第14話 陽キャの勧誘と陰キャの相談

 入学から数日経ったある日の事。



「ダンジョンで強くなりたいよなー!」

 明るく弾んだ大きな声が、放課後の教室に響く。どうやら友人との雑談で盛り上がって、自然と声が大きくなっているようだ。


「なら、ここにいるみんなでパーティ組んでみようぜ」

「いいね、なんなら今週末にでもいっちゃう?」

 声を上げた男子の周囲に集まっていた面々が、楽し気に提案する声が聞こえる。どうやら新しい中学生活において、もうそれなりに友達を作って、グループを形成しつつあるらしい。


「お、賛成!」

「4人か、ちょっと少なくないか?」

「4人でも4層くらいいけるだろ」

 彼らは当然のように1~3層を外して、4層以降をターゲットにしているようだ。

 ……そうだよな。兄も確か、ダンジョンに潜ってすぐ、5層まで降りたとか言ってた気がするし、普通に運動できる者同士でパーティを組めば、1~3層なんて簡単に突破できるのが常識なんだよな。

 自分との違いに思うところはあれど、まあ俺が鈍くさいのは、今に始まった事じゃない。俺は俺なりのペースでやるしかないのだ。



「おーい、他にも誰かダンジョン一緒に行くヤツいないかー!」

 なんとなく眺めていたら、声を上げてクラス内をきょろきょろ見回した男子と、ばっちり目が合ってしまった。そしてそれを逸らす間もなく、相手が明るい笑顔のまま、こちらに素早く寄ってくる。


(っ!! ええっ!? まさか俺!? こっち来るの!?)

 俺はいきなりの出来事に固まった。


「なあ、おまえなんてったっけ? あ、俺は仁良坂(にらさか)な! ダンジョン興味ないか?」

「え、あ、俺は鳴神……」

 慌てて硬直を解いて、なんとか名乗り返す。

 入学してまだ数日しか経っておらず、クラスメイトの名前もろくに覚えていない。

 こんな早い時期に、人数合わせとはいえ気安く誘われるなんて思ってなくて、どうしてもきょどってしまう。


 まあ、答えは決まってるんだけど。

 人見知りの俺が、知らない相手といきなりパーティなんて、組める訳がないのだ。

 元より、ソロの方が気楽なぼっち気質だし。


「その、俺は、一応ダンジョンに潜ってはいるけど、2層のネズミで苦戦するくらい弱いから、みんなの足手まといになるだけだし。えっとそれに、すごいぼんやりな性格をしてるから、マイペースにやってるんだ。だから、一緒に行くのはやめておくよ。……誘ってくれてありがとう、仁良坂くん」

 何とか、当たり障りのなさそうな回答をする。これだけですっごい緊張した。


「ネズミに苦戦する」という内容自体、嘘ではないけど我ながら見栄が入ってるよな。まだ1層でスライム主体に狩ってますとは、流石に言い辛かったのだ。

 それだって「ネズミ相手に苦戦なんて嘘だろ」と馬鹿にされるんじゃないか、実は心配だった。でも仁良坂くんは幸い、そんな嫌味を言うようなタイプではなかったようだ。

「そっか、まあ嫌なら無理にとは言わないけどさ。気が変わったらまた声かけろよー」

 そうあっさりと納得して俺のところから元の集団の中へと戻り、「これ以上は人が集まらないみたいだし、4人で4層いくか」

 と、他のメンバーとの会話に戻った。

 週末のダンジョンアタックの詳しい内容を決めるのに、これからファミレスでも行くかーと話し合いながら、仁良坂くんを含めた陽キャ4人は、揃って教室を出て行った。


(び、びっくりした……)

 だがそこで終わらず、また新たな相手に話しかけられた。



「鳴神くん、ダンジョンに行くようになったんだ」

 俺が仁良坂くんに答えていたのを聞いていたのだろう。今度は顔見知りである雪之崎(ゆきのさき)くんに話しかけられた。

 彼はついこの間まで通っていた小学校が同じで、クラスも過去に2回同じだった事がある。

 ただ、引っ込み思案の彼と人見知りの俺とでは、友達と言えるほど親しくはなくって、ただ少し話せる程度の間柄だ。

 雪之崎くんは分厚い眼鏡と長めの前髪で顔の半分を隠した、おとなしそうな外見をしている。



「確か小学校の頃は、鳴神くんはまだ、ダンジョンには行ってなかったよね?」

 どこか硬い声で、確かめるように尋ねられる。

「春休み中から行きはじめたばかりだよ。前は自分の運動神経じゃ無理って諦めてたんだけど、気が変わってさ。……進むのがゆっくりでも、やってみようって思って」

 前世の記憶が戻ったから心変わりしたとは言えないので、前から興味はあったんだけど、ようやく決心がついて……、といったニュアンスで説明する。

「そうだったんだ。そういえば鳴神くん、体育のマラソンでも、小学校の時よりしっかりと走ってたかも」

「え、そうかな? 自分じゃあんまり変わった気がしてなかったけど、少しはレベル上げた影響が出てるのかな……」

 俺と雪之崎くんは、教室に残ってるクラスメイトの注目を集めないよう、小声でぼそぼそと会話する。二人とも周りの注目を集めるのが苦手なのだ。


「……羨ましいな、僕もダンジョンに行ってみたい」

 彼の口から、ぽつりと言葉が零れ落ちた。

「あ、ごめん。急にこんな事言って。……実は僕、前からダンジョンに興味があったんだ。でも、僕の両親はダンジョン反対派でさ。あんな得体の知れない場所に行くなんてダメだって。だから、一度も入った事がなくって」

 雪之崎くんの家庭の話なんて初めて聞いた。親がダンジョン反対派なのか。

「確かに言われてみれば、ダンジョンは仕組みもわからないし、誰がどんな目的で作ったのかもわからないし、怪しいのは怪しいよね。世界中でたくさん利用されてるから、あまり気にしてなかったけど」

 得体が知れないというのは間違っていない。目先の欲望が先だって、都合の悪い部分から目を逸らしていると言われれば、返す言葉もない。

 俺だって、ダンジョンが怪しいとわかっていて、自分の欲望を優先させている。

「中学生になって、ダンジョンに行くのが当たり前って空気になってきてるよね。……僕も強くなれるなら、なりたいんだけど……」

 前髪と眼鏡で隠れて表情は殆どわからないけど、その口調は悔しそうだ。

「そっか……。興味があるのに、家族に反対されて行けないなんて、辛いね……」

 もし俺が家族から反対されたらと仮定すれば、雪之崎くんの境遇には同情心が募る。

 かといって有効的な打開策も思い浮かばず、ありきたりな慰めの言葉をかけるしかできない。


「ごめん、急にこんな話をして」

 我に返ったのか、雪之崎くんが申し訳なさそうに謝ってくる。

 これまで特に親しくなかった俺相手に、自分の事情をあれこれと話したのが気まずくなったのかな。

 俺は首を振って、「気にしないで」と伝えた。


「その、雪之崎くんが前からダンジョンに行きたかったなら、気になるのもわかるよ。……こっそり潜るのも、中学生だと難しいだろうし……家族になんとか納得してもらえると良いね」

 どう言ったものか悩んだが、俺は結局、無難な言葉しかかけられなかった。


「愚痴を聞いてくれてありがとう。それじゃ僕はそろそろ帰るよ」

「うん、それじゃあね」

 沈んだ面持ちで教室を出ていく雪之崎くんを見送りながら、どう答えるのが正解だったのだろうと、ぼんやりと考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る