第3話帝国の実状
____戦闘終了後。
戦いを勝利で終えた帝国軍の野営は賑やかだった。
勝利後の高揚した状態で開かれた宴は、遠征と戦闘の疲れなどどこ吹く風、"俺達の戦いはこれからだ!"というノリになっている。
余談だが、他国への侵攻を目的に軍事増強した帝国は、あらゆる軍需品にこだわっている。
兵士の士気を維持するため装備だけでなく、そういった所への配慮も抜かりない。
室内の温度が調節出来る天幕、自動で湯が沸くポット、自動で洗浄され清潔さを保つ調理器具、鮮度を保つ魔法が施された食料樽、戦闘以外のところでも魔法技術が使われ、野営生活のクオリティを上げている。
そのおかげで野営とは思えぬクオリティの料理が並んでおり、勝利の宴は遠征軍兵士達の一番の娯楽であった。
勝利の喜びと、上手い食事に上手い酒、兵士たちのバカ騒ぎは続く・・・。
そんな賑わいとは裏腹に、オーマの居る天幕は、険悪なムードが漂っていた。
例の新米の小隊長が抗議に来ているからだ。
先の戦いで、オーマの采配にどうしても納得できなかったらしく、怒鳴り込むように天幕に入ってきた。
その態度に、その場に居合わせた副長が不快感を露わにしていたが、新米は気にもせずオーマに噛みついていた。
「いい加減にしてください!!団長はやる気あるんですか!?」
無いです。と、言えたらどれだけ楽だろう・・・。
オーマは若干現実から逃避しつつも、この新米はきっとまた抗議に来ると思っていたので、用意していた言い訳を述べた。
「ゴレストの側面を叩いていたイロードが追撃を開始していた。こっちも追撃に出たら、お互いが邪魔になるから彼らに任せた。」
「そうは思いません!一緒に後ろから叩くだけです!連携できるでしょ!!」
(あ、やっぱりそう思う?)
自分でも無理あるなと感じていたので、尤もだと共感してしまった。失敗である。
(この言い訳じゃダメだったか・・・・)
今度は別角度からの言い訳をする。
「しょうがない、本当のことを言おう。いいか、今回の作戦の決め手は、イロード軍の裏切りだ。このイロード軍の立場を考えてみろ。自国を裏切ってこちら側に立つと決めたとはいえ、彼らには不安があるはずだ。裏切った事を後悔して、その話を国外に流されてみろ、今後、こういった策が使えなくなるだろ?だから、彼らが安心できるように迎えてやらなきゃならない」
「・・・かなり良い条件だったと聞きましたが?」
「心理的な話だよ。実利ではなく。今後、帝国兵士になるのだから歓迎されたいはずなんだ。だが、何の手柄も立てず裏切っただけなら、他の兵士達の手前、帝国も歓迎しづらい。でも、この戦いで良い働きをしてくれれば、帝国も兵士達から不満が出ないから、彼らを喜んで歓迎できるだろ?」
「・・・彼らのデビュー戦だから、花を持たせてやれと?」
「そうだ」
「結局、ゴレストの将は打てませんでしたが?」
「副将は打ち取っただろ?手柄を上げた事実が有ればいいんだ。大小は問題じゃない。」
「・・・本当にそうですか?」
「何?」
「毎回そうじゃないですか。今回に限らず、慎重に行くだの、周りに気を遣えだの」
「大事な事だろ」
「度が過ぎるって言ってるんですよ!私には言い訳して逃げているようにしか見えません!」
(いや~、お前だけじゃなくて、俺自身から見てもそうです(笑))
新米の指摘は正しい。オーマは、自分で意図的にそうしているのだから。
若くて出世欲が強いため、向こう見ずな所もあるが、それなりに見る目はあるのだなと、少しだけ感心した。
「そんな・・帝国の理念を馬鹿にするみたいに、適当なことしかしない。だからピークも過ぎて、出世も見込めなくなったんですよ。私は騎士になる為に軍人になったのです。あなたとは違う」
平民でも軍人になって、良い働きをすれば、騎士の称号を与えられ、貴族になれる制度が帝国にはある。
