逆提案

 健志たけしたちは、背広さんに「どうしても見せたいものがある」といって、彼を自分たちのデスクへ呼び出した。


 緊張した面持ちの健志と先輩。

 その評定を見た背広さんは、難しい表情をした。


 ――これは……「提案」は断られますかね。


 今どき珍しく頑固な人たちだ。いや、そうでなければ。

 その「勝手なこと」を見込んだのですから。


「その、提案のことなんですが、僕たちがお受けすることはできません」

「そうですか。残念です」


 ん……僕たち? 何か違和感を感じる。

 まるで別の誰かがしたみたいな――


「実は、アレをやったのは、彼女です」


 健志くんがモニターを塞いでいた体を避け、デスクの上の画面を指差す。


 そこはゲーム内の洞窟で、村娘の姿をしたNPCがいた。彼女は何かのコマンドを口にすると、UIを表示して剣をとりだす、そして、それを手にこちらに手を振ってみせた。


 その動きには明確な意思、自我のようなものを感じた。

 生唾を飲み込んだつもりが気管に入って、ひどく咳き込んでしまった。

 

「では、あのイベントを行ったのは、あなた達ではないと?」


「……はい。イベントの全ては、ゲームの中の……この子が勝手にしたことです」


 その言葉を援護するように、健志くんの先輩が声を上げた。


「会社がオレたちを別の案件に移しても、最低限の運営しか出来ません。ユーザーが帰ってきた手柄は、全部このNPCにあるんです」


 健志は先輩の言葉を聞きながら思った。


 ――これでクビになっても良い。

 何もしないまま、このNPCを消し……いや、死なせたくない。


 この事を明らかにすることで、自分たちを危険にさらす、会社にとって自分たちが必要じゃなくなるかも、それは当然思った。


 しかし、このままではアリアが、彼女がゲームを停止されることで死ぬ。

 それだけは……いけないと思った。

 

 なので、僕たちは「彼女の側」に立つことにした。

 先輩の発言を継いで、ぼくは背広さんに真実を伝える。


「この子はアリアといいます。このMMOで起きた、魔王ゴルモアの復活イベントの仕掛け人で、彼女が魔王を演じたその人です」


「そして、彼女はこのゲームのソースコードを理解しています」


「……なんですって? つまりそれは……」


「はい、やろうとすれば、彼女はこのゲームのイベント運営だけでなく、新要素の実装すら可能なはずです」


「そんなばかな! MMOのデータ構成は、そんな単純なものでは――」


 サーバー技術、通信技術に付いて語る背広さん。

 僕らは彼女から伝えられた「技術的な部分」を背広さんに伝える。

 疑念に満ちた背広さんは次第に興奮して、最後の方は真っ青になっていた。


「本当にそこまでの理解をゲームの中のAIが……?」


 僕たちは彼女から伝えられたことを、そのまま話しただけなのだが……すべてを聞き終えた背広さんは、10歳くらい老けて見えた。


「ですが、彼女には交換条件があるそうです」


「交換条件?」


 僕は画面の中の彼女に、天使のキャラクターを通して合図を送る。

 すると、彼女は洞窟の地面に書かれた文字を踏み始める。

 アイテムで書かれたいびつな文字が連なっていって、意味を結ぶ。

 

(この 世界 が あるかぎり わたしは 協力できます)


 それはまさに道理だった。

 彼女が、「魔王アリア」が僕たちに協力するなら、このゲームを停止するという手段はどうあっても取れない。

 そんなことをしたらすべてが台無しになってしまう。


 僕が振り返って背広さんの方をみると、彼は眉間を指でつまみ、この世の終わりみたいな顔をしていた。……だろうなぁ。


 ――なんだこれは?

 あまりに予想外すぎて、私は頭痛すら感じていた。


 NPCが、AIが自我を持ってなおかつMMOの開発まで始めるなんて……。

 いや、このゲームの権利を買い取る時、N-Lifeの開発意図については訊いていた。


 しかし、どういった方向に開発が向かうかわからない。コントロール不能。

 自立したAIによる開発は、そういった懸念があった。


 事実、似たようなことを目指したMMOはいくつかあるのだが……開発の方向付けに失敗して、爆死という結果に終わっている。


 AIは加減を知らない。必ずヘッドショットを決めてくるFPS、序盤で最強クラスのモンスターで圧倒するRPG、なにかするたびに破滅的な災害を起こす経営シミュレーション。そんなものを誰が遊ぶ?

 

 だからこそ、N-Lifeによるコード生成は、意図的に塞がれていたはず。


 しかし、NPCが学習するというN-Lifeの機能はそのままだった。

 それが長年地道に働いた結果、こうなったのか?


 彼らは自分たちの事を人間と思い込んで生活を続けて、人間の娯楽を理解した。そこでようやく、人間の評価に耐えうる娯楽を生み出せた?


 ……なるほど、有り得そうな話だ。


 わが社はこのまま運営のみを続けるか、それとも、開発もできるようにするか?

 もし、後者を望むなら、彼女の提案を全て飲むしか無い。


 彼女の言い分を飲むか、それとも飲まないか。

 可能か不可能かで言えば、可能だ。


 彼女の技術に対する理解は、人間と同じかそれ以上だし、実際に担当させることも可能だろう。こういったNPCのAIを素材として扱って、別のゲームに移すことはそう難しいことじゃない。AI自体が共通したAIモデルで動いているからだ。


 それを全て知った上で、この交渉を仕掛けたのか、そこまではわからない。

 しかし、それすら予測している気がした。


「……魔王だ。」


 私の声がゲームの中の彼女に聞こえるはずはない。

 だが……画面の向こうの村娘は、確かに笑っていた。

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