第13話 チーズは入れねーよ!

「はわぁ、キレイなバッチ…… うっとりしちゃうよ」


 注文を待っている間、目の前のクラッサがふと小さな丸い形をしたバッチを掲げてそんなことを言い始めた。クラッサが『うっとり』とした表情で頬杖をついているけど、俺には濁った白色のバッチにしか見えねーぞ。とても綺麗とは思えねえんだが……


「それ、町役場で冒険者の登録に行った時にもらったバッチか? あの冒険者の証明書と謳ったカードと共にもらった……」

「そうよ。これは冒険者のバッチで、衣類につけただけで冒険者かどうか分かる証のひとつなの!」


 そういえば俺もあんなの貰ったな。渡された時に町役場の職員から色々説明を受けたけど、面倒で聞き流していたから何のバッチか覚えてねえや。


 お冷で喉を潤した後、俺も一度ポケットから取り出して自分のバッチを見てみることに。うーん、どう見ても濁った白の塊にしか見えねえぞ……


「なんだこれ、変なデザインだな。これが冒険者の証なのか? なんだか付けたくねーな。付けたら何か割引でもしてくれるのか?」

「へ、変ってなによ! 違うわよ、これは冒険者のランクを意味しているの!」


「冒険者のランク? あれか、よくある依頼をたくさんこなすとランクが上がるっていうやつか?」

「そう! ギルドでたくさんクエストをこなせば昇格できるというあれよ! でも私達は冒険者としてスタートしたばかりだから、一番低い『タマゴランク』よ」


「タ、タマゴ!?」


 冒険者の卵ということか? タマゴランクって、なんか響きが嫌だな…… 。


「じゃあ、この変に白く濁った丸いデザインは何かの卵をモチーフにしているってことなのか?」

「そうなの! 流石ウルギ、エスパー並の察しの良さね」


 褒められてもあんまり嬉しくねえな。正解をした俺を讃えたいのか、クラッサは音の出ない口笛で『ヒュー、ヒュー』と囃し立ててくれるけど、すげえ居心地が悪いぞ。やめてくれ。


「それでね、タマゴランクから始まって、『オタマジャクシランク』、『カエルランク』の順に昇っていくの」


 は? タマゴの次がオタマジャクシランクなのか!? ってことは、この白く濁ったデザインは所謂『カエルのタマゴ』を意味しているってことなのか!? いや、間違いなくそうだろ。


 俺達冒険者の成長がなんでカエルの一生に例えられているんだよ。確かに成長したらオタマジャクシだけどさぁ、『オタマジャクシランク』って全然強くなさそうだぞ。


「それでね、それでね! 一番上まで行くとね、東町の冒険者の誰もが憧れる最高位『トノサマガエルランク』になれるのよ! はぁ〜、憧れちゃうなあ、私もなりたい!」

「なんでカエルの次がトノサマガエルに進化するんだよ。カエルで終わりだろーが…… ってそうじゃねえよ! とんでもねえセンスしてるな東町のギルド。ここは普通『ブロンズ』とか『ゴールド』とか貴金属でランクを示すんじゃねーのかよ!?」


「そんなことない!! 絶対カエルの方がいい! これは譲れないよウルギ! そんなかったい石コロよりもカエルの方が間違いなく良い!」


 そこにプライドがあるのかよ!? よく分からねえ奴だな。


 俺自身、そこまでギルドのクエストにモチベがねえからどうでもいいけどさぁ。上を目指してもカエルってなんだかなぁって感じだぞ。


「それよりも、ウルギ。ご飯を食べたらちゃんとクエスト受けるの忘れないでよね! 約束だからね!」

「んなこと分かってるぞ。どの道あの家主からもらった五千ピョコだけじゃ苦しいからな。何らかの依頼を受けて、ある程度の金は稼がねーといけねぇのは間違いねーからな」


 命の危機が迫らない無難なやつを選ばねえとな。そこ重要だよな、俺死んだら終わりだし……


 ってか、俺なんでギルドでクエストなんてやらねえといけねえんだよ。生活に金が必要だから分かるけど、そもそも俺が来たのってそうじゃねえだろ。


 そんな思惑をいざ知らず、クラッサはウキウキな顔つきで鼻歌を奏でていた。クエストを受けることが相当楽しみなのか知らねえけど、呑気な奴だ。


「ギルドのクエストが楽しみだね〜、ウルギ。私、ずっと冒険者になりたいって思ってたの! もう、ワクワクが止まらないわ」


 お前この世界の管轄していた女神じゃねーのかよ。そんな女神が自分の世界の冒険者になりたいってどういう理屈なのか、俺には理解できねぇよ。理解できたら色々終わりだから考えるのは控えるけどよ、ツッコんで欲しいのかコイツ……?


