第3話

 休日の日。

 エリテアとセレナは制服姿で、町中を歩いていた。

 

 その町並みは、シリルいわく近世ヨーロッパ風。

 もっとも、シリルは近世ヨーロッパのことなど知らない。

 某探偵小説のベイカー街のイメージだ。


「串焼き一つください」


 エリテアが露店に向かって言うと、小さな女の子が串焼きを手渡してくれた。

 女の子はにっこりと元気に笑う。


 可愛いなぁ。

 エリテアも思わず笑顔になる。


「はい、お姉ちゃん」

「わー、ありがとねー!」


 エリテアは女の子の頭をなでて、お金を渡し、串焼きを受け取る。


 セレナがその様子を見ていた。

 串焼きが欲しいわけではなさそうだ。

 くもり空のような、パッとしない表情をしている。


「いいのかしら、こんなことしてて」

「いいんじゃない。細かい行動は自由なんでしょ?」

「そうだけど、学校から受けた課題だから……」


 セレナには、学校から特別な課題が出されていた。

 簡単に言えば『人助け』。

 学校側が町民から困りごとを集めて、それを解決するようにセレナに課題を出した。


 人助けと言えば聞こえはいいが、ようは吸血鬼であるセレナが国に役立つかを見る試験だ。

 結果次第では『処分』もありえる。


 そんなのは許せない。

 だからエリテアはその課題を片付ける手伝いを申し出た。


 二人でやれば問題なく終わるはず。

 だけど、セレナはちゃんと課題をこなせるか不安なようだ。

 

