オーダー・ビジョン

瀬戸丸 渉

序章

序章・〜使者たち〜(一)

ー西暦二千二百年ー三月三十一日、月曜日・太平洋。



暗雲の雲が蠢く中、突如波紋の様な広がりを打ちある一つの物体が姿を現した。


《天界》である。


今や、この忌々しい名を訊いて歓喜を声を上げる人の時代は約二十年ほど前に唐突に終わりを迎えた。否、正確には私たちの手によって終止符を歴史に刻んだと語る方が良い。もし彼が、この場にいたら未だにその概念に囚われているのかと揶揄される表現をしてしまったが、そうせざるを得ない状況だったのは確かで・・・・・・と、いつの間にか、柄にもなく感傷に浸る自分に驚愕と辟易とした感情を自身に抱いていると《天界》から無数の粒が降り注ぐ。遠目から観ている為か、黒い粒々が落ちて見えるのは生理的に引く。


彼女、ベクターはコツ、コツ、コツ、とブーツの音を立てながら甲板上の中心部に先程の事を胸の内でぼやきながら姿を現す。腰元まで伸びた白銀の長髪に、面の右側に身に付けた仮面、虹彩異色の瞳、白を基調とした軍手に軍服に、ロングブーツが特徴的な彼女を更に際立たせているのはやはり虹彩異色といえる。左眼の色は黄緑色に対し、仮面を付けた右眼の色は金色という歪さと異質さを醸し、妖艶さえ感じさせる容姿も相まった美女が、鋭い眼光で見上げ、標的の天界を凝視する。



《天界》、それはかつて世界工房と人々が称賛した人工浮遊島であり、そして世界が頼らざるを得なかった影響力を有した怪物の島である。まず、《天界》が存在して成したのは一世紀弱に及ぶ世界大戦規模の戦争回避、食料自給、軍事力の調整、技術支援・提供・教育など例を挙げれば切りがない奇跡を世界中で起こした革新的で、夢の様な代物だった。しかし、当然ながらその反面で《天界》に依存してしまう国々も数多く存在した。その国々は現在進行形で大国により援助されてはいるが、この戦争の結果次第によっては跡形も残らない可能性が高い。補足するのであれば、あの島には科学者、技術者、警備員などの人達を世界中からかき集め送り込んでしまっていたので現在では人質としての扱いを受けていると思われる。

ただ、あくまで希望的観測な場合だが。

尚、《天界》に関する内部情報は余り公開されていない為、知る術は現在も模索中。あの島についての情報は人工浮遊島である事、広大な地域に出現し得体の知れない怪物共を投下する事、そして島その物を覆い隠しながら移動が可能な事が、《天界》に関する前提認識である。



「本当に、何処までも厄介な代物です事」と呟いた後に、「はぁ」っと深い溜息を吐く。


理由は自分でも大体解ってはいる。

昨夜は仲間のカトリーナからも指摘されてしまった。

世界の為と謳い、我々組織の理念に反する手段を、選択を、決断を迫れ実行した。その際の払った犠牲も甚大な被害も出してまでやり遂げた。

アジェンダをベースに創り上げたノンセクトだって更に量産した、なのにも関わらず彼が行方不明になった事に対する謎の苛立ちが知らない間に膨れ上がっていた事実に気付いたのは本当にごく最近の話、そしてつくづく思う。

そう、彼女は胸中で区切り水平線に向けて右手をかざす。向かってくる怪物共など膨大なエネルギーで消し去れば問題はない、最早単純作業と化しているのだから。

また、顔ごと温かな眼差しをある方角に若干の苛立ちも含みながら向ける。その方角の先にあるのは日本で《有事プロトコル》が唯一反映されていない地域の島である【みかど】だった。











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