◇間章:if(転移トラップ)
知識の井戸の第三層を探索中、金属製の扉を見つけたシヅキ達一行。どう対処するか相談をする一行を尻目にシヅキは扉を開け、ひらりと部屋に入り込む。するとその途端、部屋が眩い光で満たされた。
シヅキは咄嗟に退出しようと試みるが、扉の方に向けて伸ばした手はそこにあるはずのものを掴めず空を切った。
「うぅん……?」
シヅキはそれを怪訝に思うも、そうこうしている間にどうやら光は収まったらしい。それに、なんだか身体に違和感がある。
シヅキがゆっくりと目を開けると、そこには石造りの狭い通路。さきほどまで居たはずの部屋とは明らかに様相が異なるそれに、シヅキは混乱した。
「あ~……? ……はっ!?」
ぼんやりと周囲を眺めるが、とりあえずすぐさま何かが起きるという訳ではないらしい。であるならば先ほどから感じている身体の違和感の正体を突き止めようと、シヅキは自らの身体を見下ろし────一糸纏わぬ裸体が目に入った。
胸部や局部を覆っていたはずのイルミネ謹製の装備はどこにもなく、シヅキの貧相な身体が完全に露出している。
咄嗟に武器を探すが、腰に備え付けられているはずの短剣もない。完全に全裸だ。
「すっぽんぽん……え、えぇ~……? 肉体だけ転移するトラップってこと?」
場所の移動、そして自身に起こった異常事態。それらを鑑み、シヅキは部屋の起こした現象を推測する。
おそらくシヅキが居た元の部屋に、そのとき着用していた装備品がそのまま取り残されている……という体裁で使用が封じられているのだろう。おそらくはリスポーンするか元の場所に戻るまで封印は継続したままなはずだ。主力装備が失われたのは痛いが、そうである以上は仕方ない。
シヅキは今の装備に更新した後も所持したままだった初期装備を取り出そうと、メニューからインベントリを選択し────『現在のエリアではインベントリを使用することができません』という、無慈悲なポップアップが表示される。
「は? ……きょ、強制全裸徘徊エリア……! え、なに、同人エロゲ?」
幸い、この場にPTの他の面々は居ない。それどころかエネミーすら存在していない、完全に無人の通路だ。
いくらシヅキでも一人だけ全裸でPTと行動するのは許容し難い。シヅキだけが飛ばされたのは不幸中の幸いと言えるだろう。
「……時間経過で戻るようなタイプじゃあないよね。……先に進むしかないかぁ」
シヅキは溜息をつき、ぺたぺたと通路を歩き始める。辺りには自分以外誰も居ないように見受けられるが、一応胸や局部を手で隠しておく。
幸い、石造りだが小石の類はないようだ。通路の床面は裸足で歩いても問題はない程度に整備されている。
「……おん?」
そうして少し進むと、通路を塞ぐ大きな木製の扉が見えてきた。ここまでは一直線であり、転移地点の後ろは壁があるのみだった。
正直とても怪しいが、他に道がない以上はこの先に進むしかない。
シヅキが扉を開け放つと、見えたのは以前アリーナモードで見たような景色。そこはまるで円形闘技場のような──いや、闘技場そのものだ。シヅキは闘技場のフィールド、その一方にある扉から出てきた形になる。
先ほどまでシヅキは地下遺跡に居たはずだが、空には星一つない不気味な夜空が見えている。屋外のように見えるが、そもそも今はまだゲーム内では昼時のはずだ。一体どうなっているのだろう。
観客席を見上げると、そこには黒い靄のような人影が数名、点々と座っていた。だが、アリーナモードのそれとは違いネーム表示は存在せず、人型には例外なく角や尾の意匠が見受けられる。
「角と尾……
シヅキに
シヅキが自らの身を抱きすくめるようにしていると、闘技場の反対側──シヅキの真正面にある扉が開き、中から豚のような顔をした二足歩行の生物が四体、どやどやとフィールドに入場してきた。
「オークじゃん! えっ、これホントに犯されるやつ……? ……いや、まぁようは負けなきゃいいんだから、たぶん大丈夫かな?」
ただの罠にしては随分凝ったシチュエーションだが、つまりはあれらを身一つで打倒しろということなのだろう。シヅキは身構え、スキルを使用しようと────
「……血の剣は使用不能、刃も無理、マナシールドは防御しかできない……。えっ、もしかして素手のわたしって攻撃能力皆無では……?」
