのやり取りを聞いていて、青くなる。


 エリックがファルケの王太子とは気づいていなかった。


(だってこんな軽装で、共も一人しかつけてないんだもの。わからなかったわ)

 確かに所作や口調、そして身なりからして平民とは思わなかったが、まさか王太子とは。


 慌てて降りようとするが、二コラに制された。


「ここは任せていてください」

 御者のクルーは二コラの隣でずっと頭を下げており、恐縮してガタガタと震えていた。


 エリックは門番の咎めも意に介さないと言った様子で悠然と構えている。


「人助けをしていた。咎められることはないだろう」

 そう言うと馬車を指さす。


「こちらの馬車に乗っているのはヘルガ王女の妹君だ。道中ではぐれてしまったらしく、森で魔獣に襲われていたところを助けてきた」

 入国待ちの者達の視線も集まり、居心地が悪い。ラフィアがレナンの顔をそっと隠す。


「すまないが、レナン王女は魔獣に襲われ怪我をしている、通してもらうぞ」


「いえ、そんな事情があったとは知りませんでして、申し訳ありません。どうぞこちらからどうぞ」

 門番はあたふたとし、並んでいた列とは違う所からエリック達を通す。


 本来なら通行証が必要なのだが、エリック相手に聞く必要はないだろう。


「あ、ありがとうございます、助かりました」

 通行証は先に入ったヘルガ王女一行が持っていたのでクルーは改めて礼を伝える。


「いいんですよ。何となくそんな気もしていましたから」

 二コラは馬車に紋も付いていない事から予想はしていた。


 あのままレナンが魔獣に襲われた事が明るみに出たら、本来ならばパロマ国は糾弾されるはずだ。


 冷遇されているとはいえ王女達の馬車を見捨てたと知られれば、非難は必至である。


 しかしレナンの乗る馬車には紋もないし、荷物も極端に少ない。


 通行証もなければ魔獣に運悪く襲われた身元不明者として処理された可能性もある。


(道中様子を伺いに引き返してくる者がいるかとも思いましたが、杞憂でしたね)

 万が一口封じにレナン達に危害を加えようとする者がいたら逆にやり返そうと構えていたが、残念ながらやってこなかった


 戦う事が全くなかった二コラには、少々物足りない旅だった。







 門を抜け、一時間程馬車に揺られると、王城の前に着く。


 王城の門のところで似たようなやり取りの後、レナンはエリックのエスコートを受けて馬車をおりた。


 大きな城だ。


 飛ぶことに長けたものが多いからか、聳え立つように高い城だ。


 入口も通路も幅が広い。余裕で人とすれ違えるほどだ。


「緊急時は飛んで動くからな。羽が当たらないように高さも幅も取っている」

 同じ鳥人ではあるものの、種族が違う為、大きさが違う。


 レナン達パロマの羽はもう少し小さく、そして早くは飛べない。


 大きく立派な羽をもつファルケの者達を見て、自分が矮小に思えて恥ずかしくなる。


「レナン王女、疲れただろう。客室で休んでるといい」

 顔を赤くし俯くレナンを心配してエリックは声を掛けた。 


「君たちもだ」

 ラフィアとクルーに向かってもそう勧める。


「でも」

 顔合わせの為に来たのに、ゆっくりなんてしてられない。


「あのような魔獣に襲われたのだ、怖かっただろう。もしも後で何か言われたら俺の名を出せ。それでも足りなければ俺が直接話す。だから心配するな」

 安心させるように優しく声を掛ける。


 どこまでも優しいエリックの言葉に、先程よりもレナンの顔が赤くなっていた。


「すぐにレナン王女達を客室に案内してくれ。そしてシュナイ医師への連絡もだ。魔獣による怪我が化膿しないか心配だ。応急手当はしているが、診てもらいたい」

 熱が出始めていると判断し、エリックは使用人達に命じる。


 三人は申し訳なさそうに、恐縮しながら廊下を進んで行った。


(心配だな)

 本当は客室までついていきたかったが、さすがにそこまでは出来ないだろう。


 ここは城内で人の目も多い。何かあれば非難を受けるのは弱い立場のレナン達だ。


「行くぞ」

 こみ上げてくる怒りを抑えることは出来ない。確認することが山積みだ。さて、どこから片づけようか。


 自分の役目と立場を忘れずに粛清するには、まず相手の出方を見極めなくてはいけない。


「何て言い訳をすると思う?」

 常にエリックに付き従う二コラに聞いてみる。


「そうですね。至極最低な言い訳しか思いつきません。いくら言葉を取り繕っても、最終的にはレナン様を貶める言葉を吐いてくるでしょう」

 人を見下す者の言う事はいつも同じだ。自分の非を相手のせいにするものだ。


「俺もそう思う。全く、今日は最高で最低な日だ」

 何も知らなければ淡々と婚約し、話を進めていただろう。


 だが、知ってしまった今、この婚約に乗り気になどなるはずがない。


 どう言い訳しようとも、妹を見捨てた姉の事など好きになれなかった。


(この婚約に俺の思いなど反映されることもないが)

 それでも、愛しい人と結ばれたいと願ってしまう。




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