ホームレスのおじさんと小学生の女の子

桜森よなが

第1話 きょーかい

 よくわからないけど、私のお父さんとお母さんはしゅーきょーというものが、どうやら大好きなようです。

 私はしゅーきょーなんて別に好きじゃないのに、日曜日の朝になると私を無理矢理きょーかいというところへ連れていきます。

 せっかくの日曜日なんだから私はもっと寝ていたくて、布団をかぶっていると、お父さんとお母さんはすごく怒って、布団をはがしてきます。


 だから私は日曜日のお父さんとお母さんのことが嫌いでした。

 あ、でも、それ以外の日のお父さんとお母さんは優しくて好きです。


 学校の友達にそのことについて話すと、変なの、て言われました。

 学校の友達の中に、きょーかいへ行ったことのある子はいませんでした。

 私の家、変らしいです。

 でも、きょーかいに行くと、お父さんとお母さんみたいな人がたくさんいるので、本当は変じゃないのかもしれません。

 変なのは、学校のみんなの方だったりして。


 朝ご飯を食べながら、テレビを見ます。

 私はアニメを見たいのに、お父さんとお母さんはニュースしか見せてくれません。

 昨日、アメリカで銃乱射事件が起きたらしいです。

 十人以上人が死んだんだって。

 そのニュースを女の人が無表情でたんたんと読み上げていました。


「しょっちゅうこういう事件、起きてるよな、あの国」

「そうね、野蛮だわ、早く銃を規制すればいいのに」


 お父さんとお母さんはそんな会話を無表情でして、パンやサラダをむしゃむしゃと食べています。

 こういう話って、そういう顔で話して、そういう顔で聞くものなんだ。

 私の大好きなイチゴのジャムを塗ったパンが、なんだかあんまりおいしくないです。

 これを食べ終えたらきょーかいへ行かないといけないと思うと、嫌な気分になりました。


 ご飯を食べ終えて、家を出ました。

 きょーかいへ行くのはめんどくさくて嫌いです。

 今は冬なのでとても寒くて、もっと寝ていたいです。


 途中で、全然動かない猫に出会いました。

「まぁ、猫が死んでいるわ、かわいそうに」

 とお母さんが少し悲しそうな顔になりました。

 お父さんは相変わらず無表情です。

 あの猫、死んでいたんだ。

 そのまま、私たちは猫を通り過ぎてしまいます。

 お母さんが明るい表情で言います。


「ねぇ、わたし、実は猫が好きなの。マリアがもう少し大きくなったら、飼わない?」

「俺、猫嫌いなんだよ」

「まぁ、そうだったの? ならしょうがないわね」

「ねぇ、お父さん、お母さん、あの猫、そのままにしておいていいの?」

「今は教会へ行かないといけないから」

「そうね、そんな時間、今はないわ。まぁ誰かがどこかに連絡してくれるでしょ」

 お父さんとお母さんは私の手を引いて、少し早足で歩きました。


 きょーかいへ着きました。

 日曜のきょーかいには人がたくさんいます。

 人が多いところは、私、嫌いです。

 それに、なんだかみんなすごい真面目で、私だけ違くて、とても居心地が悪いのです。

 あと、変な歌を歌わされるのですが、この時間がすごくつまらなくて、よく私はこっそり、きょーかいの外に出て、近くの公園で遊んでいました。


 私はブランコでブラブラしていました。私はいつもこのブランコで遊んでいます。

 そのこ公園には、いつも変なおじさんがいます。

 ベンチでいつもおおきないびきをたてて眠っています。

 でも、今日は珍しく起きていました。

 そのおじさんと、目が合いました。

 「こんにちわ」

 なんとなくそうあいさつすると、おじさんも「こんにちわ」と言ってくれました。


「おじさん、いつもこの公園にいるね」

「ホームレスなんだ」

「ほーむれす?」

「家がない人のことをホームレスというんだ」

「家がないの? じゃあずっとこの公園にいるの?」

「うん、ずっと公園にいるんだ」

「たいへんそう」

「たいへんだよ」

「ひまなんじゃない?」

「とてもひまだね」

「仕事はしてないの?」

「してない」

「なんでしてないの? 私のお父さんと友達のお父さんはみんなしてるよ?」

「あはは、傷つくなぁ、仕事をしてない人もたまにいるんだよ」

「そっか、じゃあ、おじさんはレアキャラなんだね!」

「レアキャラかー、そう言われるとそんな悪くないように感じるなぁ」

「悪くないよ、レアキャラだもん」

「そっかー、おじさんうれしいなぁ、こんなに人としゃべったの、久しぶりだなぁ」

「よかったら、話し相手になってあげよっか、日曜日だけだけど」

「お嬢ちゃんさえよかったらそうしてくれると、うれしいなぁ」

「うん、いいよ、いっぱい話そう」


 そう言うと、おじさんはぽろぽろと涙を流しました。


「どうしたの、おじさん? 悲しいの?」

