第20話 神獣
翌朝――。
朝食を済ませて道具をポーチに片付け、ルートの背に乗ってダール村へと向かった。
ダール村、話に聞くところでは牛を育ててミルクやチーズを生産していたらしい。
エフィロディアではランダルンという国に属しており、此処から売り出されるチーズは領主の好物だったと聞く。
その村は、今や無惨な姿へと変わっていた。
家は破壊され、まだ片付けられていない牛の死骸が至る所に転がっている。
腐臭が酷い。半魔である俺とララにはかなりキツい臭いで、思わず嘔吐いてしまう。
「む? 何者だ?」
ダール村で事件の調査をしているであろうランダルン戦士が俺達に気付き、警戒の色を見せて行く手を止めた。獣の毛皮とプレートを纏い、手には槍が握られている。
「馬上から失礼。俺はルドガー・ライオット。勇者ユーリ・ライオットを探しにこの地へと来た」
「ルドガー・ライオット? 勇者と一緒に戦ったと言う、グリムロックか?」
「そうだ」
「証明する物はあるか?」
「雷の勇者が発行した証明書がある」
ポーチからエリシアが発行した身分証明書を取り出し、戦士に渡す。
証明書を確認した戦士は姿勢を改め、書類を返してくる。
「失礼しました、グリムロック殿。貴殿の勇猛さは女王陛下から聞き及んでおります」
「ルドガーでいい。これは怪物の仕業か?」
「詳しくはまだ。しかし、人の仕業ではないのは確かです。魔法であるならば、その痕跡が見つかるはずですが……」
「……責任者は?」
「ご案内します」
ルートから下り、ララは乗せたままルートを引いて戦士の後を付いていく。
村の中に入ると、事件の残酷さがより鮮明に見えてくる。
地面や家の壁には赤い血の痕跡があり、村の中心には被害者である村人の遺体が集められて寝かされ、布を被されていた。
戦士に案内された場所はこの村の集会場だった場所で、大きな建物だが一部が破壊されている。ララを下ろして中に入ると、数名の戦士達が顔を付き合わせて話し込んでいた。
案内してくれた戦士が一番屈強そうな戦士に俺達のことを耳打ちすると、その戦士はギョロリと視線を向けてくる。
案内してくれた戦士は用件が済んで集会場から出て行き、俺とララは戦士達の視線を集める。
「グリムロック……その名を聞くのは実に五年ぶりだ。いったい何処で何をしていたのやら……」
「西の大陸で学校の教師をしてるんだよ――アーロン」
その男の名はアーロン。気高きランダルンの戦士であり、二本の戦斧を握って戦場を横断する紛れもない猛者。
身に纏いし毛皮は嘗て己が素手で殺した獅子から剥ぎ取ったものであり、今まで打ち倒してきた怪物の牙や爪を飾りにして身体の至る所に身に付けている。
「まさか此処の責任者がお前だったとはな」
「それほど今回の事件が重大だってことだ。そっちの嬢ちゃんは? まさか女房か? それにしては若いな」
「俺の生徒だ。訳あって一緒に旅をしてる」
「ふん、まぁそう言うことにしといてやる。で、此処に何の用だ?」
アーロンは他の戦士達に此処から去るように命じ、デカい椅子に腰掛けて酒瓶を口に傾ける。
「勇者ユーリを探してる。此処に来たのは、アイツが最後に『怪物が騒いでる』と言ったから、それに関係があるかもしれないと思ってだ」
「ユーリねぇ……悪いが、俺も奴の所在は知らねぇ。知ってるとすりゃ、女王だけだろうよ」
「……女王に謁見は可能か?」
「……ま、お前なら大丈夫だろう。女王は強い男にしか興味がねぇからな」
ほらよ、とアーロンは開いていない酒瓶を此方に放り投げ、ララには青いリンゴを投げた。
お言葉に甘えて席に座り、酒を飲んでララはリンゴを囓る。
酒を飲みながら、この事件についてアーロンに聞いてみる。
「この事件について、何処まで掴んでる?」
「一見すりゃあ、怪物の仕業だってのは分かる。問題はその怪物の正体だ。破壊の痕跡からそれなりのデカさだ。だが何処から現れ何処に消えたのか不明だ」
「要するに、何も分からんってことか」
「そうとも限らねぇよ」
アーロンは何処からか太い葉巻を取り出し、火を点けて煙を吹かす。
「ふー……俺の予想じゃ、こりゃあ『呪い』だ」
「……その根拠は?」
「殺しだけを目的にしてる。それも不特定多数。そんな怪物は自然界にはいねぇ。となると呪いで生み出された怪物が暴れ回ってると、俺は考えてる」
やはり、呪いか……。
呪いの怪物が相手だと、ただの殺人事件とは話が変わってくる。
それに長けた専門家が集まり、呪いによって生み出された怪物退治と術者の発見と捕縛を同時に行わなければいけない。
怪物退治だって、ただ戦えば良いというわけじゃない。呪いによって生み出された怪物は基本的に不死だ。正しい殺し方をしなければ決して死なず、例え細切れにしたとしても少しすれば復活してしまう。
そして一番最悪なのは、術者が既に死んでいる場合。
呪いだけが残り、暴走してしまっている場合は更に厄介だ。呪いの解き方が分からず、呪いを封印しなければならない。封印した後も、悪用されないように厳重に保管しなければならない。
「ふー……せめて次の襲撃場所が分かれば、俺達で怪物を仕留められるんだがな」
