27 解決
「み……水無瀬さん、何してるの……どうして」
背後に居る芹沢くんはこんなところに居るはずがないのに出て来た私を見て、驚いて呆然として言ったようだった。
それは……そうなってしまうだろう。まさか、芹沢くんは私が自分を尾けてこんな所にまで来ているなんて、絶対に思っていなかったはずだ。
「絶対! やだやだやだ。絶対、芹沢くんと別れたくない!! どんなに、人から非難されたとしても! 変な写真ばら蒔かれて、どんなことを言われたって、芹沢くんと一緒に居たいぃぃぃ!!!」
感極まって涙を流して子どもみたいにしゃがみこんでわんわん泣き始めた私の姿に、その場に居た全員は誰も何も出来ずに唖然としたようだった。
別に良い。変な子だって、思われたって、なんだって。元彼のかっちゃんはリベンジポルノだって、なんだって、好きにすれば良い。
そうなのだ。ここで被害者となる私が折れてしまえば、もう終わり。それは、わかっていた。
テロ行為にも似た脅しなんかには屈さないという断固たる姿勢を貫くことが、結局はその後に続くテロの一番の防止策へと繋がるのだ。
ここで脅されるがままにあちらの言うことを聞いてしまえば、それはもう地獄の入口と言っても過言ではない。私たちはこれからも、延々と彼らの言う事を聞かざるを得ない。
もし、決めるのが自分だと言うのなら、私はその中から一番良い結末を選びたい。
私は人生で一番大事な選択を、間違えたりなんかしない。
芹沢くんは私のことを守るために、自分だって犠牲にしようとしていた。そんな誰よりも好きな人と一緒に居るために、私だってなんだって犠牲にしたって別に構わない。
「なんだって……なんだって、好きにすれば良いよ! そっちが気が済むまで、嫌がらせだっていくらでもすれば良い!! 芹沢くんと私は、それでも絶対絶対に別れないんだから!!」
私が泣きながら叫んだ悲鳴のような声に、昏い目をして立っていたかっちゃんは、ビクッと身体を竦ませ怯んだ様子だった。
彼はまさかこんな風にして私自身が現れると、思っていなかったのか。事態に付いていけていない様子で呆然としていた雪華に言った。
「おい。もう……俺は、降りる」
「えっ……ちょっと待ちなさいよ! ここまで来て、何を言い出すのよ。言っておくけど……私たち、そうなるとどちらも脅迫罪で訴えられるのよ。向こうだって証拠をデータで、残しているはずよ」
このまま共犯者のかっちゃんに逃げられては自分は終わってしまうと必死な雪華は、彼の腕を取って引き留めようとするけど、彼はその腕を乱暴に振り払った。
「俺は、初音をあんな風にして……悲しませて泣かせるつもりなんて、なかった。あの男から、初音を取り戻したかっただけだ。本当に、どうかしていた。この話は、もうこれで終わりだ」
やっと自分を取り戻すことが出来たのか、淡々とそう言ったかっちゃんは、自分が持っていたスマホを芹沢くんへと渡した。
「この中にしか、お前に見せたあの画像はない。安心してくれ。あれは、万が一にでも流出しないように……オンラインストレージにも、どこにも保存していない……初音。本当にごめん……許されることじゃないけど。もしかしたら、あいつと別れたら……俺のことを、もう一度見てくれるんじゃないかと、そう思ったんだ……本当に、悪かった。訴えられたら、ちゃんと償うよ」
かっちゃんはそう言うと驚いていた私からの言葉を待つこともなく、一人で公園を去って行った。
「ちょっと!! なんなの!! 話が違うわよ!!」
利用しようとしていたかっちゃんに逃げられてしまった雪華は、もう完全に恐慌状態になっている。影響力のあるインフルエンサーの彼女が、脅迫罪で逮捕されるなんて、世間に広まれば大炎上必至だろう。
「はいはい。みーちゃん、どうどう。泣かないで。大丈夫。芹沢は、ソロプレイが好きなんだけど。俺らも一応は、パーティメンバーだから。あのデータを取り戻せて良かったよ。もう、これで何の問題ないから……さあさあ。分家のお嬢さん。本家のお坊ちゃまがお怒りだよ」
地面に座り込んだまま泣いていた私に駆け寄って、いち早く抱き起こしてくれたゆうくんは、意味ありげに後ろを振り向いた。
「一馬さま……なぜ、こちらに」
「葛西の娘。俺がこれを爺さんに報告すれば、わかっているよな? あの人が知ればカンカンになって、怒るだろう。爺さんも歳取って、より融通が利かなくなったからな。一族郎党、お前の家に関係している奴は、監督責任取らされて、首切られて終わるかもな? 肖像権の慰謝料なんて、いくらでも払うねえ……自分の家が完全に取り潰されることになっても、そんな呑気なことを言えるのか」
凛とした声に私もそちらを見ればそこに立っていたのは、いつものチャラくて派手なイケメンの赤星くんじゃなかった。覇気を纏う、支配者の風格だった。
え。そうだ。赤星くんは……確か、どこかの御曹司で……旧華族の末裔っていう噂もあって?
