#8

 次の日の朝、朝食前にぼくは先生と橋谷さんに吹き抜けの部屋に集まってもらった。


「実は、ぼく気づいたことがあるんです」


「なんだい。霧島くん」


「不自然な点があるんです。遺体のナイフは抜き取られていた。それに比べて部屋に流れた血液はシャツに丸い円を描くぐらいだった。それに、抜くときにある程度の血が流れたはずです。なのに占部さんの服は真っ白だった。返り血がついていたなら橋谷さんが気付いたと思います。あるいはついでに着替えてきたのではないでしょうか。その服はまだ見つかっていませんよね」


「それだけならたまたまじゃないかな。気づかなかった、あるいは思い至らなかった」

 先生の意見にぼくは反論する。


「彼女は閉所恐怖症なんじゃないかと思います。夕飯を作る時に教えてもらいました。今でも狭い部屋で一人になるのが怖いって。こんな嵐の日なのに窓が少し空いて、寝具が整えられていなかった。彼女はホールで寝ていたのではないですか」


「確かに彼女が部屋に戻ったところは見てないが——」


「そうだとしたらあんな狭い穴通れるはずない」


「だから、占部さん奈森さんを殺せない。かといって橋本さんも僕も通路の存在を知らなかったからあり得ない。奈森さんを殺したのは、先生だ」

 言い切った。ハアハアと呼吸をして言葉をつづける。


「まず前提として奈森さんは刺殺じゃない。たぶん毒殺だ。奈森さんは睡眠薬を服用していたらしいから、それと毒入りの錠剤でもすり替えたんだろう。さっき先生も言ったけど人を刺してナイフを抜いたら結構な血が流れるはずだ。でも現場の血はほんの少量だった。これも占部さんが刺して彼が死ぬまで待ってから抜いたのだとすると時間がかかりすぎる」

「そうなると、犯行時刻に犯人が彼の部屋にいる必要はなくなる。これでアリバイは崩れた。犯人はあらかじめ奈森さんの睡眠剤をすり替えておき、ぼくと一緒に部屋に戻った。橋谷さんが部屋に戻り、占部さんが眠った後ぐらいを見計らって隠し通路を使い、奈森さんを刺したんだ」

「犯人は先生だ」


 再び宣言した。先生は少し肩をすくめていう。


「ちょっと待てよ。証拠はあるのかい」


「証拠なんて探せばいくらでも出てくるだろ。奈森さんを殺したときの指紋や隠し通路の靴跡、刺してた時に来てた服とかも残ってるはずだ。事件のことが知られなければ、指紋も靴跡も繊維も隠す必要はない」

 そう、先生の推理には一つの物的証拠もなかったのだ。


「事件が発覚しなかったらって、岸野はぼくらを殺そうとしてるってこと?」

 橋谷さんが驚いたように声をあげる。


「生きて帰られたら困るだろう」

 ぼくは低い声で答えた。


 笑い声が聞こえる。


「ふふっ。さすがはぼくの助手だ。よくわかったね」

 先生は笑っていた。この館にきて一番。


「隠し通路ははじめに来た時にすぐわかったよ。あんなに厚さが違うのに気づかないなんてぼくの助手失格だね」


「じゃあ問題。動機は何でしょう」


「——」

 それはわからなかった。ぼくは黙る。動機なんてどうでもいい。


「わからない?まだまだだね。脅されたんだよ、奈森に。ぼくがしてきたことをバラすって」


「先生がしてきたこと?」

 先生は何をしてきたのだろう。ぼくが一緒にいたとき、ばらされて困るようなことをしていたのだろうか。


「わかってないの?全然だね」

 煽るように先生は言う。ぼくと橋谷さんは黙ったままだ。


「占部君は何で死んだんだと思う?」


「それは崖から落ちて——」

そこまで言って僕は気づいた。


「まさかっ」


「そのまさかだよ。ぼくは彼女が犯人だと言い、君たちはそれを信じた。彼女はぼくが犯人だと疑い、ぼくが『死神探偵』と呼ばれていることを思い出して、館の外に逃げた。それを何も知らない君たちが追いかけ、焦った彼女は視界が悪い中足を滑らせ谷に落ちた。これまでの中でも運任せの部分が多いものだったからね。うまくいってよかったよ」


「占部さんを崖から落としたのも先生だったのか」

 信じられない。その分声が大きくなる。


「てっきり気づいてると思ったんだけどな。じゃないと彼女の死はあまりにも不自然じゃないか。犯人と言われた人がたまたま死ぬ、なんてね」


 首をかしげながら先生は生徒に教えるように言った。


「それじゃあ、これまでもっ。これまでの犯人もそうだったっていうのか。先生が殺して罪を擦り付けて」


「殺したのはぼくじゃないよ。本人たちだ。ぼくはただその手伝いをしただけだよ」

まさかとは思ったが、本当にこれまでも殺していたなんて。


「ところで、教師って知ってるかい」


「っ」


 先生の質問に反応したのは橋谷さんだった。

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