第3話 そのメイド『戦慄』
廊下に誰もいないことを確かめ、廊下の壁に立てかけたモップの横にバケツを置くとミカコは、部屋の中に足を踏み入れた。起こさないように、そっとヴィアトリカに近づく。
「はやり、そう来たか」
鋭いヴィアトリカの声に、びくっとしたミカコは咄嗟に、伸ばした手を引っ込めた。
「封印しに来たのだろう。私に取り
目を覚ましたヴィアトリカがゆっくりと顔を上げ、ミカコと視線を合わす。その顔は凛としていた。
「……ご存じなのですね」
「ああ。今から十三日前……市場でお前に呼び止められた時、不思議な力の気配を感じてな。もしやと思って、ロザンナに探らせていたのだ。まさか、私と同じくらいの歳の女とは、思いもしなかったが。
私は、この時をずっと待っていた。悪魔の化身に最愛の両親を殺された、あの時から……あれから二年間。悪魔に取り憑かれたまま、私は生きてきた。が、もう正気が持ちそうにない。頼む。正気がある今のうちに、悪魔を封印してくれ」
そう、穏やかな微笑みを浮かべて、ヴィアトリカはミカコに哀願した。
「……承知しました」
ミカコは真顔で返事をすると、首にぶら下げている金の十字架を手繰り寄せ、天に
「それがお前の、本当の姿か」
「厳密に言うと、変身したのです。悪魔を封じることの出来る神仕いに。ヴィアトリカお嬢様に仕えるハウスメイドのミカコ・スギウラ。それが、本当の私です」
「そうか……」
ふっと微笑んだヴィアトリカは、
「よろしく頼む」
覚悟が入り交じる
本当に、これでいいのか?
剣を振り上げたまま、ミカコは考えを巡らす。
ヴィアトリカは二年前、悪魔の化身に両親を殺され、悪魔が取り
悪魔が取り憑いた人間がいればそのすぐ傍に、悪魔を取り憑かせた悪魔がいる。にわかに生じた迷いが、ヴィアトリカに取り憑いた悪魔を封印しようとするミカコを思い留まらせる。
このまま封印してしまえば、ヴィアトリカに取り憑いた悪魔はトランプカードの中に閉じ込められて消える。だけど……今、面前にいるヴィアトリカは悪魔に取り憑かれた人間だ。いつものように、剣を振り下ろして悪魔を封印するやり方では、ヴィアトリカの体に傷がつきかねない。
それに、ヴィアトリカに悪魔を取り憑かせた悪魔そのものを封印しなければ、根本的な解決にならない。先に、問題の悪魔を封印するか……でも、ヴィアトリカがいつまで正気を保っていられるか、分からないし。
と、その時。ヴィアトリカが突然、呻いた。
「うぅっ……くっ……ああぁぁぁ!!」
ヴィアトリカが右手で胸を押さえて苦痛に
「お嬢様!」
振り上げていた剣を下ろし、血相を変えたミカコが手を伸ばす。
「触るな!」
割れるような頭痛に襲われているのか、空いている左手で頭を押さえながら、ヴィアトリカが必死の形相で声を張り上げ、ミカコの手を払い除ける。
「ようやっと……表に出ることが出来た」
その声は確かにヴィアトリカだが、明らかに様子が違う。ヴィアトリカに取り憑く悪魔が出現した。と、衝撃的な顔でミカコは感付いた。
「神仕い……俺様は、お前ごときにやられたりはしない。封印されて堪るかァ!」
悪魔はそう叫ぶと、
「ロザンナ!」
いつも傍についている、主人に忠実な
「お呼びでしょうか、お嬢様」
女主人のヴィアトリカに呼ばれ、部屋の中に姿を見せたロザンナが恭しく返事をする。その傍らには、庭師のラグ・マクミランの姿があった。
「命令だ。今すぐ、ミカコを殺せ!」
「……っ!」
血の気が引いた。ヴィアトリカはもはや、正気を無くしていた。今すぐ変身を解いて、本当の自分の姿を曝け出したら、ヴィアトリカはまた、正気を取り戻すかもしれない。
いや、駄目だ!
恐怖で、変な気を起こした自分自身に、歯噛みしたミカコは一喝する。
そんなことをしたら、確実にやられる!私の背後にいる……ロザンナに!
ロザンナは、主人の命令とあらば必ずそれを遂行する。故に、命令を下した主人に、ロザンナは必ずこう返事をするだろう。
「仰せのままに」と。
ミカコの予想通り。まるで、氷のように冷めた笑みを浮かべて、ロザンナは静かに返事をしたのだった。
魔王討伐のため、現世に出現する悪魔を封印し、
そして、女主人のヴィアトリカに仕える身であるロザンナは、
以前、ミカコがロザンナから聞いた話では、冥界人は
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