彼の正体を知るはずの内部生たちは、何故か皆して言葉を濁す。あの有名私大の中でもそれが可能なのは、きっと大学生の時点でも絶大な権力を持っている人……でないと、それは出来ない。
「そっ……そんな! 一馬さま……どうか、どうか。ご慈悲を」
「か弱い女の子の同意も何もない写真を盾に取って強請るとは、人の屑の所業だ。本当に、許し難い。その上……もし、これが表に出たら。うちのグループ全体が、どれだけの被害被るかわかってんのか。何万人失業させられるか、計算や理解は出来ているのか? 出来ていたら、絶対にやらないはずだが。一族の中の恥さらしだな……みーちゃん。済まなかった。この件に関しての慰謝料は、俺が責任を持って……この女に払わせるから」
「いっ……慰謝料を払わせる? えっ。待って……? 赤星くんって、何者なの?」
流石にこんな展開はおかしいと思って私が聞けば、赤星くんはにっこりと微笑んだ。
「赤星は、母親の姓なんだ。何かと騒がれるのが、面倒で今はそう名乗ってる。俺は真宮寺グループの当主、一応正式な跡継ぎ。とは言っても、ご先祖様が残してくれた財産がデカいだけの、ただの大学生だ。みーちゃんも、これから俺を見る目を、変えないでくれよ?」
「真宮寺グループっ……うそ。すごい」
真宮寺グループは、日本有数の企業グループだ。昔日本にあった、四大財閥のひとつが受け継がれたもの。ここに居る赤星くんが、数多のグループ企業を取り纏める後継者……?
「ちなみに、現当主の俺の祖父は清濁を併せて吞まない……曲がったことは、大嫌いな人だから。これを聞けば激怒して、そこの葛西のバカ娘は、これまでにしたことのないような庶民的な生活を、これから楽しむことになるだろう。これは、流石に人としてもアウトだし。報いは受けるべきだ。俺は別にそうしても良いと思うよ。どうする? みーちゃん」
せっ……生殺与奪権を与えられたっ……雪華は、私に向けてどうか許して欲しいと、祈るような涙目になっている。
画像で脅されていたほんの少し前までの立場が、面白いくらいに逆転している。
「……もう二度と、芹沢くんに近付かないでください。私の……好きな人を、これ以上苦しめないで。私が望むことは、それだけです」
「了解了解。じゃあ、葛西の娘。俺らはもう、帰るわ。さっきの話、聞いただろ? 守らなかったら……わかってるよな?」
そして、私たちは膝を付き呆然としている雪華さんを残して、その場から去ることにした。
◇◆◇
駅で私がゆうくんと赤星くんの二人に会えたのは、なんてことはない。
駅の駐車場に乗って来た車を停めて脅していたあの二人に会う予定だった芹沢くんが心配だったから、見に行こうとしていた彼らに会っただけの話だった。
ちなみに、今四人で乗っている赤星くんの愛車は私にはメーカーなんかも良くわからないけど、物凄く高そうな高級車。
「最初からさ。最後には、赤星が出て来てあの女を止めるっていうのは、決まってたんだけど。みーちゃんの画像のデータを流出を防ぐために、どうするかだけが、俺達の一番の懸念材料だったんだ。追い詰められたバカは、何を仕出かすかわからないから。あの男はみーちゃん自身じゃなかったら、多分説得出来なかったな。みーちゃん、結果的に、ナイスプレイ。良くやったね」
ゆうくんは助手席から、後部座席に乗っていた私の頭を撫でた。
私の隣に乗っているのは、もちろん芹沢くんだ。けど、何故か彼はもうすべての悩み事は解決したと思うのに、どこか心ここに有らずで物憂げな様子だった。
「二人とも……助けてくれて、本当にありがとう」
「良いよ良いよ。このお礼は、芹沢にきっちりしてもらうから」
「そうそう。ここんとこみーちゃんも不安だったと思うから、今日はゆっくり二人で話合いなよ」
解決出来たという喜びに浮かれて私たち三人が明るく会話をしていても、芹沢くんは入って来ない。
芹沢くんの家に帰り着くまで、私はずっとそれが不思議だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます