海の上の死闘


 オルソンは船に乗り、海の上をしらみ潰しに探し回っていた。そして地図を開くと、既に探索した場所にバツをつける。

 少なくない時間を海の上で過ごしているが、目的のものはまだ見つからない。

 彼はため息をつくと、チャット欄にいる仲間にぼやいた。


「なかなか見つからんなぁ……」

「海探すって言い出したのはオルソンだろ?」

「そうだけど、これだけ何もないとなー」


(――はぁ。ほんとに見つからんな)


 俺は手斧をしまうと、釣り竿を取り出して、糸を海の上に垂らした。

 黙々とレベリング作業のできる俺でも、有るか分からんものをずーっと探すと言うのは辛い。ついでに魚釣りでもしようと思ったのだ。


 しばらく海面を眺めていると、異変に気づいた。

 ――水面のれが遅い。


 それになんだか、体が重い。

 急激に周囲の時間の流れが遅くなる? きっとこれは……「読み込み」だ!!


 通常、町中で人や物がドッと増えると、キャラクターの動作が重くなる。

 俺の周りの世界、そこにある建物や、その中にあるテーブルやコップ、本棚の中身までコンピューターがあれこれ「読み込み」しているからだ。


 だが、海の上でそんな事が起きることは、通常はありえない。

 海の上に存在するのは、俺と船、そしてポリゴンの板でしか無い海だけだ。


(きっとこれは――!)


 俺のすぐ目の前に、巨大な要塞が現れた。本来は地上に存在するはずの砦、それをむりやり海に移植したのだろう。土の断面があらわになった、違和感しか無い存在が目の前にあった。


 コイツは……まちがいなくイベントで作られたシロモノだな。

 すぐに知らせなくては!



 オルソンがチャットで知らせると、瞬く間にその情報が広がって、砦はプレイヤーたちが乗る船に囲まれていた。

 しかし、砦には全く出入り口がなく、手が出せなかった。


「うーん、どうする?」

「どうするも何も、何もできんよなぁ」


 誰もが砦を前に、手をこまねいているその時だった。


「ガオォォォォ!!」


 砦の中から、咆哮と共に黒い影が天に登り、空に躍った。


(……影? いや、違う、アレは――!!)


 あれは『シャドウ・ウィルム』という魔王のしもべの一柱だ。


 見た目は黒い竜。しかしその姿は薄く、空に溶け込むようだ。

 あの竜は公式の設定によると、物理世界と精神世界の間に存在するとかで、物理と魔法に高い耐性を持っている。まさにチート野郎だ。


 公式は影竜と呼んでほしかったらしいが、プレイヤーからは陰キャとあだ名されてたっけ。


 そんな事を思っていると、影竜はその翼の動きを止め、低空を滑空するようにしてこちらに向かって来た。


 不味いぞ、これはきっと――。


 竜の口が開かれ、炎の吐息ブレスが砦の回りに停泊している船を襲う。

 まさにやりたい放題だった。


「ウワァー!」「ギャー!」「ウーン!」


 影竜のブレスに焼かれ、死亡したプレイヤーたち無数の悲鳴が上がる。


(クソ! このままだとなぶり殺しだぞ!)


 イベントとはいえ、こんな一方的な虐殺はおかしい。

 これには何か意味があるはずだ。


 ゲームの運営側は、やろうとすれば何でも出来る。プレイヤーをいじめ抜こうとすれば、運営は何でも出来るのだ。だが、それではゲームにならない。これには何かの答え、勝利条件が有るはずだ。


 考えろオルソン。まず第一に、なぜこうなっている?

 ――砦に入り口がないからだ。だからプレイヤーはこの砦の回りに、たむろするしかなかった。そして奇襲を受け、やりたい放題されている。


 つまり……「入り口」を作れば良いわけだ!


 俺は竜の攻撃に備え、体力増加のポーションを飲むと、自分の船を動かした。目的地は砦の壁だ、船を砦の壁の前に横付けする。

 そして影竜にバーバリアンのスキル『挑発』を使って攻撃を誘った。


「ウォロロロロー!」


 雄叫びが聞こえたのか、影竜は空中を蹴ると、まっすぐこっちに向かってきた。よし、かかったな!俺は強化スキルを使って、限界までヒットポイントと防御力を上げる。やつのブレスに耐え抜くためだ。


 ゴウゴウと燃え盛る漆黒の炎の玉が、影竜の口から吐き出される。

 しかし、俺は壁に背をつけたまま、一歩も動かない。


「ドゴォォォ!!!!」


 黒い爆炎が上がり、俺の船のマストがダメージを受けて消し飛んでいた。

 俺のヒットポイントゲージも8割消し飛んでいる。なんて威力だよ。


 (アチチチ!! ――さて、はどうなった?)


 見ると壁もブレスでダメージを受け、大穴が開いていた。

 これなら砦の中にはいれる!!


 (どうやら、これで正解だったみたいだな!)


「今だ!! みんな砦にのりこめ!!」「ウォォォ!!」


 砦を囲んでいたプレイヤーたちは、ブレスでできた穴に気づき、船同士をつなげて足場とすると、そこめがけて殺到する。


 ――しかし、砦の中も地獄だった。


 無数の骨がいた。「あった」ではなく、「いた」なのは、それが動いているからだ。スケルトンのメイジやナイトといった、アンデッド族モンスターが砦の内部にワラワラといて、入った先から、魔法の集中砲火が飛んでくるのだ。


 まさに地獄絵図だ。幸いにしてスケルトンメイジは下級魔法しか使えないので、範囲攻撃を重複して食らうことはないが、その分、集中攻撃が痛い。


「キャスターは範囲魔法で骨を焼け! 戦士はとにかく前に出ろ!」


 言い出しっぺの俺も前に出る。フンフン! と「ウォークライ」なんかのスキルで自己強化をすると、いつものように両手に握った斧を扇風機のように振り回す。


「ウォォォォー!!」

<ガシャバキゴチャメリボキブリィ!>


 後列のキャスターは麻痺結界で骨たちの動きを止め、炎の壁を展開して魔法の炎であぶる。オレたち戦士はそんな小器用なことは出来ないが、パワーがある。持てるスキルを総動員して、敵のど真ん中に突進し、骨共の戦列を粉砕していった。


 いくらモンスターが多くても、ビルドの完成した暇人どもが何十人も集まれば、それを押し留めることは出来ない。徐々に砦の中の骨は減っていく。


 俺たちは部屋という部屋を殲滅のために駆け回った。


 砦の屋上を目指すためだ。行き止まりにボスがいるというのはお約束だからな。

 案の定、砦の屋上には散々オレたちをいじめ抜いた、影竜の姿があった。


 (観念しやがれ、この陰キャ野郎!!)


 俺は自己強化スキルをかけ直すと、両手に愛用の斧を握りしめ、陽炎のように揺らめく漆黒の竜に向かっていった。


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