第5話 責任とって下僕にします。
宿屋の一室に、簡素なベッドが一つだけ置いてある。ベッドの上には、金髪の少女が一人で眠っていた。窓から入る朝日が少女の顔を照らし、少女――リベルは、目を覚ました。
(あれ……私、どうしたんだっけ……?)
リベルが自分の置かれた状況を理解する前に、見知らぬ男の顔が視界に入る。壁に寄りかかったまま毛布にくるまり、眠っているようだ。
そう言えば、妙な夢を見ていた気がする。悪漢たちに追い掛けられた挙句、召喚に失敗し、妙なモノを呼び出してしまった夢だ。今目の前に居る男は、その時の男に似ている気がする。
(まさか、夢じゃない……?)
身体を起こそうとして眩暈がし、咄嗟に頭を支えた。すぐ傍で獣の息遣いが聞こえる。落とした視線の先に、白い大きな獣が床に伏せて寝ていた。
獣は、リベルが起きた気配を察して目を開け、頭を上げる。立ち上がり、くぅーん、と鼻を鳴らしながら心配そうにリベルの傍へと寄って来た。
「クファール。ずっと付いててくれたのね。
助けてくれて、ありがとう」
クファールがここに居るということは、やはり夢ではなかったのだろう。
リベルは、クファールを撫でてやりながら、どうしたものかと溜め息を吐いた。正直、クファールが来てくれなかったら、危ないところだった。
(やっぱり、一人では限界があるか……)
一緒に旅をする仲間が必要かしら、と考えながら泳がせた視線の先に、壁に寄りかかったまま眠っている男が留まった。見た目を裏切ることなく、全く使えない召喚人だ。
早々に元いた世界へ帰そう、とリベルが心に決めた時、男が身じろぎをした。
リベルが警戒して、ベッドの上で身を固くする。
男が目を覚まし、リベルを見た。
すると男は、ぱっと顔を輝かせると、包まっていた毛布を落として立ち上がり、リベルの方へと近寄って来た。
『あ、気が付いた?
良かったー、このまま目を覚まさなかったら、どうしようかと思っ……』
男が最後まで言いきる前に、リベルの鉄拳が男の顔面にめり込んだ。ひ弱な女の子とは言え、日頃から旅で鍛えている上に、こういう身の危険を感じた時のため、棘つきのグローブを手に嵌めている。
男は、衝撃に耐えきれず、仰向けに倒れた。
「何すんのよっ、この変態!」
『な、なんで……』
***
宿屋のあった町から少し離れた荒野に、リベルは立っていた。
傍には、クファールもいる。
「えーっと……悪かったわよ。誤解して、殴っちゃったりして」
男は、身体を縄で縛られた状態で、黙ったまま地面に胡坐をかいて座っている。その周りを歩きながら、リベルは、地面に文字を書いていく。
「でも、あなたも悪いのよ。
レディの寝ているベッドに、にやにやしながら近づいて来て、誤解されても仕方ないわ」
その様子を少し離れた位置からクファールが涼しい顔で眺めている。男が逃げ出さないよう監視の役目もある。
男は、リベルの言葉を聞いているのかいないのか、むすっとした顔で反応すら返さない。やはり、こちらの言葉が分からないのだろう。
それでも、リベルは続けた。
「でも、宿屋の女将さんが教えてくれて、良かったわー。
あなたが倒れた私を宿屋まで運んでくれて、お医者さんまで呼んでくれてたんですってね。
もうちょっとで私、あなたのことクファールの餌にしちゃってたか、人買に売り渡してたところよ~」
あはは、と明るく笑いながら話すリベルを男が恨めしそうな目で睨む。言葉の意味は分かっていないのだから、自分の今置かれている理不尽な扱いに対して避難する目だろう。
そして、これから自分に何が起きるのかも、きっと分かっていない。
「まぁ、これも世間勉強できたと思えばいいわよ。
だってあなた、見るからに幸薄そうだし、変態っぽい顔つきをしてるんだもの。
そんなんじゃ、彼女の一人もできやしないわよ。
…………さあ、できた」
言葉が通じてないと分かった上で、言いたい放題言っている。
リベルは、ぱんぱんと手についた砂を払うと、足元に広がる術式を満足そうに眺めた。男を中心に大きな円を描き、その中には、蛇が縫ったような複雑な文字で術式が書かれている。
「よし、完璧っ!
