第136話 姉と食材ダンジョンへ行ってみる

「ねえ鴇矢、用事がないなら明日の昼前、ちょっと食材ダンジョンに付き合ってよ」

「え?」


 土曜日の夕飯時に姉から唐突にそう言われて、俺は驚いた。これまで一緒にダンジョンに行った事なんか一度もなかったのに、一体何事? と思ったのだ。

 詳しく事情を聞いてみると、姉の友達であり、同じパーティメンバーでもある同級生の女子の誕生日プレゼントに、ダンジョン固有食材の木の実を入れたクッキーを作りたいとの事だ。

 初級の食材ダンジョンでは、初心者ダンジョンの5層相当の強さのモンスターしか出ないので、姉一人でも大丈夫だと思うが、一応ついてきて欲しいらしい。

「鴇矢は人形がいるから、モンスターが沢山出てきても対応できるでしょ」

 どうも、普段パーティを組んでの活動しかしておらず、ポジション的にも魔法使いで後衛である姉にとって、ソロでダンジョンに潜るのは躊躇われるものらしい。俺も人形達が誰もいない状態でダンジョンに潜るのは心許ないし、気持ちはわからないでもない。

「兄さんは受験勉強で無理だし」

「まあな、今は追い込み時期だからな」

 有名大学を受験する為に猛勉強の日々を送っており、自身のダンジョン攻略ももう随分と長い事中断している状態の兄に対して、流石にそのお願いはできないだろう。

「わかった、俺が一緒に行くよ」

 別に無理なお願いでもないので、俺は頷いて同行を承諾した。


 食材ダンジョンの一種である「木の実ダンジョン」の50層過ぎに最近追加されたというその木の実は、ダンジョン固有種で、独特の香りと歯ざわりがするのだという。この前追加されたばかりのそれを貰って食べて、とても気に入ったと友人本人が言っていたそうだ。

「でも50層過ぎって、一日で辿り着けないんじゃない?」

 俺が不安に思ってそうコメントすると、兄が食事を食べながら答えをくれた。

「食材ダンジョンは、階段を降りてすぐの場所に次の層へ降りる階段がある仕組みだから、降りるだけなら100層でも、そんなに時間はかからないぞ。層ごとの階段もそんな長くないし」

「食材ダンジョンってそんなふうになってるんだ」

 層を重ねてもモンスターの強さがずっと一定で変わらない仕様といい、本当に、他のダンジョンとは違う部分が多いんだな。




 そんな訳で翌日、日曜日の朝。

(食材ダンジョンに行くのも初めてだけど、パーティを組むのも初めてだな)

 ふと、そんな事実に気づいた。


「パーティってどうやって組むの?」

 ずっとソロでやってきたから、未だにそんな基本的な事も知らないでシーカーやってきたんだな。逆にそこまで徹底してソロをやってきた自分に驚く。

 約束した時間に俺の部屋にやってきた姉に質問してみる。パーティを組むのも初めてなら、今後も組む予定もなかったので、具体的な方法を調べていなかったのだ。

「ゲートにパーティ作成の機能がついてるのよ」

 そう言われればそうだった、かもしれない。普段から利用しているゲートでも、自分が使わない機能まで弄り倒して試してみたしりはしないからなあ。

「同じゲートの前に集まれない場合はどうやって……、あ、ダンジョン街で待ち合わせ?」

「そうよ。一度同じダンジョン街のゲート付近に待ち合わせして集合してからパーティ登録をすれば、通常ダンジョンでも同じダンジョンに入れるって訳」

 今回は俺の部屋のゲート前に集まって姉とパーティ登録したけど、友達とかとパーティを組む際、わざわざ誰かの部屋に集合しなくてもいいのは便利だな。遠方に住む相手でも外国に住む相手でも、待ち合わせのゲートさえ決めておけば、パーティを組むのに支障がない訳だ。この仕組みなら、引っ越しで家の距離が離れても、進学して別の学校に行っても、パーティを続けやすいのかも。

 でもまあ、学校や仕事が違うとなると、空き時間を合わせるの自体が大変になってくるのかな。



 ゲートでパーティを組んで武器を装備する。人形達もそれぞれの武器に不具合がないか再確認したりしている。

 と、そこで姉がクロスボウを装備しているのに気づいた。

「あれ? 姉さんもクロスボウを使ってたんだ」

 しかも俺と同じ腕に装着するタイプだ。姉は前に魔法専門で武器は杖だって言ってたような気がしたけど、武器を交換したんだな。

「そ、そうなのよ! やっぱり、魔法以外にも攻撃手段がないと厳しいって、パーティメンバーに言われてねっ! べ、別に鴇矢の真似とかじゃないから!」

「あ、うん」

 ちょっと顔を赤くしてかなり焦った様子で言われたので、深くは追及しないでおく。


 前世の記憶が戻った辺りでは、姉は俺に対して少し距離を取って無関心でいるように感じていたけど、もしかしてあれって、キツイ事を言ってしまう姉に対して、俺を傷つけないように距離を取れって父か母から言われて、あえてそうしていたのかもしれない。