この国で唯一、平民が貴族になれる方法だ。
そのため、貴族になりたくて軍人になる者は多い。
ただ、かなりの戦果が必要で、今まで平民から貴族になった者はいない。
当然、団長になるより難しい。
「団長になるのだって楽じゃないぞ?」
「そうですか?あなたを見る限り、そうは思えませんが?負け犬でもなれるわけですし」
(くだらない・・・何かの交渉をしている訳でもないのに、そんな挑発に何の意味がある)
心の中でそう吐き捨て、流そうとしたが、オーマの隣に立っていた副団長はそうはいかなかったらしく、一歩前に出た。
「さっきから好き勝手なこと言ってんじゃないわよ!何様なの!?団長が負け犬なら、皆とっくに死んでるか、サンダーラッツは解散してるわよ!」
「ちょ、副長!?」
穏便に済ませたいオーマは、副長を宥めようとするが、副長の怒りは止まらない。
「さっきから尤もらしいこと言ってるけど、自分が出世したいだけでしょ!?私たちは、アンタの出世の道具じゃないわ!そもそも騎士の称号なんてのはねぇ____」
「____ッ!?分った!!」
副長のその先を言わせまいと、オーマは強く割って入った。
「分かった・・・とにかく、お前はもう、ここのやり方に従うのが限界なんだな?」
「そうですね、言い訳ばかりの臆病集団には、もう限界ですね」
「このッ!?」
新米の態度に、再びキレかける副長を制して、話を進める。
「分った。なら、お前の意思を尊重して、転属できるよう上に掛け合おう。お前の他に同じ様に考えている奴がいるなら、そいつらも連れていけ」
____そのほうがお互いのためだ。そう言い聞かせるように提案した。
そのオーマの提案に、冷静さを取り戻した新米が、少し考えてから質問してきた。
「・・・上には何て言って掛け合うんですか?」
オーマは、その質問の意図をすぐに察し、不快感を抱いた。
(移動になった場合の上からの印象を気にするのか・・・人間臭いのは嫌いじゃないが・・・)
今は少し図々しいと思ってしまう。
(・・・やはり、こいつはトラブルを起こす前に対処すべきだな)
戦場ならトラブル1つで味方が死ぬ。
自身の腑抜けとは関係なく、後腐れなく距離をとるべきと認識したオーマは、自分のために、この新米を最後まで面倒見ようと決めた。
「安心しろ。厄介者の様な報告はしない。見込みがあるから、相応しい活躍の場に移してくれと、上にはそう掛け合う。上官に対する反抗的な態度も黙っておいてやる。出世に響くからな。それでいいだろ?だから、もうお前も止めろ」
「・・・・そうですか、分りました。そういう事なら、こちらも退きます。今までお世話になりました。精々、地味に長生きしてください。失礼します」
そう言って新米は、表情を変えないまま退出した。
「もうやめろ、って言ったのに嫌味言うんだな・・・大丈夫かな」
「あー、腹立つ!団長!もう、いっそのこと言ってやればいいじゃない。騎士になるのなんて無理だって」
「言ったって信じないだろ。それに危険だ。最悪、消されるかもしれん」
「だとしても、こっちがそこまで面倒見てやらなくてもいいんじゃない?そうなったら、そうなったで、自業自得でしょ、あの性格なら」
「そう言うなよ・・・世間を知る代償が命じゃさすがに可哀想だ。俺達にだって、あんな風に突っ走っていた時期があったろ?」
「あそこまで生意気じゃなかったわよ。」
「・・・ヘタしたら俺達まで巻き込まれるぞ?」
「うっ・・・」
とばっちりはゴメンだったのだろう。副長は溜飲を下げた。
そこに、新米と入れ替わるように、話が終わるまで待っていた、1人の兵士が入って来る。
「失礼します!オーマ団長。オルド師団長がお呼びです。師団長の天幕までお越しください」
「師団長が?何だろ?」