見た目こそ卑猥だが、ステゴロで格下のエネミーと殴り合い、打倒を目指すシチュエーションといえば設計思想は分からないでもない。だが、シヅキのステータスはHPに極端に偏った歪なもの。
この
「……まぁ、オークって脅威度30とかそんなもんなはずだし……いけなくは……ない…………と、思いたいけど……」
自らの強みを全て封じられたシヅキはただの少女に過ぎない。だが、それでも諦めることだけは絶対にしない。拳を握り、シヅキはこちらを囲むように展開し始めたオークの一体に殴りかかる。
「おぉっ……らぁっ!」
体格で勝るオークのパンチをダッキングで躱し、シヅキの腰の入った一撃がオークの腹部に捻じ込まれ────
べちり。シヅキの手に返ってきたのは、あまりにも軽い衝撃。
そう、重圧な脂肪を蓄えた肉体をただの少女が叩いたところで、到底有効打にはなり得ない。シヅキの鮮やかな回避に目を見張っていたオークは、自らが受けた、まるで痛痒を感じない攻撃に下衆た笑みを露わにする。
「……あっ、これ、無理…………?」
◇◇◇
「ぐっ……げほっ……」
戦闘開始から一時間。一糸纏わぬ姿のシヅキは、今や青痣や血の滲む擦傷が至る所にできている。最早無傷の部分を探した方が早いほどだ。
最初こそ用心深くシヅキを取り囲もうとしていたオーク達は、シヅキに抵抗する力がないことを知るや否や、嗜虐心も露わに複数体でシヅキを囲み甚振り始めた。
敢えて攻撃の手を抜き、少女が致命的な怪我を負わない程度に威力を抑える。
鈍重な生物の全力ですらない攻撃、本来のシヅキならば食らうことなどありえない。だが、相手は一体だけではない。五体に周囲を取り囲まれ、次々と攻撃が繰り出されるのだ。そして、偶然の一撃を食らい、動きが鈍る。それによって次の一撃を食らい、動きが鈍る。更に次、次、次。
「あぁくそっ、いったいなぁ……」
幾度となく蹴られ、殴られ。数えきれないほど地を転がされ、それでも未だシヅキの闘志は折れていない。時にはオークの目を、時には陰部を、時には関節を狙い、非力な少女の力をもって相手を害するために全力を尽くしている。
だが、いくら脅威度が低くとも、オークは肉体性能に全てを振り切った前衛型エネミーだ。脆弱な相手の急所攻撃など大した脅威にはならない。
『もういい、時間切れだ』
「あぁ……?」
ボロボロになって尚屈せずに隙を窺うシヅキと、にたにたと笑みを浮かべながらそれを眺めるオーク達。
偶然生じた膠着状態。その瞬間、闘技場に聞きなれぬ声が響く。オークの醜い鳴き声とは違いその声は明確に意味を持つ、ヒトの言語だ。
『時間切れ』。それが意味するところは────
「
その声を聞き、オーク達の様子が急変する。まるで何かに怯えるように鳴き声を上げ、直後に五体が揃って一切の遊びなくまっすぐシヅキへ詰め寄ってくる。
声に気を取られていたシヅキは、背後から殴り飛ばされ地面に倒れ込む。すぐに起き上がろうとするが、それよりも先に殺到したオーク達に取り押さえられてしまった。
そこへひらりと舞い降りる、実体のない黒い靄。シヅキは痛みを堪えながら、その影の顔があると思われる部分を睨みつけた。
「ぐぅっ……ド変態……め…………」
『ふむ……。未だ闘志を残す、か。面白い。だが、見世物としては下の下だったな。……これは退屈なものを見せた罰だ。〈
影がそう宣言した途端、シヅキを取り押さえていたオーク達はまるでなにかに取り憑かれたかのように機敏に動き出し────シヅキの右腕を、ぽきぽきと乱雑に折り曲げていく。
シヅキは雑に畳まれる自らの腕を認識し……一瞬遅れてやってくる、常軌を逸した激痛。
「ぎっ────ぁ゙っ……」
『〈
長時間戦闘による疲労と失血も合わさり、シヅキは痛みに叫ぶ間もなく気を失う。
そこへ再び響く
「い゙づっ…………? あ゙──ああ゙ぁ゙あ゙ぁ!! いだっい゙だぃ!! やめへっ、やぁっ……ぎぃい゙いぃ!!」
気付けばシヅキの眼前に居たはずの黒い靄は居なくなっており、オーク達は未だ何かに突き動かされているかのように、シヅキの右腕を丹念に折り曲げている。
全ての靄が観覧席から姿を消し、がらんとした静寂の中。ぽきぽきと、シヅキの腕の骨が他愛もなくへし折られる音が闘技場に響き渡る。
「あ゙っ……ぐ…………。……ひっ、や、やめっ────」
