第7話 ツッコミひとりにボケふたり

「ふむ。委細は分かった」

「どうか、何卒なにとぞ陛下の温情を賜りたく」


 皇城の謁見の間。

 アスカーニア公爵グントラムは火急の要件と称して皇帝フリードリヒ4世及び皇后ブリュンヒルトに謁見するところまでこぎ着けた。却下されるであろうことは分かっていたが、それでも可愛い娘のために最善を尽くす不退転の決意である。


「だがなあ。ワシもうシャルロッテあの子がお嫁に来るものと思って楽しみにしとったんじゃけど」


 やはりフリードリヒ4世に渋られた。

 そりゃそうだろう。楽しみすぎてもうすっかりシャルロッテを自分の娘扱いしていることを、グントラムだってよく知っているのだから。そしてそれは皇后ブリュンヒルトも同じである。


「そうねえ。あの子がお嫁に来たら一緒に何をしようかしら、何処へ行こうかしらって、わたくしも楽しみで仕方なかったのに」

「うちのルートヴィヒルーなんてそんな大した取り柄もないのに、あんな出来すぎた嫁もらえるなんてなんたる幸運!って家族揃ってお祝いしたのはいつじゃったかねえ」

「あなた、それ帝国議会で婚約が認められたその晩のことですわ」


 ってそれ6年前じゃないか!アンタたちそんな前からうちの子気に入っとったんかーい!


「ハインリヒの婚約者お嫁ヴィルヘルミナウィルマちゃんだってそれはそれは可愛くて。あとはマインラートだけね、って第一皇妃エリザベトとも第二皇妃ゲルトルードとも楽しみに話していたのよ」


 フリードリヒ4世は正妃たる皇后の他にふたりの側妃を持っている。それが第一皇妃エリザベトと第二皇妃ゲルトルードである。そして第一皇子ハインリヒは第一皇妃エリザベトの子、第三皇子マインラートは第二皇妃ゲルトルードの子である。皇后ブリュンヒルトが産んだ皇子は第二皇子のルートヴィヒだけだ。

 ちなみに、皇后はその他に全体の長子となる第一皇女エーリカを産んでいる。エーリカは隣国アレマニア公国のシュヴァルツヴァルト家から皇配を迎えることが決まっていて、ルートヴィヒとシャルロッテの婚姻準備と並行して進められる手はずになっていた。



 つまり、シャルロッテは両陛下のみならず側妃のふたりからも歓迎されていることになる。この分だとルートヴィヒたち三兄弟はもとより、ハインリヒの婚約者であるヴィルヘルミナにもすでに家族として扱われているかも知れない。

 もしもそうなら、今さら婚約を解消して他家に嫁がせるのは極めて難しくなる。


「とはいえ、ワシらとしてもシャルロッテあの子が本当に望むなら叶えてやりたいしの」

「ええ、そうねあなた」

「じゃがそのためには、ルーの意思も確認せねばならん」

「そうねえ、ルーが嫌がるかも知れませんからね」


 そう。何より現状の婚約者であるルートヴィヒがうなずかなければ話は終わってしまうのだ。


 フリードリヒ4世が侍従を呼び、ルートヴィヒを謁見の間に来させるよう指示を出す。だが部屋の片隅で控えていた侍従は何やら逡巡して、なかなか動こうとしない。


「いかが致した?早う呼んで参れ」

「それが……陛下、今ルートヴィヒ殿下はローゼマリー嬢とお茶会を開いておられますれば」


「…………は?」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ローゼマリーうちの娘が、ルートヴィヒ殿下とお茶している、だと……!?」


 アスカーニア公爵グントラムはローゼマリーの専属侍女ゾフィーからメモを渡された時、確かにローゼマリーが外出したことを聞いていた。だが彼は娘の行き先まで確認しなかった。

 まあ確認したところでゾフィーだって聞いていなかったわけだが。


 だがローゼマリーが、姉シャルロッテの婚約者であるルートヴィヒとふたりきりでお茶会をしているなどと、アスカーニア公爵家の追い落としを狙っている一部の貴族家に知られたらなんと言われるか。

 公爵家が立場を悪くするくらいならまだいい。皇后の唯一の皇子であるルートヴィヒに瑕疵が付くのだけは絶対に不味い。


「ああ、また来とるのかローゼちゃんは。相変わらずルーと仲が良いのう」

「フェッ!?」

「わたくしにもうひとり皇子が生まれていれば、間違いなくローゼちゃんを婚約者に推しましたのに」

「ヘァッ!?」


 思わず顔の穴という穴から出てはダメな系の汁が飛び出しかねない勢いで裏返った声を出すグントラム。いつの間にローゼマリーまで皇帝家お気に入りになっていたんだ。全然知らんかったわそんなん!