 思えば小学校の頃は、姉はもっとキツイ事をぽんぽん言ってたし、俺に対する態度も刺々しかった。

 家族旅行が俺の鈍臭さのせいで台無しになって楽しめなくなってしまう事も多かったので、俺に対する苛立ちや怒りがあったんだと思う。

 家族旅行を取りやめてから姉が俺に突っかかってくる事も減って、姉の態度も徐々にマシになっていった。多分、姉も自分の言動を意識して直してくれたんだろう。



「じゃあ行こうか。人形達のうち、青藍と紅に先行してもらうね。残りは後続で」

「わかったわ」

 姉と人形達が頷く。そして準備ができたので、俺が言った順番にゲートを潜っていく。

 食材ダンジョンにはこれまで潜った事がないから、1層からのスタートだ。そして1層から50層過ぎの目的の層まで、ひたすら駆け足で階段を下る作業となる。

 食材ダンジョンはすべて通常ダンジョン仕様なので、中で他の人とぶつかる心配もない。そして兄が言っていた通り、階段を降りてすぐのところにわかりやすく次の層へ降りる入口があるので、移動そのものはスムーズにいった。

(これも、一度降りておきさえすれば、次からは目的の層に直通で行けるようになるんだから、ダンジョンは本当に便利にできてるよな)



 ちなみに別名で「ダンジョンの慈悲」とも呼ばれる食材ダンジョンには、木の実ダンジョンの他にも、野菜ダンジョン、果物ダンジョン、穀物ダンジョン、山菜ダンジョンと、種類はいくつもあるのだが、何故か肉類や魚介類を提供する食材ダンジョンはない。それらは初心者ダンジョンや魔物素材ダンジョンなどで豊富にドロップするので、そちらで賄えという事なのだろう。

(下級魔物素材ダンジョンでも、木の実や油各種や調味料がドロップするらしいけど、下級からの食材にはバフとかの特殊効果が付くから、これも扱いが別になるんだよな)

 下級からは怪我や病気が治る食材や、食べて数時間は氣力回復や体力回復、魔力回復などの効果がある支援効果の付く食材までドロップするようになるので、一般に流通する食材とは一緒くたにできなくなるのだ。特殊効果があるのもそうだが、値段もその分だけ高くなるしな。

 ただ、ここ以外にも級ごとに食材ダンジョンは存在しており、その級の「易」を攻略できる程度の強さがあれば、様々な食材を集められる仕組みになっている。なので世の中には食材専門シーカーも存在するのだ。

 世間に広く流通させるには専門職が定期的に狩りに行く方が効率がいいし、初級以外は食材専門シーカーであっても安定的に稼げるくらい儲けられるそうだ。


(てか、下級の食材ダンジョンのモンスターの強さが「易」攻略後……大体「普」程度って事は、俺じゃまだまだ行けない強さだもんな。少なくとも今の俺よりも収入が高くなるんだから、食材専門でも充分に稼げるよな)

 初心者ダンジョン10層を攻略中の今の俺の稼ぎでも、一人で暮らしていく分には問題ない程度の稼ぎはあるのだ。下級の「普」の稼ぎなら、そりゃあ家族で暮らせるだけの利益だって余裕で得られるだろう。

 だからこそ、更に強い敵が出る先へ進むのを止めて、ルーティンワークとして同じダンジョンに通うだけで、「攻略」しなくなる人も多いという。

 ダンジョン攻略そのものや、強くなる事を楽しんでいる人は先に進むけど、稼ぎだけを考えるなら、その先に進む必要性がなくなってしまうのだ。俺なんかは「途中で止まってしまうなんて勿体ない」って思うけど、どんな選択を選ぶも結局はその人次第だ。