「何か手掛かりは無いのか?」
そう尋ねると、アーロンはテーブルの上にある物を乱暴に退かし、何かの地図を広げた。
その地図には罰印が幾つか付けられている。
「これが襲われた村の場所だ。この村で五件目だ。最初の村は此処、ホドル村だ」
「どんな村だったんだ?」
「何のことはねぇ、ただの田舎村さ」
「……」
地図によるとホドル村はエフィロディアの一番南橋にあり、その次に襲われた村はラールムラから北西に進んだ先にある。その次の村は北に進んだ所、その次は西……。
「……北西に向かってる?」
地図を見ていたララがそう呟いた。
確かに襲われた五件を繋げてみると、北や西と向かっているが、全体的に見れば北西に上っていると言ってもおかしくはない。
だが村と村の間には別の村もある。北西しているのなら、どうして道沿いにある村を襲わず、通り越して別の村を襲ったのだろうか。
「襲われた村に、何か共通点は?」
「そんなもん、あったら真っ先に調べてる。北西に延びてるってのも、今回のではっきりしたばかりだ。最悪、該当しそうな場所を全て戦士で固めるしかねぇな」
「それは労力が大き過ぎるだろ。避難させる住民達だけでどれだけの時間と物資が必要か……」
「分かってるわ、んなもん。だがこれ以上被害を出す訳にはいかねぇ。女王も、ランダルンの領主も民の血が流れてたいそうお冠だ。この俺もな」
アーロンは手に持っていた酒瓶を握り割った。表情にも怒りが刻まれ、どれだけこの怪物と呪いの術者に腸が煮えくり返っているのか見て取れる。
アーロンの気持ちは十分に理解できる。
俺も大切な生徒達が怪物に襲われたりしたら、その時は怪物を苦しめに苦しめてから殺したい。
せめて、次の標的を割り出してやりたい。ピンポイントで戦士を配置したほうが怪物への対処の難易度は下がる。戦士達の戦力にも限りはある。分散させるより一箇所に集めたほうが断然良い。
地図と睨めっこするが、地図だけでは何も情報を得られない。
ここは一度村を直接調べなければいけないか。
「アーロン、俺達も村を調べても?」
「それは構わねぇが、良いのか? ユーリを探しに来たんだろ?」
「民達の命が脅かされてるんだ。放っては置けない」
ここで力を貸さなければ、勇者達の同族として胸を張れない。
これでも魔族から人族を守った英雄と呼ばれる男だ。そんな男が目の前で起きてる事件を無視することはできない。
「ララ、お前も手伝ってくれるか?」
「仕方ないな。センセに頼まれたら断れない」
「……そいつは助かるよ。仲間達にはお前達のことを伝えておく。好きに調べてくれ」
俺達は村を調べる為に集会所から出た。
さて、先ずは何から手を付けるべきか。一番痕跡が分かりやすいのは村人達の遺体だ。付けられた傷痕から、他では分からなくても俺なら分かることがあるかもしれない。
流石にララに遺体を見させるわけにいかず、できるだけ戦士達の近くで村を見てきてほしいと伝え、俺一人で遺体が集められている場所へと向かう。
「さて……」
近くで警備している戦士に断りを入れ、一体の遺体の布を捲った。
男性遺体の表情は恐ろしいモノをみた表情で固まっていた。腹が大きく切り裂かれ、臓物がグチャグチャになっている。
次の遺体も男性だ。確かめると、今度は首が切断されていた。幸いと言って良いのか、頭は綺麗に残っており、回収されて丁寧に置かれていた。
次の遺体は女性の物だった。腹には大きな穴が開けられ、臓器が無くなっていた。
「……ん?」
無くなっている臓器は肝臓だ。他は残っている。
それから他の遺体を調べても、若い男女の遺体から肝臓だけが無くなっていた。
「これは……なぁ! そこのアンタ!」
「俺かい?」
近くで警備している戦士を呼び止め、あることを尋ねる。
「他の村の遺体には、此処の彼女らのように腹部に大きな傷痕が無かったか?」
「む? いや、どうだろう……前の現場も担当したけど、そんな報告は……いや、でも確かにやけに腹が血みどろの遺体が多かった気がする」
「そうか……」
鋭利な切り口を持つ怪物で、肝臓を抉り出している。
その二つの特徴を持つ怪物に心当たりがある。
もしそれが当たりなら、呪いの術者は既に死んでいるはずだ。
だが、もし本当にそうなら……俺はこの怪物を殺せない。
兎も角だ、この怪物の正体は予想が付いた。これをアーロンに報告して対策を練らなくちゃならない。
「センセ!」
「ッ!?」
ララの悲鳴に近い声が聞こえた。
慌てて声がした方へ振り向くと、ララが空を指さした。
先程まで広がっていた青空がどす黒く染まっていき、黒雲に支配される。
何かが空にいる。
そう感じた俺は急いでララの下へ駆け付け、庇うようにして前に出る。
異変に気が付いたアーロンも戦斧を両手に持って外に出てきた。
「グリムロック! いったい何が起こってんだ!?」
「さぁな! 碌なころじゃないのは確かだろうよ!」
「センセ! あれ!」
ララが何かを見付けた。
黒雲から超巨大な鳥が姿を覗かせた。
あまりに巨大、巨大過ぎて全貌を視界に収めることができない。
その大きさに俺達は言葉を失ってしまう。
――何だ、あれは……!?