「さぁ?だが、ちょうどいい、あの新米のことも相談してくるとしよう。副長は宴に参加してくるといい」
「ええ、しっかりと飲ませてもらうわ。みんなには呼び出しの事伝えとくから」
「ありがとう」
2人とも天幕を出て、オーマは上官の所へと向かった___。
周りでは、戦の疲れを忘れた兵士達が、酒の入った杯を片手に騒いでいる。
オーマが通ると、オーマを慕う部下たちが声を掛けてきて、酒に誘ってくれる。
その誘いを、冗談を交えつつ受け流し、オーマは通り過ぎて行く。
そして、途中から人気を避けるように、天幕の裏手を歩くことにした。
宴の邪魔をしたくないという気持ちもあったが、自身の心中と周囲の温度差に、居心地が悪くなったからだ。
理由は先の新米とのやりとりだ。
生意気な新人に噛みつかれ、苛立ったり、疲れたりしたわけじゃない。
何の疑いも無く上を目指す姿を哀れに感じて、虚しさを覚えたからだ。
「騎士になんて成れないのになぁ・・・」
空虚な気持ちで、誰に言うわけでもなく呟く。どこを見るわけでもなく、空を見上げる。
___騎士になるのなんて、幻想だと彼に教えてやるべきか?
そんなことを考え、すぐにやめる。
それを教えるのは、本当に危険な事だからだ。お互いの命に係わる。
これは大げさでも何でもない。実際、オーマは一度、それで死にそうになった事がある。
そして、その時に知ったのだ。
帝国の実状を_____。
帝国の身分は、大きく分けて、皇族・第一貴族・第二貴族・平民と4つある。オーマは平民だ。
特徴的なのは、貴族階級が第一・第二と分かれていることで、それぞれ公爵から男爵まで階級があるが、第一と第二貴族の間には、埋められない差がある。
第二貴族は、どんな階級であっても、第一貴族より身分が下なのだ。
つまり、第二貴族の公爵より、第一貴族の男爵の方が偉い。
これには、もちろん大きな理由があり、前魔王大戦への関りが、この差を生んでいる。
第一貴族は、前魔王大戦時に、皇帝に賛同して帝国の建国に携わった者や、魔王大戦時に併合した国、同盟関係にあった国の王侯貴族達で、言わば皇帝の協力者ともいえる。
その立場ゆえ、帝国内での地位が高くなった。
それに対して第二貴族は、魔王大戦後に加わった者達だ。
形式上は、協力する形で帝国に加わった者達だが、実際は、軍事圧力や政治外交で屈した者達だ。
表立っては言わないが、第一貴族からすれば、"魔王大戦時に協力しなかった奴ら"で、対等とは思えない連中なのだ。
とはいえ、平民と同じ扱いにも出来ないので、領地を持つ事が許される支配階級にしなければならなかった。
そうして、『第二貴族』という身分が作られた。
前魔王大戦への関りもあって、この4つの身分の差、特に第一貴族、第二貴族、そして平民との間には、雲泥の差がある。
だが、この帝国の貴族階級に、平民の中で唯一、軍人だけ武功次第で第二貴族、場合によって第一貴族に昇格できる制度がある。
これに多くの帝国平民が、騎士を目指して軍人に志願する。
帝国は人類のため対魔王を掲げる国。
そんな国のため、人類のために戦い、ゆくゆくは騎士の称号を授かり貴族となる。
そんな英雄譚に、平民誰もが夢を見ているのだ。
だが実際、この制度は機能していない。させる気が、第一貴族達には無い。
軍事増強するため、兵士を集めるための方便だ。
軍事増強のために必要なのは、人数もだが、特に重要なのが魔法の才を持つ者を募る事だ。
この大陸の人間の強さは、魔法の力に依存していると言っていい。
魔力の強さは先天的な要素が強い。
そして、どういった要素が関係して魔法の才能を持つ者が生まれるかは、未だに分かっていない。
つまり、その人物の身分では決まらない。
もちろん、身分の高い人間の方が、魔法の英才教育を受けられるので有利だが、それは絶対では無い。
