第18話 かくして婚約破棄はなされた

「これでもまだしら・・を切るか!」


「そ、そんな……!」


(え、は……!?何だあれは!?)

(誰!?誰なの可愛いローゼにあんなこと・・・・・したのは!?)


 会場の隅で成り行きを見守っていたアスカーニア公爵夫妻も、ローゼマリーの腕の鞭の痕を見て死ぬほどビックリである。可愛い次女をあんな目に遭わせた犯人を必ず見つけ出して八つ裂きにしてやると、夫妻は固く決意した。

 逃げてゾフィー!全力で逃げて!


 だが今この場で犯人探しを始めては、せっかくの計画・・がぶち壊しになるので、夫妻はグッと堪えて黙り込むしかなかった。シャルロッテがチラリと確認した父の驚愕に満ちた顔はこの時のものである。


 そしてシャルロッテは俯いて黙り込んでしまう。


「ふん、ようやく観念したようだな」


(あーこれ、おそらくお兄さんエリアスがやったのかもとか考えてるんだろうな)


 黙り込んだシャルロッテを見てルートヴィヒはそんな事を考えつつも、実際にやったのは見下げたように鼻で嗤うことである。ここで精一杯悪い顔をしておかないと、シャルロッテに愛想を・・・尽かして・・・・もら・・えない・・・ので、渾身の演技である。


「血を分けた実の妹に陰でこのような仕打ちをするような者など、私の皇妃として、将来の皇后として相応しいとは言えぬ!よって、今この場においてそなたとの婚約を破棄する!よいな!」


 そこまで一息に言って、ルートヴィヒはチラリと皇族専用入口の方を見る。従僕も心得たもので、サッと扉を開く。

 さあ、満を持して皇帝夫妻の登場である。


「シャルロッテよ、(うちのよめになってもらえないなんて、本当に)残念だ」

「ええ、本当に。貴女がそんな(小さい頃から一途にアードルフ卿を想い続けるようないじらしい)子だったなんて(、なんて可愛らしいのかしら)」


 皇帝フリードリヒ4世と皇后ブリュンヒルトのセリフを、ふたりの脳内意識で補完してみればこの通り。ふたりともシャルロッテを責めたつもりは一切ない。


「皇帝陛下!皇后陛下!」


 だからふたりは、シャルロッテが助けを求めるような顔で必死にこちらを見てくることに、強い罪悪感を抱いた。だが内面の感情を表に出さないことにかけては皇帝夫妻もお手の物なので、シャルロッテには一切悟らせない。

 心中涙ながらに謝罪していても一切伝わらない、伝えられないという、誰も幸せにならない地獄絵図が(皇帝夫妻の脳内だけで)広がってゆく。


「両陛下、私とシャルロッテとの婚約破棄、お認め下さいますか」


 そしてルートヴィヒが仕上げにかかる。


「やむを得んな、(可愛いロッテちゃんのためじゃもの、アードルフ卿との結婚を)認めるほかあるまい」


「アスカーニア公、何か申し開きはあるか」

「…………いえ、(可愛いロッテとローゼの幸せのためですから)御意のままに」


「そして私はこのローゼマリーと新たに婚約したく思います。お認め下さいますか陛下」

「よかろう、それも認めよう(。この1ヶ月でローゼちゃんもすっごい可愛い子じゃと分かったし、お嫁に来てくれるなら歓迎じゃよね)」


「ありがとうございます陛下、殿下!わたくし帝国のため、公爵家のため、精一杯務めますわ!」


 ローゼマリーにだけ脳内追加セリフがないのは、彼女が思ったことをそのまま言っているからである。決して何も考えてないから、とかではない。


(うわ、見てるだけだと本当にシャルロッテ様が悪いことして断罪されてるみたい)

(つうか話聞いてても騙されそうになるな、これ)

(ねえ、本当にこれ、噓並べたドッキリなのよね?)

(殿下も陛下もローゼマリー嬢も演技巧すぎない?)


 まあローゼマリーだけは演技していないけども。シャルロッテが(好きの裏返しとはいえ)嫌いなのも本当だし、ルートヴィヒの婚約者になれて嬉しいのも本当だし。

 というか感情を素直に表に出し過ぎるローゼマリーが演技・・しなくて・・・・いいように・・・・・、ルートヴィヒが頑張ってお膳立てしたのだ、とも言える。



「ではシャルロッテ。そなたに罰を与える」


 そしてとうとうルートヴィヒは最後の断罪にかかった。


「そなたはブレンダンブルク辺境伯領へ流罪とする!辺境伯と婚姻し、その妻として、生涯を国の守りに尽くすがよい!」


 それを聞いたシャルロッテは、それまで涙をこぼすほど口惜しそうだったのに、ことさらに冷たく言い放たれたルートヴィヒの言葉にまずポカンとし、思わずといった感じで顔を上げて驚きの表情を浮かべ、それからさらにかすかに頬を染めて喜びの感情を覗かせた。

 いずれも夜会のような人前で、彼女が絶対に見せてこなかった感情ものである。いつもの淑女の微笑アルカイックスマイルさえも忘れるほど、それほどにこの“罰”が彼女にとって意外で、そして嬉しいことなのだと、ルートヴィヒにはハッキリと分かった。

 だって、彼女の浮かべた表情は出会ったばかりの幼かった頃、初めてルートヴィヒから贈り物をされた時に彼女が浮かべたのと同じ表情だったのだ。


(ああ、そうか。僕はロッテのこと、本当に好きだったんだなあ)


 ルートヴィヒの心の声は、皇子としての完璧な表情筋の下に隠されて、ついに誰にも気付かれることはなかった。





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