第041話 時を超えたギフト(3)
「──師匠。お客様、お帰りになりましたよ」
「ん、んん……。そうか……ふああぁ…………」
ソファーの毛布の中から聞こえてくる大あくび。
全身毛布に包まれた、ダンゴムシ男……。
うーん、さっきの琥珀とは雲泥の差。
「……ダンゴムシ男IN、他人のステキ旦那OUT」
「なにか言ったか?」
「いえ、なにも。こちら、領収証の控えです」
「どれどれ……。なんだ、基本料金しか取ってないじゃないか」
「基本的なことしか、してませんから」
「さっきあの男も言ってたが、古い錠の奥には有毒物があったりもする。そういうのは先にこっちから説明して、危険手当だとかなんとか名目つけて、料金上乗せするもんだ。間抜けめ」
「そ、そんなの知らなかったんですから、しょうがないじゃないですか~!」
「……ま、不肖の弟子に授業つけてくれた礼ってことで、基本料金でいいか。次に同じようなケースあったら、しっかり上乗せしとけよ。そのためにも、あらゆる分野の勉強を日々欠かすな」
「っていうか、わたしたちのやりとり、聞いてたんですか? タヌキ寝入りだったんですか?」
「……失礼な。俺の過眠症は、眠りに
「そんなこと言ってぇ……。かわいいかわいい愛弟子が、イケメン既婚男性といい仲になって、不倫沼へ足を突っ込まないか心配で心配で……。聞き耳立ててたんじゃないですかぁ?」
「はぁ……くだらん。エルーゼおまえ、そろそろ独立するか?」
「……え゛っ?」
「しょうもない妄想を聞かされて、弟子を抱えることにドッと疲れた……。おまえもぼちぼち客さばけてきたし、自分の解錠院を立ち上げてもいいだろう」
「いえっ!? いえいえっ!? わたしなんてまだ、半人前の半人前の半人前ですっ! それに師匠は、何年も修行したあとで開業したんですよねっ? 二カ月ちょっとのわたしを独立させようなんて、ただの首切りじゃないですかぁ!」
「いざとなったら、ジョゼットさんも助けてくれるだろう? 自分の中に解錠の達人を封じているんだから、さっきの琥珀よりもずっと稀有な存在だぞ。おまえは」
「お、おかあさんは……。いつ出てきてくれるか、わかりませんし……ううぅ……」
おかあさんは、わたしがシアラさんとキスしたら出てくる……って、言ってた。
この先、おかあさんの力を借りなきゃいけない場面、きっとあると思うし……。
そのためにもわたしは、シアラさんのそばにいないとダメなんですよぉ!
──みしっ……みしっ……みしっ……。
「──はっ!?」
「久々の
……警告音。
二階のこの解錠院への階段は、一段一段に
その名も、
「……エルーゼ、次の客は俺が出る」
「はいっ! お願いします、師匠っ!」
邪念を持った訪問者……。
シアラさん背は高いけれど、たぶん非力。
あと、持病ですぐ寝ちゃう。
駅舎をぶっ飛ばす爆弾の前でも寝ちゃったし……。
わたしも用心しとかなきゃ……。
ええと……武器……武器は……っと。
──コン、コン。
「いきなりドアノブを握らずの、軽いノック……。音量からして指は細く、音の位置から背丈は一六〇台半ば。ズカズカ入ってこず、育ちは悪くない女……か」
おお、さすが師匠!
ノックの響きと出所で、人物像を絞ってる!
「……どうぞ。開いてますよ」
「失礼します」
──ガチャッ……バタン。
「シアラ・シュダスキーさんですね。ブダリュー伯爵よりお名前を聞き、訪ねさせていただきました。予約もなしに、申し訳ありません」
……あら、上品な印象のアラサー女性。
ん……いや、首の縦皺の感じから見て……アラフォー?
鎖骨、肩から二の腕、膝下……をメッシュで透かせた黒いドレス。
年齢が出やすい膝頭がメッシュじゃないところを見ると、やっぱりアラフォー?
でも顔は細くて、眉毛も描いてなくてくっきり。
唇も艶やかな……美人さん。
右目を隠すふうに垂らした銀髪が、ちょっとミステリアス。
「わたくし、マリナ・ダンダックと申します。自宅にある噤みの錠の金庫のことで、相談に上がりました」
わっ……また噤み!
階段が軋んでたから、やっぱり訳ありの依頼者!
噤みの仕事ってたまにしか来ないわりに、よく重なるんですよねぇ。
「シアラ・シュダスキーです。お話を伺いましょう。……ところでエルーゼ、おまえなに握り締めているんだ?」
「えっ? あっ、これはいえ、なんでも……アハハッ♪」
えーとこれは……とっさに掴んだ武器。
部屋の隅に立てかけてあった、先っぽが洗濯ばさみみたいな鉄の棒。
いったいなにに使うのかな……?
弟子入りして二カ月以上。
シアラさんの解錠院には、いまだ使途不明な物が多々──。
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