 姉だって、「高校卒業までには初心者ダンジョンくらいは完全攻略したいわね」と前に言っていたが、専業シーカーになるつもりは毛頭ないようだし。



「この層でいいんだよね?」

「そのはずよ」

 目的の層について辺りを見渡す。耕して真新しい状態になった細かい土が盛られて畝になって続いている、実に長閑な畑の風景だ。

 ……ドロップするのが木の実なのに、景色は畑である。しかも周りには木も生えていない。

 実は、食材ダンジョンはすべての種類、すべての層でこの風景が続くらしい。


「……手抜き?」

「まあ、ここで背景に無駄に凝ったところで喜ぶ人はいなさそうだし、別にいいんじゃないの?」

 姉は腕に装着したクロスボウに矢を充填しながらそう言って肩を竦める。

 人形に周囲を囲まれて護衛された状態で、黒檀だけを斥候に向かわせる。階段のある辺りから少し離れた位置にモンスターがいるのが、視界共有で俺にも確認できた。


「……手抜き……」

 モンスターまでみんな同じ姿なのを見て、ついついそんな感想が漏れる。

(いや、同じ層に同じ種類のモンスターしかいないのは、別に珍しくないんだけどさ。……林檎に手足を生やしたような、明らかにデザインを放棄しましたって感じの適当な見た目のモンスターが、「果物ダンジョン」じゃなくって「木の実ダンジョン」にいるのって、もう「手抜き」としか言いよいがないよな……)

 つまり、食材ダンジョンは景色だけでなくモンスターまでもが、どの種類のダンジョンであっても、どの層であっても同じなのである。

 作成サイドの手抜きを明確に感じさせられて、攻略サイドとしては非常に複雑な思いが駆け抜けていく。だが、いつまでもここで愁嘆に暮れていても仕方ない。

「あっちにモンスターがいたって」

「そ、じゃあ行きましょ」



「……なるほど、手抜きね」

「手抜きだよね」

 姉を顔を見合わせて意見の一致を見てから、林檎に黒くて細い紐のような手足がついているだけの見た目のモンスターを、おもむろに倒す。

 食材ダンジョンではこのふざけた見た目のモンスター一種類しか出てこないのだ。「穀物ダンジョン」でも「野菜ダンジョン」でも「山菜ダンジョン」でも。

 手抜きと言いたくなる気持ちがわかってもらえると思う。

 その強さも、初心者ダンジョンの5層のブタを倒せるだけの実力があれば、充分対応できる程度。別に群れている訳でもないので、多分姉がソロでやってきていても、普通に倒せたと思う。


 食材ダンジョンのモンスターはどの種類のどの層でも一定の強さで難易度が変わらない分、コアクリスタルとその層で落ちる特定の食材以外は一切ドロップアイテムが落ちないという特徴がある。なのでポーションやスクロールのような高額アイテムは手に入らない。

 ひたすら、弱い林檎モンスターを倒してはドロップアイテムを集める作業を繰り返す。これも人形達のおかげで大分時間短縮できた。


「これ、生でも食べれるの?」

 品質を保持する謎ラップに包まれた木の実を拾い上げながら、ふとそんな疑問を抱く。茶色い外皮のついた丸い木の実は、見た目だけなら地球でも見かける木の実とそう変わらないように思える。

「さあ、どうかしら? でも木の実って基本はローストした方が美味しいんじゃないの?」

「それもそうか」

 生で食べて美味しいかどうかわからないのでその場で味見してみる気も起こらず、淡々とドロップ集めに終始した。そしてクッキーに入れるだけならばそんなに大量には必要ない為、戦闘時間もわりと短くて、30分程度で無事に必要数を揃えられた。

 俺が拾った分の木の実は、一部を話題の種として友達へ渡す事にして、残りは姉に渡す。

「あらありがと。食材ダンジョンに付き合ってくれた分と、この木の実の報酬分、鴇矢には多めにクッキーを作ってあげるわ!」

「うん、ありがとう。期待してるよ」

 自信満々の笑顔で宣う姉に苦笑気味に笑い返す。

 どうやら、友達の誕生日プレゼントの他に、家族分のクッキーも作るようである。母に作り方を教わると言っているから、多分普通に美味しいものが出来上がると思うけど、クッキーなんて作り慣れてないだろうに、根拠もなくすごい自信に満ち溢れている様が、却って微笑ましく感じられた。




 その日の夕方、素材確保に付き合った俺とクッキーの作り方を教えた母には、その分だけ多くのクッキーを姉から贈られた。父や兄も勿論、量は俺や母よりも少ないものの、姉からクッキーを進呈されていた。

 家族みんなで食べたクッキーも、それに入れられたダンジョン固有の木の実も、とても美味しかった。作り慣れていないとは思えない程の出来栄えだ。母のアシストがよっぽど有能だったのか、それとも意外と、姉は料理の才能でもあるのか。

 それはともかくとして、食材ダンジョンの諸々の手抜き具合が、どうにも消化不良のように頭に残った、とある休日の一幕だった。

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