【村娘は魔王を目指す!】終末を防ぐため、サービス終了間近のMMOを盛り上げろ!

ねくろん@カクヨム

世界の終わり

「――まさか、そんなことって……!!」


 亜麻色の髪を編み込み、シンプルな麻の服に身を包んだ少女が、尖筆せんぴつを手に震えている。彼女の名はアリア。


 彼女の手元には、白蝋の板がある。これは尖った棒状の尖筆せんぴつで文字を書いた後、ならして何度も使い直すことができる、便利な筆記用の板だ。


 その蝋板には未知の言語が書かれており、訳文が下に書かれている。


 ――その内容はこうだ。


「Hic mundus in dimidio anno finietur. Coniecto non vulgaris fuit.」

「この世界は半年後に終わる。人気がなかったんだろうなぁ」


(一体、この世界に何が起きているの?!)


 彼女は、この言葉を耳にした時のことを思いだす。

 そう、あれはいつもと同じ毎日、それを繰り返していた時のことだ――

 

・ 


 アリアは窓から陽光が射す前に、夜明け前の空気に気が付いて目を覚ました。

 早朝から起き出す習慣が、彼女の身には染み付いている。


 ひとつには兄と父が夜遅くまで騒ぎ、ロクに眠れないためだが、もうひとつは彼女の日々の仕事にある。朝の炊事のために、近くの井戸から水を汲み、水瓶みずがめを満たしておくのがアリアの仕事なのだ。


 彼女の家は鍛冶職人だ。父、母、そして妹と兄の三人兄弟。

 アリアは3人兄妹の真ん中にあたる。


 もっぱらの関心事は、父の仕事の手伝いはもちろん、今年から職人としての修行を始めた兄が、修行に集中できるよう、その手伝いをすることだ。


 この手伝いは、何にでも興味を示す妹が、炉に息を吹き込んで灰を撒き散らしたり、炭の束を崩してメチャクチャにしないよう、見張ることも含まれている。


 アリアは妹という怪獣がまだ目を覚ましていないのを確認すると、毎日の習慣にしたがって、桶を手にして水を汲みに行った。


 彼女は戸板を押し開け、家の外に出る。朝の冷えた空気の中に身を晒すと、まだ体に残っていた寝床のぬくみを全て奪い取られて、一気に目が冴えた。


 我が家は石造りのガッシリとした建物で、屋根は板でいてある。村の家々は、泥を漆喰しっくいの代わりにして、適当に塗り固めた家が多い。冬の間も十分に熱を保てる家は、彼女の家だけだ。


 村の中を見ると、水を汲みに外に出た少女が他にも見える。彼女らは自分と同じような使命を、家族に託されている戦友だ。


 彼女とその戦友たちは、毎朝歩いて、近くの川まで真水を汲みに行かないといけない。そして水汲みから帰ってきたら、各々の家で早朝の食事時の喧騒が始まる。


 アリアは早朝、この一時の静寂をいつも楽しんでいた。

 一人になれる時間は、この早朝の水汲みと、寝る前のわずかな時間だけだ。


 彼女はお向かいに住む少女のアンに挨拶すると、彼女と歩調をあわせて川に向かった。


「お祖父じい様の調子はどう?」

「ずっと同じことばかり言ってるわ。魔王が何だって。ずっとそればかり」

「魔王はずっと昔に討伐されたのにねぇ」


 そんな世間話をしながら、アンと川へ向かっていると、次第に川面が見えてきた。彼女は水を汲もうと手に下げた桶を構えるが、隣りにいたアンがアリアのそでを引いて、それを止めた。


 アリアは「一体何を?」といった感じで表情に疑問の色を浮かべたが、アンは彼女を草むらに引き込むと、川むこうの木陰を指さして言った。


「しっ、見て……稀人まれびと様よ」

「本当だ、釣りをしているみたい」


 アンが指さした先には、騎士のような格好をした「稀人」が居た。


 稀人とは、度々この世界に現れては、人の手には負えない怪物を退治してくれたり、災害を治めてくれる人々のことだ。

 

 しかし稀人はアリアたちを助けるために存在するのかと思えば、そうではない。盗賊が襲うのをそのままにして通り過ぎることも、往々にしてある。


 かと思えば、季節のイベントで子どもたちにプレゼントを配るのを手伝ったり、稀人たちの行動には矛盾が多い。


 彼らは男女様々で、格好も奇異なら、その振る舞いも奇妙だ。異なる言葉を喋り、その精神性は非常に理解しがたい。 

 人々にとって稀人とは、尊敬と恐怖の入り混じった、畏怖の対象であった。


 アリアたちは以前、炎の床を作って延々とその上を歩く稀人や、剣の精霊を呼び出すと、自身の体を切り刻ませて包帯を巻き続ける稀人を見たことがある。

 なので、迂闊に稀人に近寄ることはしなかったのだが――。


「稀人さんは、一人じゃないみたいね。隣の稀人さんと何か話しているわ?

――アリア、何しているの?」


 アリアは蝋板を取り出し、それに何かを書き込んでいた。


「稀人さんの言葉、その『音』を書き留めてるの」

「え、アリアはあの人たちの言葉がわかるの? なんて言ってるの?」

「ごめん、この場で読み取れるほどは、わかってないの。時間をかけないと」

「そっか、何かわかったら教えてくれる?」

「うん」



 アリアが目の前にしている蝋板。

 そこに書かれている文字は、その時に書き留めたものだ。


「Hic mundus in dimidio anno finietur. Coniecto non vulgaris fuit.」

「この世界は半年後に終わる。人気がなかったんだろうなぁ」


 ――世界が終わる?

 でも、人気にんきってどういう事?


 私は最初、誤訳を疑ったが、何度見返しても「人気にんき」だ。


 人気にんきがないから世界が終わるなんて、どう考えてもおかしい。

 そもそも人気って、誰の人気よ。

 世界はお店じゃない。誰かの人気で支えられているわけがない。


 しかし……思い返してみれば最近、稀人の数が減っているという噂を聞く。

 彼らが少なくなることが、世界の終わりにつながる?


 彼ら稀人は、この世界の脅威を取り除く存在。それはとても有り得そうだ。

 でも、そんなのどうしたら良いの?


 彼らが消え始めたけは、一体何にあるのだろう?

 私へ部屋の中を行ったり来たりして考える。そしてあることに気づいた。


 ……あっ!


『魔王はずっと昔に討伐されたのにねぇ』


 ――魔王。


 魔王がいなくなったから、世界の人気がなくなった?


 私はサイドテーブルの引き出しを開き、そこにあった、薄い本を手に取る。この世界の神話、物語が紡がれている小冊子だ。


~~~~~

 この世界が生まれたとき、命を生み出す「始まりの言葉」がありました。


 人、獣、そして魔族。すべての命は「始まりの言葉」から生まれました。


 しかし魔族の王、「魔王ゴルモア」は、この言葉の力を我が物にしようとしました。魔王はすべての命を支配しようとしたのです。


 ですがその時、異界より「稀人」たちが現れ、魔王の野望を打ち砕きました。

 ゴルモア魔王は滅び、平和な時代が訪れました。


 そして1000年の平和が訪れたのです。

~~~~~


 混乱がなく、平和な毎日は私達にとっては幸せな毎日だ。

 しかし、稀人にとっては退屈なものなのではないだろうか?


 きっと魔王は世界にとって必要な存在だったんだ。


 なら、私が――

 私が新しい魔王となって、お父さんやお母さん、この村を……

 いや、世界を救うしかない!!


「バタバタうるさいわよ! 早く寝なさい!」


「は、はーいっ!」


 で、できるかなぁ……?

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