第42話:幸せのクリーミーオーロラソース

2023年12月3日


「おはようございます! とうとう12月が来ちゃいましたね」

「おはよう。冬休みまでに片付けたいことも増えてきたな」


 今日も、後輩が玄関のドアを開ける。ドアの外には澄んだ冬空が広がる。ゼミの課題やら就活やらに追われているうちに、もう今年が終わろうとしている。今朝は空気も冷たく、いよいよ冬が来たんだなと実感もした。


「寒くなってきたんで、今日はこってり系で元気を付けたいなー、って」

「こってりかぁ……」


 冷蔵庫の中を物色する。これといった材料はないので調味料をメインにしよう。そうだ、この前買ってきたアレがあった。


「マヨネーズとケチャップ、おろしにんにくはわかるんですけど、練乳?!」

「そう、コンデンスミルクだな」

「いちごとかに付けるやつですよね、これがパスタになるんですか?」


 元のレシピを見たとき、まさかこれに練乳が使われてるとは俺も思わなかった。


「まあ、順番に説明するから。とりあえず、いつも通りお湯を任せた」

「はーい」

「パスタ、今日はちょっと多めで頼んだ。ゆでてる間にソース作りだな」


 アルミ製の小ぶりのボウルに、マヨネーズと練乳を大さじ2杯ずつ入れる。


「そんなに入れちゃうんですね。隠し味程度かと思ってましたが」

「マヨネーズと練乳を同量ずつ、これは実はエビマヨのレシピなんだ」


 金萬福氏と、今は亡き周富徳氏が広めた広東料理であるエビのマヨネーズ和え。様々なアレンジがされているが、練乳をたっぷり使うのは共通している模様である。


「あの独特のクリーミーな感じ、練乳が入ってたんですね」

「マヨネーズと同量の練乳、その半分くらいのケチャップに、おろしにんにく。そこに卵を1人1個ずつ!」

「結構、たっぷりですね」

「エビマヨだと、卵白は衣にして卵黄をソースに混ぜる場合が多いみたいだけど、パスタに絡める場合は全卵のボリュームが欲しいと思ったんだ」


 これは卵を分ける手間を省くためと、卵白を持て余さないための工夫でもあるのだが。


「これだけだと塩気が足りないから、塩も2グラム……小さじ半弱ほど入れるか」


 マヨネーズやケチャップというのは意外と塩分が少ない。メインの味付けにするなら塩気を足したほうがよい。これでも、1人あたりの塩分量は2グラム少々のはずである。


「これ、火にかけたらマヨが分離しちゃいますよね。生のままでパスタと混ぜるんですか?」

「夏場ならそれでもいいかも知れないけど、冬はあったかいの食べたいからな。こうするんだ」


 俺は鍋つかみを左手にはめて、パスタを茹でている鍋の真ん中にボウルを沈める。


「なるほど、湯せんするんですね。いかにも先輩らしい効率主義というか……」

「レシピでも湯せんしていたから思いついたんだ。パスタだったら、茹でながら同時にできるんじゃないかって」


 例えばご飯のおかずとして作るなら、わざわざお湯を沸かす必要がある。パスタならもともと茹でる必要があるので、湯せんは「ついで」で済む。


 *


「そろそろ、とろみが出てきましたね」


 湯せんしながらスプーンでソースをよくかき混ぜていると、卵の成分が固まってとろみが出てきた。


「具はどうします?」

「そうだなあ、カニカマでもあればよかったんだけど。ウィンナーだとちょっと重いし……そうだ、冷凍庫にミックスベジタブルがあったはずだ」

「はーい、出しますね」


 手を止めずにかき混ぜている俺を察して、取りに行ってくれるのはありがたい。


「凍ったまま、中に入れちゃっていいから」

「はいはい」

「これが溶けてきたら食べ頃だろう。パスタもそろそろ茹で上がるころだし」


 ザルに上げて湯切りして、ソースをかける。


「なめらかなんですけど、結構ボリュームというか弾力がありますね」

「卵がたっぷり入ってるからな。仕上げに黒胡椒をちょっと散らして……クリーミーオーロラソース、完成!」

「いただきます!」


 その一言とともに、彼女はフォークとスプーンでソースを全体に絡めながら口に運んだ。


 *


「ごちそうさまでした! ちょっとパスタにしては甘すぎるかと思ったんですが、タバスコでちょうどよくなりましたね」

「いつも言ってるけど、ご飯のおかずは甘め、パスタソースは酸っぱめの法則だな」


 タバスコの主原料は酢。辛みよりもむしろ酸味を強調してくれる。


「それでも、練乳が大さじ1杯も入ってるとはわかりませんね。結構、カロリーあります?」

「まあ、はっきり言えばそうだな。マヨネーズもカロリーオフのやつを使ったとはいえ油の塊みたいなものだから。防寒食という意味ではいいかも知れない」


 カロリーとは熱量であり、寒くなると基礎代謝も増える。もっとも、だからこそ冬場は本能的に脂肪が付きやすくなるのであるが。


「脂肪、燃焼させましょう! これから隣の駅まで散歩とかどうですか?」

「そうだな、今日は予定もないし、片付けたら少し歩くか」


 健康のためには、よく食べてよく運動するのが一番である。家にこもりがちな季節だからこそ、積極的に体を動かしたいものだ。


***


今回のレシピ詳細

https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16817330667789511928

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