「ううん、違うんだ、うれしいんだよ、すごく」

「うれしくても泣くの?」

「うん、そうなんだ」


 おじさんはなかなか泣きやみません。

 そうこうしてるうちに、そろそろ戻らないといけない時間になってしまいました。


「私、もう戻らなくちゃ」

「そっか、じゃあね」

 おじさんはようやく泣き止んで、腕で目をぬぐうと、手を振ってきました。

 私も手を振りました。



 次の週の日曜日がきました。

 今日もきょーかいへ行かないといけません。

 行きたくないなぁ、と思いながらご飯を食べていると、テレビの中の女の人が、すまとらとう?というところで、すごい地震が起きたという話を無表情でたんたんと話していました。

 20万人以上人が死んで、ふしょうしゃ?もたくさんいるんだって。


「たいへんそうね」

「日本で起きなくてよかったな」

「そうね」

 とお父さんとお母さんはバターを塗ったパンをむしゃむしゃと食べています。

「でも、もうすぐこのあたりで、大きな地震が来るって言われてるじゃない? 怖いわ」

「ああ、今後30年以内にすごい地震が来るみたいな話を、学者かなんかがしていたっけ? まぁ、いつも予想を外しているし、どうせまた外れるだろ」

「そうね」

 お父さんとお母さんのお皿は、いつのまにかきれいになっていました。

「マリア、早く食べなさい、のろのろと食べていると、ミサの時間に遅れちゃうわ」

 私はお母さんに急かされて、ごはんを食べました。そのせいか、全然おいしくなかったです。


 今日もきょーかいへ行きましたが、ミサがあまりにつまらなかったので、私はまたきょーかいから逃げだしちゃいました。

 公園に行くと、せっかく話し相手になってあげようと思っていたのに、おじさんはベンチでいびきを立てて寝ていました。

 しかたないので、ひとりでブランコでブラブラしていると、公園に、サングラスとマスクとニット帽で顔が隠れているおじさんが入ってきました。

 そのおじさんは私の方まで来ます。

 私が乗っているブランコの鎖をそのおじさんはつかむと、話しかけてきました。


「お嬢ちゃん、お菓子好き?」

「うん、好き」

「それじゃあ今から一緒にコンビニへ行かないかい? 好きなだけお菓子買ってあげるよ」

「いいの、やったぁ」


 と私がブランコを降りると、顔が隠れたおじさんの後ろに、ホームレスのおじさんが立っていました。

 いつの間に起きたんだろう?


「どこに連れていくつもりだ、その子を」

「なんだおまえ、くっせぇな、どっか行けよ」

「おまえの方こそどっか行けよ、これでもくらえ!」

 とホームレスのおじさんは脱いだくつを顔が隠れたおじさんの顔へ持っていきました。

「くっさ! なんなんだおまえ、くそ!」

 顔が隠れたおじさんは鼻をつまんで、どっか行きました。

 お菓子……食べたかったのに。


「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

「大丈夫じゃない」

「え、まさか、さっきの変なやつになんかされたのかい!?」

「ううん、違うの、あの顔が隠れたおじさんには何もされてない、ホームレスのおじさんの足とくつが臭いから、大丈夫じゃないの」

「あ、ごめん……」

 おじさんはくつを履きました。少しだけ臭いがましになりました。


「お嬢ちゃん、ああいう変なおじさんと話しちゃだめだよ」

「じゃあ、ホームレスのおじさんとも話しちゃだめなの?」

「あ、それは……」


 とおじさんはなんだか困った顔になったとき、公園の入り口に私のお父さんとお母さんがいるのが見えました。

 やばい、きょーかいから逃げたのばれちゃった。

 お父さんとお母さんが近づいてきます。


「探したぞ、マリア!」

「まったくこの子は、またミサの途中で抜け出して!」

「ごめんなさい……」

 頭を下げる私を見て、お父さんはためいきをついた後、おじさんの方をにらみました。


「あなた、なんですか?」

「あ、俺は……」

 あたふたとしているおじさんを、お母さんが鋭い目で見ました。

「娘に近づかないでもらいますか?」

「はい……ごめんなさい、二度と近づきません」

 おじさんはしょぼんとした顔になりました。

 私はお母さんの腕をつかみます。


「おかあさん、なんでそんなことを言うの、おじさんは悪い人じゃないよ」

「ううん、あれは悪い人よ、だめよ、あんな人に近づいたら」

「お母さん、違うの、おじさんは」

「マリア、お母さんの言うことを聞きなさい」

「……はい」


 お父さんとお母さんに連れられて、私は公園を出ました。

 後ろを見ると、おじさんが寂しそうに笑っていました。

 私は手を振ったけど、おじさんは振ってくれなかった。

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