そこで第一貴族達は、平民から人材を発掘し、管理するための制度を考えた。
人類統一という理念も、騎士の称号も、下の者から税や能力を搾取するための大義名分、自分たちが都合よく国を動かし利益を得るためのものである。
この事実を知る者は少ない。いないワケではないが表に出せないのだ。
理由は当然、第一貴族達に目を付けられたら、最悪、"不幸な事故"に会ってしまうからだ。
また、知らなくても、武功を上げ過ぎたら同じだ。
オーマは一度、目を付けられたことがある_____。
約5年前、ドネレイム帝国と同じ様に、大陸制覇を掲げるバークランド帝国という国が存在した。
実力も当時のドネレイム帝国と比肩できる強さで、ドネレイム帝国は手を焼いていた。
それでも、開戦して一年が経つ頃には、戦況はドネレイムに傾きつつあった。
だが、これはバークランド側の策であり、あえて重要ではない軍事拠点を攻めさせ、ドネレイムの戦力を分散、自分達は戦力を集結させ、重要拠点を狙うというものだった。
そして、バークランドは、一気に大攻勢に出た。
帝国はこの策を予想していたが、対応が遅れ、大苦戦することになる。
苦戦しつつも、これを何とか切り抜けるのだったが、実はこれもバークランド側の策だった。
大攻勢すら囮で、両軍混乱している所に、バークランド屈指の強さを持つ1師団が、ドネレイムの最重要拠点を狙ったのだ。
無謀とも言える攻めだが、バークランド側には考えがあった。
当時、ドネレイム帝国は、すでに周辺国に危険視されていた。
だから、その最重要拠点を落とせば、他国が呼応して、ドネレイム帝国に攻め入るだろうと思っていた。
いや、攻めずとも、帝国が攻められる危機感を抱けば、バークランド領から撤退するだろうと考えたのだ。
この考えは的を射ており、成功すればバークランド領からの撤退どころか、そのままドネレイム帝国の打倒さえ出来ただろう。
ドネレイム側も、同じくそう考えていて、肝を冷やしていた。
このバークランド側の起死回生の一手を防いだのが、オーマ率いる雷鼠戦士団だった。
オーマ達は途中で相手の策に気付くと、最重要拠点に戻り、敵の背後を突いて、バークランド側の思惑を打ち破ることに成功した。
その功績は、その前からの活躍と相まって、当時の皇帝が、"救国の英雄"と賞賛した。
更には、オーマに騎士の称号を与える話まで持ち出したのだ。
その話を聞いた時、まだ帝国への忠義が厚かったオーマは、歓喜の震えを抑えるのに苦労したのを覚えている。
貴族になって、贅沢な暮らしが出来ることではなく、より一層帝国のため、ひいては世界平和に貢献出来ることを喜んでいた。
だが、その時すでに、第一貴族達の間で、オーマの抹殺計画は持ち上がっていた。
彼らにとって、自身の支配体制を揺るがす事態など、到底容認できないのだ。
オーマがその計画に気付いた時には、すでに事態は八方塞がりで、自分ではどうにも出来なかった。
最も、早くに気付けたとしても、第一貴族達相手では、どうすることも出来なかっただろう。
これを、一部の事情を知る者達が、抹殺計画が遂行される前に、オーマの不正をでっち上げ、オーマの貴族昇格の話を無くすことで、計画を未然に防いだのだ。
オーマは、謹慎こそ受け、出世の道を断たれるも、九死に一生を得たのだ。
もし、その者たちが告発していなければ、間違いなく死んでいただろう。
そして、オーマは知った____。
平民が騎士になれる制度など、第一貴族達が、都合よく自分たちを使うためのものなのだと・・・。
使える者は使えるだけ使い、都合が悪くなれば切り捨てて来たことを・・・。
"魔王に対抗するため、人類が一つになる"という大義も、最早形骸化して、第一貴族達が利益を貪るための名分でしかない事を・・・。
あの事件で、オーマはこの国の実状を知ったのだ。
