第32話 そして大団え……なんでこうなった?

「あははははは!」


 心の底から愉しそうな笑い声が、白昼の森の中に響き渡る。

 それに混じって聞こえてくるのは草花を薙ぎ払う風の轟音、折れ飛び倒れる木々の派手な破砕音と地響き、そして魔獣たちの断末魔・・・・咆哮・・

 いやどう聞いてもそれらの戦闘音・・・に混じって笑い声が聞こえてくると表現した方が正しいのだが、何故だか笑い声の・・・・方が・・印象が・・・強すぎる・・・・のだ。


「たーのしーい!ですわ!」


 聞こえてくるのは女性の笑い声。それも妙齢の、世間一般的には淑女と称されるに相応しいうら若き乙女の笑い声なのだ。

 だが。そこもまた違和感を呼ぶ。


「でも全っ然!歯応え・・・がありませんわ!」


 そう。どう・・聞いても・・・・、乙女が笑いながら魔術で木々を薙ぎ倒し、魔獣を狩っているとしか思えないのだ。

 木々の合間からその姿がチラリと見える。非力な女性らしく簡素で軽量な革鎧に身を包み、その上から銀縁の水色の丈の短い外衣ローブを羽織っているのが分かる。森の中での保護色など一顧だにしない色合いで、剣や槍、弓なども持っていないことでも分かる通り、どう見ても・・・・・魔術師・・・だ。



「あ、あー。もうそのへんで」


 魔術の暴風と化しているその乙女に声をかけた男がいる。こちらは頑丈な騎士鎧にマントを羽織り、長身に見合う長い騎士剣を腰に提げている。鎧も剣も使い込まれてよく手入れされており、何より顔に大きな剣傷がついていて、見るからに歴戦の騎士と見える。


「もうすでに生き残りは逃げ散ったから、それ以上やってもただの森林破壊にしかならないよ、ロッテ・・・


「もう終わりですの?そういう時はドルフさ・・・・が囲って追い込んできて下さるものではなくて?」


 文句を言いながらも、乙女は渋々森から出てきた。

 出てきたと言っても、彼女の周囲の木々はすでにあらかた薙ぎ倒されていて、ほぼ森で・・なくなって・・・・・いた・・が。



 そう。不満そうに出てきたのはシャルロッテだ。

 あの婚約破棄から約半年、彼女は得意の魔術で夫で・・ある・・アードルフと共に戦うようになっていて、今では魔獣討伐部隊の主力のひとりにまでのし上がって・・・・・・いたのだ。

 その顔はすっかり陽に焼けてこんがりと小麦色になり、なんなら鼻頭などぺろりと皮が剥けていたりする。そして彼女はそれを気にする風でもなく、「陽焼けで皮が剥けるなんて初めてですけれど、これ何だか剥き始めたら止まらなくなりますわね」などと言いながらペリペリ剥いている。いや止めなさいよ痕になるから。



 ルートヴィヒはあの時、『辺境伯に嫁ぎ、その妻として夫とともに国の守りに生涯を尽くせ』と言った。

 そして彼女は辺境伯であるアードルフの顔の傷を見るたびに『わたくしがお側にいれば、二度とあのような傷を負わせることなどありませんのに』と悔しさを噛み締めていた。

 そのふたつが噛み合った結果、シャルロッテは魔術で夫とともに・・・・・戦う・・道を選んでしまったのである。


「いや……気持ちは嬉しいのだが、魔獣もあんまり狩りすぎると良くなくてだな」

「どうしてですの?人に害を及ぼすモノなど殲滅・・すれば・・・よい・・ではありませんか」


 あれから半年。

 すっかり過激な戦乙女になってしまったシャルロッテである。


「前も言ったと思うが、滅ぼしてしまうと生態系が狂って、今度は別の獣や魔獣が現れるようになるのだよ。それと」


 それに半分以上慣れてしまった自分にやや呆れつつも、楽しそうなシャルロッテがやっぱり愛おしいアードルフである。であるが、ツッコミは忘れなかった。


「それを言うなら歯応えではなく手応えだろう。それではまるで、ロッテが魔獣を食っているように聞こえるよ」

「あら、やだわ。つい本音・・が」


(この嬢ちゃん、凄い方・・・に化けたのう)


 そんなふたりを見ながら、ヘルマンも苦笑するしかない。


(でもまあ、確かにお似合い・・・・のふたりというべきかのう)


 そんなことを思いながら、シャルロッテを追ってきたであろう魔獣を一刀両断するヘルマンであった。

 その後ろで、暑季なつの終わりの空にシャルロッテの軽やかな笑い声が吸い込まれていった。

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