「――ケツァル……コアトル」
誰かがそう口にした。
まさか、そんな……本当に実在したって言うのか?
――オォォォォォォォン。
空が鳴いた。
その直後、超巨大な鳥から光が雨のように降り注ぐ――。
「――全員伏せろォォォォオ!!」
気が付いたら俺はそう叫んで背中のナハトを抜き放っていた。
ありったけの魔力を練り上げ、今放てる最大の防御魔法を展開する。
「マキシド・プロテクション!」
ナハトを地面に突き刺し、村全体を覆う魔法障壁を展開した。
その障壁に光の雨が降り注ぎ、強烈な爆発を繰り返す。
轟々と爆音が響き、大気と大地を揺らす。
しかし、咄嗟の無言魔法の所為で魔法の出力が足りず、障壁に罅が入る。
「我、七神から授かりし盾を持ち、仇なす者から万物を守護する者なり!」
後付け呪文で出力を上げ、障壁を建て直す。
空から降り注ぐ光はそれでも障壁を破ろう力強く叩き続ける。
これだけでは盾が持たないと判断し、危険だがもう一つの魔法を同時展開する。
「閉じろ! クラウザーアルチェ!」
俺が知る中で広範囲に渡る魔族の防御魔法を発動する。
村全域を魔力で形成された城壁で取り囲み、魔法障壁と一体となって強固な盾となる。
「アアアアアアアアッ!」
全身全霊で魔力を注ぎ込み、血管がはち切れそうになったその時、光の雨は降り止んだ。
気を失いそうになる感覚を味わいながら魔法を解除し、地面に崩れそうになった。
そのまま倒れるかと思ったが、アーロンが俺を受け止めて支えた。
気が付けば黒雲は消え去り、巨大な鳥も姿を消していた。
「センセ!?」
「おいグリムロック! しっかりしやがれ!」
二つの別種の魔法を同時に使用したことで極度の魔力消耗と反動によって意識が遠退いていく。
此処で意識を失うわけにはいかないと、ララにある物を要求する。
「らら……らら……あれ……あれ……を……」
「あれ!? あれって……あれか!?」
ポーチを弄ろうとする俺の手を見て伝わったようだ。
ララは俺の腰のポーチに手を突っ込み、そこから小瓶を取り出した。
その小瓶のコルクを開け、俺の口に押し付ける。
中の液体を呑み込むと、消耗していた魔力が沸き上がってくる感覚がやって来る。
「アァー!?」
衝動に駆られて叫び、そのまま勢い良く立ち上がる。
「センセ!?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だ! きつけの作用で身体が吃驚してるだけだ!」
ララが俺に飲ませたのは、ララが作った魔力を上昇させる霊薬だ。
俺の体内に残った少量の魔力を霊薬で強引に上げて、魔力失調を誤魔化したのだ。
本来ならばこれは寿命を縮めるような飲み方だが、半魔である俺の身体なら耐えられる。
誤魔化している間に魔力を回復できれば何の問題も無い。
「良かった……調合を間違えたのかと思った」
「いや、効果抜群だ。助かった」
「おい、グリムロック! さっきのアレは何だったんだ!?」
「何って、どっちだ? 鳥のことか?」
「それ以外に何がある!?」
そう怒鳴られても、それを訊きたいのは俺のほうだ。
一先ず、先程のアレで被害が出てないかを確認させ、俺とララはアーロンと一緒に集会場へと戻った。
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