やがて折る骨も無くなり、オーク達の動きが柔らかくなった腕を揉み解すだけになった頃。一体のオークがシヅキの手首を持ち、もう一方の手で、骨が砕けきり、ぐにゃりとしているシヅキの指を握った。
その動作から、シヅキはこれから行われることを察する。顔は恐怖に染まり、懇願が口を衝いて出ようとして────
ぶちり。
「い゙ぃ゙ぃぃ゙い゙っ!! ぎぁっ! や゙っ! あ゙ぁ!!」
ぶち、ぶち、ぶち、ぶち。まるで葡萄の粒でももぐような、いっそ小気味良いほどの間隔でシヅキの五指が引き千切られる。
「や゙ぇ゙でええ゙ぇ゙ぇ! いぎぃ゙い゙い゙!!」
五指の次は手。手の次は前腕。一切の容赦も遠慮もなく、シヅキの右腕が淡々と解体されていく。
「はっ……はぁっ……、はひっ…………。ひぃっ……」
シヅキの右腕はばらばらに解体され、血に染まった右肩の先には今やなにも付属してはいない。
四肢一つ分、それだけでシヅキの心は折れてしまった。ぽろぽろと涙を零し、ひきつけを起こしたかのようにひくひくと痙攣している。
だが、失われたのは四肢一つだ。まだ、無傷のものは三つも残っている。
オーク達は受けた命令に従うのみ。相手の状態など、一切考慮する余地はない。先ほどとは別のオークが、淡々と動きシヅキの左腕を手に取った。
「やめてやめてやめ────がぁ゙あ゙ぁっ!!」
◇◇◇
「……ぉ゙っ…………ぐ、ぅ……」
四肢を丁寧に解体され、最早自ら動くこともできなくなったシヅキ。芋虫のような姿で地に伏せ、びくびくと僅かに顫動している。
その目は虚ろで、どこを見ているのかもわからない。おそらくは何も映してはいないのだろう。
気を失いそうなほどの激痛に苛まれ、しかし気を失う度に頭の中でばちばちと何かが弾け、強制的に意識を浮上させられる。
「え゙ぎっ…………ごぼっ……」
そんなシヅキの背中に、一体のオークが足を乗せ徐々に力を籠めていく。みしみしと背骨が軋み、内臓を圧し潰されたシヅキが反射的に吐瀉物を吐き出した。
圧力に耐えきれず、シヅキの肛門からは裏返った腸が音を立てて飛び出した。口からは血と共に内臓らしき赤い物体が顔を見せ、喉が閉塞したためか、水気の多い、声ともとれない音を立てている。
そのままじっくりと時間を掛け、オークはシヅキの腹部を完全に踏み潰した。頭と胸部を除き、全身を完膚無きまでに破壊されたシヅキは、今やびくびくと痙攣を繰り返すだけの肉塊と化している。
だが、
そうである以上、オークは命令を履行しなければならない。オークは潰れて薄くなったシヅキを掴み上げ、その腹部へ無理矢理腕を捻じ込んだ。そのまま胸骨の内側へ腕を入れ、その内にある、生物にとって最も重要な臓器を握り締める。
(…………やっ……と…………、死……ねる…………)
そして、オークはシヅキの心臓を握り潰した。
◇◇◇
シヅキがゆっくりと目を開けると、目に映ったのは────星一つない夜空。
それは先ほどまでシヅキが居たはずの場所、オークとの戦いに敗れ、陰惨な拷問を受けていたはずの闘技場だった。
「……えっ? わ、わたしは死んだはずじゃ…………」
もしかしてPTの皆が救出に来て、オークを倒した末に蘇生をしてくれたのだろうか。地面に横たわったまま、そんな希望を抱いたシヅキ。その顔を覗き込む、四つの影。
────それは、醜悪な笑みを浮かべたオークだった。
「なっ、え、なん……」
シヅキは第二層のボス報酬によって、新たなスキルを習得している。そのスキルの名は〈リィンカーネーション〉。所有者が死亡した際に自動的に発動する蘇生スキルだ。
その効果は強力無比で、HPを半分まで回復し、肉体のダメージに至ってはその
そして、回復したプレイヤーは
「ひっ、や、やだっ! 誰か助けて! やだやだっやだぁ!!」
シヅキは確かに死に、そしてリィンカーネーションの効果によって蘇った。だが、イベントによって失った装備は戻らず、インベントリは未だに封じられたままだ。
……最も、仮に装備が戻っていたとしても、心が折れた今のシヅキが戦えるかどうかは微妙なところだろう。
武器を失い、闘志すら失った少女に、苦難から逃れるすべはない。
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