子供の頃から帝国を信じてきたオーマにとって、世界の色が変わる程の喪失感だった。
オーマは戦災孤児だ。
10才の時、故郷が戦争に巻き込まれ両親を亡くし、ドネレイム帝国の首都にある孤児院で育った。
その頃は、何故親が死ななければならなかったのか、何故戦争が起きるのか、そんな事ばかりを考え、その答えを求めるように勉学に励んでいた。
勉学に勤しむ過程で、気が付けば帝国の理念に共感し、自分や自分の親と同じ様な思いをする人を亡くすため、軍人になった。
そして、この世から、戦争や魔王の脅威を亡くすため、懸命に戦い続けてきたのだった。
それが蓋を開けてみれば、第一貴族達に、いい様に使われた挙句、使い捨てられそうになった。
____気持ちが冷めないわけがなかった。
以降オーマは、軍内で目立つことを避け、最低限の役割をこなすだけになった。
帝国を去る事も考えたが、その頃には、帝国は大陸ほぼすべての勢力から敵視され、恨みを買っていた。
それでも、いや、だからこそ、オーマを取り込みたい国はあったかもしれないが、暗殺されるかもしれない。
帝国の諜報機関の実力は、オーマも知るところだ。
結局、遠征軍内で、おとなしくしているのが一番安全と考え、今に至る。
それゆえに、軍団の古株の者達は、事情を知っているので揉めることは無いが、事情を知らない新人等が、今日のように噛みついて来ることが度々あった。
そんな時はいつも、昔の自分と重なって哀れむが、何もしない。してやれない自分に、やりきれない気持ちになっていた。
だからせめて、部署替えくらいはしてやろうと、足早に上官の天幕に向かうのだった。
上官の居る天幕まで来ると、オーマは少し緊張気味に深呼吸する。
中にいる人物を、恐ているわけではない、尊敬しているからだ。
気心の知れた相手ではあるが、失礼のないように身なりも整えてから、中に入った。
「失礼します!オルド師団長。オーマ・ロブレム、呼び出しを受け、参上しました」
「おお、よく来てくれた」
天幕でオーマを出迎えたのは、初老の男だった。
白髪に白鬚を生やしてはいるが、目つきは鋭く、それでいてオーマに向ける眼差しは暖かい。
背は決して高くはないが、鍛えこまれていて、胸板も厚く、肩幅も広いため大きく見える。
そんな、重厚な肉体、渋い顔立ち、落ち着いた雰囲気は、一言で言うと歴戦の強者だ。
北方遠征軍第三師団、師団長オルド・カイン・ホーネット。
オーマの雷鼠戦士団が所属する第三師団の長である。
オルドは第二貴族で、第一貴族のやり方を理解し、表向きは従っているが、本心では嫌っている。
だから、第二貴族にしては珍しく、平民に対して優しく、分け隔てなく接してくれる。
平民の兵士達から人気の人物だ。
オーマにとっては、それだけではなく、例の抹殺計画から自分を助けてくれた恩人の一人であり、貴族階級の人間で唯一のオーマの理解者でもある。
オーマがこの世で信頼と尊敬を抱く、数少ない人間だ。
「宴の最中に呼び出してすまんな」
「とんでもございません。オルド師団長からの呼び出しでしたら、何時でも歓迎です。それに、好都合でした」
「好都合?」
「はい。実は、先の戦闘で、私の采配に異論を唱える者がおりまして・・・」
「・・・弱腰であったと?」
「はい。腑抜けの下では、騎士になれないと言われました」
「なるほど・・・」
オーマの弱腰の理由を知るオルドは、その言い回しで大体の見当がついた。
帝国の本質を知らぬ若者が、踊らされているのだと。
「そのことで、私もオルド師団長にご相談があります」
「その若者の転属だな。その子の希望は?」
「私の様な腑抜けの下でなければ、どこでも良いそうですが、ただ・・・」
「ただ?」
「その者は、この事が上官の心証を悪くして、出世に響くことを危惧しておりました」
