like a demon III

 窓の外に飛び出したリケットを呆然と見詰め、だがジェシカはあることに気付いた。


「ちょっと、此処って30階なのよ! 一体なにを考えて……」


 窓際に近付こうとしたが、ガラスの破片が散乱しており、更に自分が裸足だということに気付いてその場で足踏みした。

 このままでは、いざという時に逃げることすら侭ならない。どうしても危なくなったときには、仕方なく逃げるが。


 独りでそんな葛藤をしているジェシカを他所に、リケットは持っている蛮刀を構えて空中にいるバグナスに突進し、横薙ぎに斬りつけた。


 だがそれはあっさりと躱され、リケットはそのまま下へと自由落下して行く。


「莫迦じゃねぇのか? そんなモンでこの俺様に敵うとでも思ったのかよ? 死ね!」


 ポケットから両手を出し、落下して行くリケットへと漆黒のエネルギー弾を無数に放つ。

 それらの一つひとつに、凄まじい重力が込められているのを一見しただけで理解したが、それでもリケットの表情は変わらない。


 全く慌てることなく右手の甲から鞭を打ち出し、ジェシカの部屋の天井へと放つ。

 極限まで細く強く鍛えられた金属の糸を無数に寄り合わせて作られたそれは天井に突き刺さり、リケットはその反動で振り子のように外壁に立った。そしてそのままそれを蹴って垂直に跳ぶ。


 バグナスの放ったもの――重力弾はそのまま歓楽街のストリートに落ち、その一帯に重力の嵐を撒き散らした。

 その衝撃によりマンション全体が激しく揺れ、全ての窓ガラスが吸い出されるように割れた。


「避難していろ」


 再びジェシカの部屋に降り立ったリケットは鞭を巻き取り、先程と全く変わらない口調で振り向きもせずに言った。


 だがジェシカは、


「何処に? 奥の部屋にでも行っていろって言うわけ? ま、ガラスの上を裸足で歩いて痛くないっていうなら行くけど」


 ガラスの破片が散乱している部屋を見回して溜息をつき、ジェシカは更に続けた。


「これの修理とか賠償って借用者の負担になるのかしら。もしそうなら、結構な額になるわよね。まさかこの若さで桁を数えるのも嫌になるほどの借金を抱えるとは思ってもいなかったわ。どうやって返済したら良いのかしら? そもそもこれって保険適応内なの?」

「あの莫迦に払わせれば良いだろう」


 事実を受け止め切れないためか若干冗談めかして言うジェシカへと、抑揚のない声で言う。やはり表情は変わらないのだが、何故かその台詞が滑稽に聞こえて吹き出すジェシカだった。


「何が可笑しいってんだよ、この野郎!」

「五月蝿いわね、黙っててよ!」


 何故か激昂しているバグナスへと吐き捨てるように言い放ち、リケットをじっと見詰めた。


 バグナスは、まさか反論されるとは思っていなかったのか、意外な迫力に気圧されて黙ってしまい、それにより僅かな静寂が訪れる。


 そしてその静寂の中、表情が変わらないリケットの顔に手を触れ、頬を撫でる。


「可哀想な『――』。笑うことも泣くことも忘れてしまったの? でもどうしてその眼だけは、そんなに哀しそうなの? ……そうなったのも、私の所為なんだよね……私を〝ドラゴン・アシッド〟から護ったばかりに……ゴメンね、私、貴方になにもしてあげられない……」

「気にするな」


 自分の頬を撫でる白く小さい、そして柔らかい手を握って短くそう言い、そして突然抱き締めて横に跳んだ。高圧レーザーが、避けた二人がいた場所を焼く。


「人を無視してラヴラヴしてんじゃねぇよ!」

「……『ラヴラヴ』て……なんで其処だけネイティブなのよ……」


 大声で叫んでいるバグナスへと真っ当な突っ込みをするジェスカに一瞥すら与えず、リケットは懐にあるナイフを抜き打ちで放つ。


「いい加減にしねぇ……おわ!?」


 それは正確にバグナスの喉を直撃する筈だったのが、彼は咄嗟に持っている短銃で受け止めた。


「……やがって……」


 短銃に突き刺さっているナイフを一瞥し、それを捨てる。それは正確にエネルギーカプセルを貫いており、短銃は空中で小さな音を立てて破裂した。


 リケットもジェシカも巫山戯ているつもりは一切なく、至って大真面目なのだが、バグナスにとってはその行動全てが癪に障るらしい。


「本気でいくぜ……」


 バグナスの双眸が血の色に輝き、不意に周囲の空気が文字通り重くなる。


 そしてその瞬間、突然呼吸が辛くなったジェシカは、肩で息をし始めた。


「……強力な重力を受けた空間は、一体どうなると思う?」


 突然リケットが呟く。だがそれに答えられる余裕は、既にジェシカにはなかった。それでもリケットは平然と呟く。


「空間が歪み、全てを圧縮して時空の彼方へと飛ばす空間が出来上がる――〝グラビドン〟か」


 バグナスの〝能力〟。


 それは〝PSIサイ〟で最高ランクの〝グラビドン〟だ。


 重力を自在に操り、時空すら捻じ曲げる〝能力〟である。


「重力のゆがみを喰らえ!」


 バグナスが両腕を上げて絶叫した瞬間、部屋の中にあるテーブルや椅子、シングルソファが外へと吸い出される。


 そしてリケットとジェシカの身体も浮き、同様に外へと吸い出された。


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