「って、そうじゃねーだろ! ギルドでクエストをするのが俺達の本来の目的じゃねーだろ! 魔王はどこ行ったんだ魔王は!」

「はっ、そうじゃん! 魔王も倒さないと!」


 俺をわざわざ召喚した理由をもう忘れたのか? 俺は魔王を倒さないと元の世界に戻れねえんだぞ。

 

「……ギルドなんて正直どうでもいいんだよ。肝心要の魔王をなんとかしねーと、終わらねえだろ」

「どうでも良くないよ! 良くないけど……あ、そういえば、まだウルギに魔王のことを話していなかったわね。私としたことがうっかりしてたわ」


 なにが「うっかりしてた」だ。失念じゃなくてお前の通常運転がソレだろ。


 もっと文句を言ってやりたかったけど、このタイミングで料理が運ばれてきたので追及できなかった。運が良かったな、クラッサ。


「お待たせしました。チーズ牛丼大盛りと生ビール、そして油そばになります」


 俺の前に油そばが置かれた。歯ごたえのありそうな太麺の上に細かく刻まれた青ネギ、そして半分に切られたゆで卵に大きなチャーシューが乗せられたこれは、間違いなく俺の知っている油そばだ。俺の世界の油そばとなんら変わらなくて驚きだぞ。これなら、安心して腹を満たせそうだな。


「久々だな、油そばなんて」

「はぁ、待ってたよチーズ牛丼、君はなんて美しいんだ……」


 クラッサのチーズ牛丼もチーズが黄金のように輝いており普通に美味しそうだ。空きっ腹にあれは美味いだろうなあ。だけど、あのクラッサの小芝居だけが目につくな、黙って食ってくれ。


 クラッサが容赦なくチーズと牛肉を混ぜ始めたタイミングで、俺もそばにあったラー油と酢を油そばにかけていく。ラー油と酢の比率が大事なんだよな、失敗しないようにせねば……


「ウルギの油そばも美味しそう! 私のチーズ牛丼ほどじゃないけど」

「お前、混ぜすぎてチーズがすげえことになってるぞ。納豆とか、ねり飴じゃねーんだからそこまでやる必要ねーだろ」


「そんなことないわよ。沢山混ぜてこそがチーズ牛丼だもの」


 相変わらず意味不明なコメントを残したクラッサが、何かに気づいたかのような顔を浮かべ俺の油そばを覗き込んできた。


「あれ? ウルギって油そばにチーズを入れないのかしら? チーズを入れると美味しいわよ」

「知ってるぞ。トッピングにチーズを入れると麺と絡んでまろやかになるからな。あれもまた美味いんだよな。カロリー高いけど」


「じゃあ、チーズを入れましょうよ。チーズを入れると美味しいわよ」

「別に、今日はチーズの気分じゃねえからいらねえよ。普通にシンプルな油そばを楽しみたい気分だからな。ナチュラルな油そばも悪くねえだろ?」


「でもウルギ、せっかくの油そばだもの、沢山チーズを入れましょうよ。チーズを入れると美味しいわよ」

「うるせーな!! お前、どんだけ俺の油そばにチーズを入れたがるんだよ!! さっきからインコのように『チーズを入れると美味しいわよ』って連呼しやがってよ! 知ってるぞ! 知ってるけど今回はやらねーの! それより、お前は自分のチーズ牛丼があるだろーが!」


 俺の食い物なんだから好き勝手やらせてくれよ。こいつチーズ好きすぎだろ。そんなに俺の油そばにトッピングがしてえのか? 俺の油そばをまろやかにして、なにがしたいんだよ!! 


「えっ!? 油そばにチーズを入れないなんてあり得ないよウルギ! 入れようよ、絶対美味しいって!」

「んだから美味いって知ってるけど今回はやらねーの! 別にいいだろ、お前が食うワケじゃねーんだから」


「えー!? でも、やっぱりチーズを入れない油そばを見ると……なんかモヤモヤしちゃうなぁ」


 小首を傾げられても知らねえぞ。俺が悪いのか? チーズを入れない俺が悪いのか? 大人しく飯を食わせてくれ。


 クラッサは不満そうに「ふーん」と口をへの字にした後、すごい勢いでガツガツと牛丼を食べ始めた。まるで、牛丼を流し込むような食いっぷりで……食事の作法もあったもんじゃねえぞ。


「ふぉうはふるひ!」

「飯食いながらしゃべるなや。なに言ってるか全然分からねーぞ!」


 クラッサは横にあったビールを一飲みすると、再び話し始めた。


「そうだ、ウルギ。魔王の話の途中だったわね」


 今からそれを話すのかよ。食い始めたばっかりじゃねーか。

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