「ハハッ!なかなか野心家だな。了解した。転属の理由もこちらに任せておけ」
「ありがとうございます」
オルドを良く知るオーマは、具体的にどうするのかまでは聞かない。
こういった事は、これが初めてではないし、聞くことはオルドの能力を疑うことでもある。
長い付き合いで、事情をよく知る者同士ゆえ、オーマの相談はあっさり片が付いた。
「そちらの相談はそれだけか?ならば、こちらの話に移ろう」
オルドの表情と声に、真剣さが宿るのを感じて、オーマも気持ちを切り替え、オルドの言葉を待つ。
「我々北方遠征軍第三師団は、このまま西方遠征軍に加わり、西方の攻略に参加するわけだが・・・」
まあ、そうだろうと思う。予想の範疇だ。
「だが、雷鼠戦士団だけは本国に帰還するよう、上から通達があった」
「・・・は?」
尊敬する上官を前にしながら、オーマは間抜けな声を上げた。
帝国軍は基本、師団単位で軍事行動を行う、それだけに意外なことだ。
普通なら、戦場を離れ本国に戻れるのは、遠征軍の人間にとって嬉しいことだ。
だが、"自分達だけ"と、"上からの通達"という部分に引っ掛かり、嫌な予感を覚えた。
「な、なぜ、自分達だけなのでしょう?」
「わからん。ただ、クラース宰相の指示としか聞いていない」
「クラース宰相・・・」
嫌な人物の名前だった。
クラース・スキーマ・エネル。
帝国で、『三大貴族』と呼ばれるエネル家の現当主で、ドネレイム帝国宰相を任されている。
『三大貴族』とは、前魔王大戦時に、初代皇帝ロンド・イル・ラッシュ・ドネレイムと共に帝国を建国した『エネル家』『トウジン家』『ガロンド家』の御三家で、元々は王族の家柄の貴族達だ。
皇帝と共に帝国を建国したため、その立場は強い。第一貴族の中でも、特に強い影響力を持っている。
そして、今の帝国の体制を作ったのも、当時の三大貴族だったという。
オルド曰く、クラース自身も、現皇帝が幼い事もあって、皇帝を傀儡としている所があるらしい。
つまり、裏で帝国を支配している人物ということだ。
オーマにとって、この世で最も恐るべき人物で、出来れば一生係わりたく無い人間だ。
さらに言えば、自分の抹殺計画を画策したのも、クラースだと疑っている。
(まさか、消される?)
一瞬そう思ったが、あの事件以降は大人してきたため、処分されるような理由には心当たりがない。
「・・・自分は何かマズイことをしたのでしょうか?」
恐る恐るオルドに尋ねた。
「いや、無いと思うな」
「そうですか・・・」
オルドが言うからには、第一貴族の心証を悪くしたようなことは無いのだろう。
もっとも、それならそれで、自分が呼ばれた理由が分からず、困惑する。
「あの、拒否権は・・・」
「・・・それはさすがに無理だ」
「ですよね・・・」
もちろん分かっていた。そんなものは無いと。ただ、不安で聞かずにはいられなかった。
今日の、西方連合との戦い以上の不安と恐怖が、オーマの心を締め上げる。
「とにかく、話はそれだけだ。雷鼠戦士団は明日、準備をして本国に帰還せよ」
「・・・了解しました」
一瞬だけ胸を張り堂々と挨拶するが、やはり不安は拭えず、出口の方へ振り返ると視線が下に落ちた。
そして、足枷を引きずる様な足取りで出口へと向かう。
それを見かねたオルドは、たまらず声をかけた。
「オーマ・・・その・・・気をつけてな・・・。」
オルドに渇いた笑みを見せてから、目礼をして自分の天幕へと戻って行った。
その後は、どう頑張っても気分が乗らず、宴には参加せず床に就くものの、眠ることはできなかった。
翌日、重たい気持ちを抱えながら準備を済ませ、オーマとサンダーラッツ一同は本国へ帰還した____。
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