「難しく考えすぎだって、はい、あーん」


 エリテアはセレナを元気づけようと串焼きを差し出す。

 セレナは戸惑うように串焼きを見る。


 なんだか野良猫に餌でもあげている気分だ。


「怖くないよー。美味しいよー」


 セレナはおずおずと串焼きに口をつけた。


「お、美味しい」 


 恥ずかしそうに笑うセレナ。

 その姿はいじらしく、エリテアの胸がキュンとする。


「可愛いなぁ! セレナちゃんは!」


 思わずセレナに抱きつく。

 そして、さらさらとした髪をなでた。


「ひゃ!」


 セレナは驚きの声をあげる。

 しかし、なんだかんだ嬉しそうだ。


「からかわないで!」


 セレナも少し元気が出たようだ。

 エリテアはその様子を見て安心した。


「えへへ、じゃあ課題の続きを片付けようか!」





 課題の内容は様々だった。

 猫探し、友人との喧嘩の仲裁、モンスターの討伐など。


 一通りの課題を終えた二人は、ぐるりと回って最初の串焼き屋の前に戻ってきた。


 すると、なにやら串焼き屋の店主が慌てているのが分かる。


「どうしたのかな?」

「声をかけてみましょうか」


 二人は店主に声をかける。


「どうかしたんですか?」

「あんたらは今朝来てくれた……!」


 店主は希望に満ちた目でエリテアたちを見た。


「実は、ウチの娘がいなくなってしまったんだ」

「警察には?」

「話はしたんだが、忙しそうにどっかに行っちまった」


 店主は大きな体を縮こませて、不安そうにエリテアたちを見た。


「あんたら、魔法学園の生徒だよな。なんとか探してもらえないか?」


 魔法はよく知らない人にとっては願いを叶えてくれる素敵な力だ。

 学生であっても、簡単に娘を探し出せると考えたのだろう。


 実際にはそこまで万能じゃない。

 いきなり広い街の中で子供を探せと言われても、エリテアは困ってしまう。

 しかし、だからといって見捨てる気もなかった。


 セレナを見る。

 セレナは同情したように店主を見ている。

 目があった。


「なんとかしてあげたいけど……」


 自信がないのだろう。

 セレナは助けますと言い切れないようだ。


「分かりました。私たちの方でも探してみます。安心して、なんてことは軽々しくは言えないけど、頑張りますから」


 エリテアは力強く言う。

 店主は少しだけ安心したようだ。


「それじゃあ、俺も探しに行ってみるから、よろしく頼むよ」


 そう言って、店主はキョロキョロと見回しながら歩いていった。


「なにか、あてはあるの?」


 セレナが不安そうにする。

 しかし、エリテアはニヤリと笑った。


「安心して、実は私、鼻が利くから。あの子についた串焼きの匂いを辿っていけば分かるはず」

「……本当に分かるの?」


 セレナはあまり信じていないようだ。

 だが実際にエリテアは鼻が利く。


 くんくんと匂いを嗅ぎ分ける。

 そこら中に串焼きの匂いは広がっている

 お客のものだろう。

 しかし、その中でも特に強い匂いを追いかける。


「子供がこんな所を通るかしら?」


 匂いは狭く薄暗い路地裏の方へと伸びていた。


「うーん。事件性を感じるね」


 二人が進んでいくと格子戸を見つけた。

 強引にこじ開けられた南京錠が転がっている。

 その先にあったのは、


「うわー。遺跡だよ」


 エリテアはうんざりとした。


 魔法学園のお膝元であるこの街。

 その地下にはいくつもの遺跡が広がっている。

 かつてこの地で活動していた魔法使いたちの置き土産だ。


「いい加減、なんとかしたら良いのに」


 その遺跡は街に様々な害をもたらしていた。

 モンスターの住み家。犯罪者の活動拠点。怪しげな魔法使いたちの実験場。

 ろくなことに使われない。


「下手に潰したら街に影響があるんだもの、仕方ないわよ」 


 実に厄介な存在だ。

 そして今回も悪用されたのだろう。


「誘拐されて、ここに連れ込まれたのかもしれないわね」

「じゃあ、誘拐犯をぶっ飛ばして女の子を救いますか」


 二人は遺跡の中へと入っていく。

 幸いなことに小さなカンテラを持ってきている。

 魔力で光るタイプの物だ。

 小さくてもしっかりと明るい。


 そして少し進むと、


「うわ、やっぱり居るよね」


 エリテアの視線の先には、大きなネズミのようなモンスターがいた。


「ここは任せて!」


 セレナは走り出すと、腰の剣を引き抜く。

 ズバン!

 一太刀でねずみを切り裂いた。


「セレナちゃんも、だいぶ剣を振るのが上手くなったね」


 ぎこちなさは残るが、ずいぶんと上手くなった。

 入学したてのころは、完全に剣に振り回されていた。

 一ヶ月ほどでここまで上達するのは、すばらしい成長だ。

 

「ありがとう。でも、まだまだよ」

 

 そう言いながらも、セレナは嬉しそうだ。

 セレナは毎朝早く起きて、剣の練習をしている。

 その成果を褒められれば、やはり嬉しいのだろう。


 ネズミの体から、コロリと石が落ちた。


「あ、魔石も拾っておかないとダメね」


 魔石とは、魔力の結晶だ。

 少し魔力が濃いところなら、そこら中に生えていたりする。


 人が魔力を使わなくても動かせる『魔導具』などのエネルギー源として使われる。

 現代の人々の生活に必要なものだ。


 だが悪い面もある。

 これを生物が取り込むと、モンスターに変化する。

 たった今、戦ったネズミのように。


「せっかく倒したのに、またモンスターが生まれたら困るからね」


 魔石を拾って二人は先に進む。

 その途中でエリテアは立ち止まった。


「あれ?」


 エリテアは首をかしげる。


「どうしたの?」

「なんか、子供の泣き声がしない? しかもたくさんの」

「……たしかに、聞こえてくるわ」


 わずかに聞こえる泣き声を追いかける。

 その声はしだいに大きくなっていき、


「うわ、なにあれ」


 その先には、箱状の檻に閉じ込められた子どもたち。

 子どもたちは、父や母を呼びながら泣き叫んでいる。


 そして檻の前には、ぼろぼろのローブを着た男が立っていた。

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