これで、あなたを元居た世界へ戻してあげられる筈よ」
やはり男は、自分がこれから何をされるのか分からない様子で、足元に広がる謎の文様とリベルを見比べて、何か言いたそうな顔をしている。
「大丈夫。私を誰だと思ってるの?
世界一の召喚士【リベル=ミラージュ】様よ!」
自信に満ちた顔で胸を張るリベルが両手を胸の前で組み、詠唱を始める。
通常であれば、地面に術式を描くことも詠唱を行うことも省略して術を発動させることが可能なのだが、こちらの方が確実に術の効果が得られるのだ。
「遙か彼方の地と繋ぐ門を守りし、異界の番人よ。
我が声を聞き、我が願いに応えよ。
我、【リベル=ミラージュ】が命ずる。
この者を元居た世界へ戻せっ!
リベルの詠唱に合わせて、地面に掛かれた文様が光を放つ。
そして、男の視界が一瞬で真っ白に塗り替えられ、男は眩しさに目を瞑った。
次に男が目を開けた時、そこは、見慣れた自分の世界――――ではなく、先程と変わらぬ荒野の姿があった。
「あっれ〜?
おかしいわねぇ。術式をどこか間違えたかしら」
呑気な声で頭を捻りながら、リベルは再び地面にしゃがみ込むと、そこに書かれていた文字の幾つかを手直しする。
よし、と気を取り直して再度詠唱を試みるが、何も起きない。
地面の文様が少しだけ光っただけだ。
その後も何度か色々な違う方法を試してはみたが、やはり依然として、男は、変わらずそこに居た。
しばしの沈黙の後、リベルは、明るい口調で言った。
「ごっめーん。なんかダメみたーい」
男は、もごもごと何かを言おうとしている。
リベルは、その時やっと男の口に巻いていた猿轡を思い出したように、男の口からそれを外してやった。
男は、解放された口で大きく深呼吸をすると、リベルに向かって怒鳴った。
『俺を一体どうするつもりなんだ?!
とにかくこの縄を解けっ!!
俺は、お前の命の恩人なんだぞ?!』
しかし、リベルには、男が何を言っているのか分からない。可愛く小首を傾げると、何かを思いついたように、ぽんと手を打った。男の身体を縛っていた縄も外してやる。
「それじゃ、私は、これで~」
そう言って、笑顔で手を振り、立ち去ろうとしたリベルのマントを男が掴んだ。
『おい、まさかこんな所に俺を捨てて行く気じゃないだろうな……?』
「ごめーん、何言ってるか、全然わかんないのよね~」
『こんな言葉も通じない世界で、何のスキルも、チート能力も与えられず、俺は、一体どうやって生きて行けばいいって言うんだよ!!』
「だからー、間違えて呼び出しちゃったのよね。
あなたは、お呼びじゃないのよ。要らないの、わかる?」
『こうなったのも全部お前の所為だからな!
責任持ってお前が俺を養えっ!!』
「えー何か責められるのは分かるんだけどー、どうしようもないじゃない。
あんたみたいな役立たず、いらないんだってばー」
『しがみ付いてでも付いて行くからなっ!!!』
「どうしよう、離してくれない……」
リベルは、肩を落とすと、盛大なため息を吐いた。
「……仕方ないわね。
とりあえず、あんたが独り立ち出来るようになるまでは、私が面倒見てあげるわよっ」
男に向かって人差し指を差しながら、リベルが堂々と宣言する。
「下僕としてねっ!!!」
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