第2話 情報はお酒がお好き


「見えてきましたぜ、若」


「だから若は……まあいい。今日は宿に泊まれそうだな」


 帝都へ向け旅立ってしばらく。

 ここいらでは一番大きな街が見えてきた。


 献上品らを乗せた馬車に揺られての旅だ。

 本当は、鍛錬のために歩くのがいいのだが……先は長い。


 それに、体力は温存しておいた方がいい場合もある。


「ですな。まずはあれをどうにかしてからですがね」


「行ってくる」


 街道の先で、騒動だ。

 数台の馬車が止まり、周囲で人間と恐らく魔物が動き回っている。

 襲撃を受けた、というところだろう。


 馬車から飛び降り、走り出す俺の装備は簡易的なもの。

 どこにでもありそうな数打ちの鉄剣と、皮鎧。

 宝剣と本気の防具は馬車だ。


「グレイハウンドか……ならまずはっ!」


 獣と魔物の間ぐらいに位置する狼、グレイハウンド。

 成長し、経験を積むと魔物としてふさわしい強さになる。

 リーダーを中心に、連携を行うのが特徴だ。


 普段は森などにいるが、結構な頻度でこうして人里にも出てくる。

 その年に生まれた個体に経験を積ませるためにリーダーが引き連れてくるのだ。

 つまりは、リーダーを先に倒せるならそれが一番。


「風神よ……」


 足元に、母直伝の風魔法で強化を施す。

 放たれた矢のように加速するのを感じながら、群れの後方へ。

 こちらに気が付いたグレイハウンドだが、もう遅い。


 一際大きな個体の喉元を、鉄剣で貫いた。

 そのまま持ち上げ、周囲に見せつけるようにし、叫ぶ。


「リーダーは仕留めたっ!」


「助かるっ!」


 死骸を群れの残りに見せつけるように投げつけると、明らかに動揺が見て取れた。

 馬車の護衛だろう男たちも、勢いついて反撃を始めたようだった。


 その後は危なげなく戦いは終わり、男たちと一緒に目的地へと移動だ。


「ブツはいらない、金がいいって……変わってるなあんた」


「そうか? そうかもな。実家に送金したいのさ」


 もっとも、グレイハウンド程度ではあまり金にならない。

 ただ暮らすには十分だが、家のことを考えるとな。


 もっとこう……大型を仕留めたいところだが、そううまくいかないだろう。

 依頼として、稼げるものがあればいいのだが。


(未探索の遺跡なんかがあれば……いやいや、陛下はそういう話を好んだというが、さすがにな)


 葬儀に、冒険話を献上なんてのは聞いたことがない。

 話の通りのお方なら喜ぶかもしれないが、葬儀ではな……。


「泊まるなら、まっすぐ行って酒樽の看板がある宿がおススメだぜ」


「そうか、助かる。ではまた機会があればな」


 男たちと別れ、おススメされた宿へ。

 ボルクスは、外では従者扱いというのを忠実に守っている。

 普段は結構しゃべるやつなので、なんだか新鮮であった。


「若、宿の後はどういたしやしょう。傭兵の真似事でもして稼ぎやすか?」


「そこが問題だな。小銭では少々問題だ。ひとまずは泥を落として、休んでから考えるか」


 そこまで言ってから、ボルクスが若と呼ぶことにも、意味があるなと気が付く。

 騎士名でもあるアレクシアの名を、堂々と名乗りながらの旅というのは回避したいと思っている。

 そう考えると、馬車で移動する傭兵騎士とそのお供というのはアリだ。


 馬車を維持する程度の実力はあると思わせることができる……だろう、たぶん。


 そんなことを考えつつ、目立つ看板を見つけ、宿にたどり着いた。

 適当に数日の宿賃を先払いし、馬車に封印(母直伝の防犯魔法だ)を施す。


「これでよしと。今日は飲むか」


「へへっ、若も好きですねえ」


「そりゃあな。宿に泊まるときぐらいはな」


 さすがに馬車で移動中は飲めないが、こういう状況ならば別だ。

 目立つ看板通り、宿の隣は酒場となっていた。


 宿側からの入り口と、表通りの入り口と二つあるのが特徴といえば特徴だろう。


 騒ぐ者、商売でもしているのかテーブルを囲む者、様々だ。


(さて、何を……んん?)


 思わず視線が向いたのも、我ながら無理はない。

 角席に、老人と若い娘がいた。

 赤ら顔の老人と、それに付き合うようにしている少女。


 近所の人間、というわけではなさそうだ。

 服装からして、旅をしているのだろう。

 少女は目深にフードをかぶっているが、ちらりと見えた顔は整っている。


「若、香草入りのエールが良さそうですぜ……若?」


「ん、いや。では適当につまみとそれをいただくとしよう」


 慌てて座る席を探したが、偶然にも老人と少女の真横が空いていた。

 注文をしてそこに座り、酒が来るのを待つことにする。


 エールが楽しみなのだろうボルクスを見つつ、そばの2人を気にする俺。

 親はどうした親は、ということである。


 それに……。


(なんだろうな。爺さんのほうに親父たちのような気配を感じるような……)


 俺の戦士としてのカンが、何かをささやいている。

 と、そんなときに女性の声。


「ちょっと、これはあっちのお客さんのだって」


「いいじゃねえかよ……ヒック。今すぐ飲みたいんだ」


 すぐそばで、酔っ払いが給仕の女性に絡んでいた。

 よりによって、俺たちの分だ。


 席を立とうとするボルクスを手で制し、立ち上がる。


「おい、そいつは俺のだ。手を放しな」


「チッ、うるせぇっ!」


 赤ら顔の男が繰り出す拳を、なんなくつかむ。

 そのままひねるようにしてやれば、すぐ悲鳴を上げ始めた。


「イテテテテ。わ、悪かったよ」


「飲みすぎはやめておけ。妖精が足をつかむぞ」


 そう言って手を放し、給仕からエールを受け取る。

 なぜか頷いているボルクスの分を渡して座ったところで、視線を感じた。


「……何か用か?」


「いんや、なかなかやるのうと思ってな」


 誰であろう、気にしていた爺さんだった。

 隣の少女……孫だろう娘もこちらを見ていた。

 正面から見ると、やはり整った顔であることがわかる。


(どこかで見たような……)


 記憶に何か引っかかるが、見覚えはない。

 見えた限りでは見事な金髪で、その瞳も綺麗な緑だから忘れようがないのだが。

 爺さんのほうも、よく見ると同じ組み合わせだ。


「あのぐらいは余裕だ。それより、あんたらは旅行か? 俺は帝都へと向かう旅なんだが」


「ほほう、帝都へ。ワシらは特に目的はない。気の向くままというやつよ」


 爺さん1人ならともかく、年若い娘を連れて?

 一応は今後領主となる立場からすると、問い詰めたくなるが思いとどまる。


「なるほどな。何か噂は聞かないか? 稼げそうな噂だといいが」


「お前さんは傭兵騎士というやつかの? そうじゃのう……この街のそばに、未探索の遺跡があると言ったらどうする?」


 ささやくような言葉に、俺とボルクスは動きを止めるのだった。


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