「え、へ、陛下、よもやローゼマリーは以前から」

「そうじゃ!ロッテちゃんがうちの子にならんのなら、代わりにローゼちゃんをルーとくっつけるのはどうじゃろう?」

「まあ、とても良いお考えですわあなた。でもそのためには、ますますルーを呼んで話を聞かないとね」

「ヒェッ!?」


 グントラムの言葉を遮る形で盛り上がる皇帝夫妻。

 それが不意に揃ってこちらを見つめてきて、またもやグントラムが変な声を出す。


「なんじゃグントラム、さっきから変な声ばかり出してからに。まあいいけど。

で、そこんところどうなん?」


 どうなん?と気さくに尋ねられて、もはやグントラムは青息吐息である。


「え、いや、どうなん?とか言われても…………」

「じゃーから、ローゼちゃんルーのこと好いとったりせんのかのう?」

「いつもあんなに楽しそうなんですもの。きっとローゼちゃんもルーのことが好きなんだと思うのよ。ね、どうかしらグントラム?」


 皇帝と皇后から気安い口調で話され続けて目を白黒させているグントラムだが、一周回ってだんだんイライラし始めてきた。


「いや……ていうかなあ、なんでお前ら・・・学生・・時代・・みた・・いに・・喋ってんだよ!?」


「えっ?」

「えっ?」

「『えっ?』じゃねえ!」


「えっだって、俺ら・・幼馴染で・・・・学舎の・・・同期・・じゃん?」

「そうよ、あの頃約束したじゃない。大人に・・・なって・・・ズッ友・・・だよ・・、って」


 皇帝フリードリヒ4世ことカールグスタフ・フリードリヒ・フォン・フォーエンツェルン・ブロイス。

 皇后ブリュンヒルト・フォン・フォーエンツェルン・ブロイス(旧姓ブラオンシュヴィク公爵ヴェルフェン家)。

 アスカーニア公爵グントラム・フォン・アンハルト。


 この3人、実は同い年の幼馴染でヴェリビリ帝国学舎の同期入学同期卒業の親友同士である。学生時代はお互い対等に呼び合うほど仲がよく、グントラムがアスカーニア公爵を継ぐまでは側近としても仕えていた仲だ。

 フリードリヒ4世は威厳を増すために年寄り言葉を使ってはいるが、実はこれでまだ40代である。似合わないこと甚だしい。

 だがそんな彼らも歳を重ねて重い地位と責任を背負うようになり、いつしか礼節を弁えたお堅い付き合いになっていたのだが。


「そもそも俺は臣下として・・・・・正式な・・・謁見を・・・申し・・入れた・・・はずだぞ!」

「だってこの場に俺らしか居ねえし。ほぼ私的プリヴェールな場じゃん?」

「そこに!侍従も護衛騎士もいるだろうが!」

「あらやだ、グンちゃんたらみんなのこと家族扱いしないつもりなの?」

「家族じゃねぇだろ!!」


 脇に控えている侍従も護衛騎士も書記も、みんなうんうんと頷いている。


皇帝夫妻おまえらがそんなんだから、選帝会議が紛糾してるんだろうが!」


 皇帝一家の仲が良すぎて公私混同が甚だしいため、次期皇帝を選定する選帝会議はこのまま次代に彼らの皇子を選んでいいものやら、意見が割れてまとまらないままだったりする。

 ブロイス帝国は皇帝の権力が強くなりすぎて歯止めが利かなくなる事態を防ぐため、選帝会議の承認を得ないと次期皇帝として即位できない。そして即位できたところで、選帝会議での議決さえあればいつでも皇帝を・・・罷免・・できる・・・のだ。


「まあ、そうなったらそうなったで」

「わたくしたちは先代皇帝家・・・・・として保護されますからねえ」

「クッソ!誰かこいつらにざまあ・・・してくれねえかなあ!」


 グントラムの悲痛な願いは聞き入れられることはない。少なくとも現行のブロイスの政治システム上では。

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