第37話:日仏パスタの系譜!ナポリテーヌとナポリタン

2023年10月29日


「おはようございます! 今日も穏やかで気持ちのいいお天気ですね」

「おはよう。秋真っ盛りって感じだな」


 日本の季節は夏と冬だけになってしまった、などと嘆く人もいるのだが、少なくとも今年はちゃんと秋が訪れてくれている模様である。


「さっそくですが、今日は何を作ってくれるんですか?」

「たまにはちょっと手のこんだのを作るぞ。ナポリタン……いや、スパゲッティ・ア・ラ・ナポリテーヌだ!」

「フランス語! ということは、ナポリタンの源流ですね!」


 ナポリタンは日本生まれのパスタ料理だと思われているが、実は源流はフランス料理である。フランス料理における「ナポリ風」の付け合せに添えられる、トマトソースのスパゲッティがその起源である。それが単品料理として派生していったのが今日の「ナポリタン」というわけだ。


「俺も食べたことはないから、ネットの資料を参考にして自己流を試してみる。今回のも試作品みたいなものだけど、まあ材料はまともだから失敗はないだろう」

「面白そうですね、付き合います!」


 *


「まずは玉ねぎとセロリを刻んでいく。トマト缶400グラムに対して、玉ねぎ半個とセロリの茎1本ってとこか」

「いつもより細かく刻んでますね」

「具というよりソースにするからな」


 セロリは茎のみを刻んでいく。葉はあとでサラダや炒めものにでもすれば良い。


「これを電子レンジで、ラップをせずに3分加熱、その間にフライパンに油を引こう」

「油も結構多めですね。大さじ3杯分くらいですか」

「ソースは4人前以上になるからな」


 煮込み系のソースは多めに作ったほうが良いというか、材料を使い切る前提だとどうしても多くなりがちである。トマトソースなら用途も多いので困らないが。


「油が熱くなってきたら、まずローリエの葉を入れる」

「あ、テンパリングですね。インドカレーの作り方で見ました」

「本来はフレンチの技法とは違う気もするが、せっかく油を多めに使うからな……よし、10秒経った」


 テンパリングはごく短時間で行わないと余計な臭みが出てしまう。なお、このローリエは煮込むときにまた使うので捨てない。


「レンチンしたセロリと玉ねぎ、飴色になるまで炒めるんですよね」

「そうだな。だいたい15分くらいで大丈夫だろう」

「先輩、塩入れなくていいんですか?」

「おっと、そうだった」


 小さじの先で2グラム程度の塩を振りかける。これは浸透圧で野菜の水分を抜けやすくする一工夫である。


 *


「こんなもんかな、トマト缶を入れよう。あとは白ワインを、と」


 400グラムのカットトマト缶を全部入れて、その缶の半分くらいの白ワインも入れる。残ったトマトをすすぐようにすると無駄が無い。


「さっきのローリエと、あとコンソメを入れて、中火で煮詰めていくんだ」

「コンソメ、2個入れるんですね」

「塩分量で言えば4グラムくらいが目安かな。それでも一人分としては薄味になるけど」


 トマト缶1つで、多めに見積もってもざっと4人前は作れる。分量外の塩と合わせても1人前は2グラム未満ということになる。


 *


「そろそろ、パスタ茹でたほうがいいですかね?」


 10分ほど煮込んで、ソースもだいぶ煮詰まってきた。


「ああ、頼む……と言いたいところだが、実はもう茹でてあるんだ」


 俺は冷蔵庫からスパゲッティを取り出す。今朝のうちに茹でて、冷蔵庫で冷やしておいたものだ。


「イタリアンだと注文を受けてから乾麺を茹でるのが当たり前だけど、フレンチだと事前に茹でたものを再加熱して出すようだ」

「確かに、そっちのほうが早く出せますからね」

「それに、2段階の過程を入れることでひと手間かけるというのもフレンチ流かもな」


 実際、昔ながらの洋食屋や喫茶店は今でもこのスタイルで出すところが多いという話である。イタリア式のアルデンテがもてはやされるようになってからは下火だろうが、そもそも全ての日本人がアルデンテを好むわけでもない。


「これをさっと湯通しするから、どちらにせよお湯を沸かす必要はあるんだけどな」


 ポットから鍋に注いだお湯はすぐに沸騰した。ここに冷たいパスタを入れる。


「ほぐしながら、お湯が再沸騰すればもうOKだ」


 全体の半分弱、50グラムずつくらいをそれぞれの皿に取り分ける。


「ここにバターを絡めていく。小さじ1杯くらいかな」

「なんかいろいろカルチャーショックですね。こういうパスタ料理もあるんですね」


 それぞれの皿でバターを混ぜていく。


「仕上げにトマトソースをかけて、よく混ぜて食べるんだ。粉チーズも忘れずにな」


 お玉1杯弱のソースをそれぞれの皿にかける。


「炒めたりはしないんですね。それでも、ようやくナポリタンらしくなってきましたねぇ。それじゃさっそく、いただきます!」

「味見しなかったけど、どうかな?」

「味はあっさり目ですけど、香味野菜とバターの存在感がありますね」


 *


「先輩、残ったパスタはどうするんですか?」


 あっという間に一皿を平らげた彼女は、明らかに物足りなさそうである。


「今度は日本式のナポリタンを作るぞ」


 さっそく立ち上がり、先ほど半分だけ残った玉ねぎをくし切りにし、皿に入れて電子レンジにかける。


「あとはピーマンとエリンギ、ウインナーに……さっきのセロリの葉っぱも使うか」


 その間に冷蔵庫を開けて他の材料を物色する。今回は野菜多めでいこう。


「これをさっきソースを煮込んでいたフライパンで炒めていく。パスタを入れたらトマトソースを入れてほぐすんだ」

「わあ、今度は日本のナポリタンって感じですね!」

「おそらく、炒めるというのはゆで置きのパスタと作りおきのソースを同時に加熱する手段だったんだろうな」


 全体にソースが馴染んだところで、大さじ1杯ほどの砂糖を加える。


「お砂糖、そんなに入れちゃっていいんですか?」

「むしろ足りないくらいかもな」


 日本のナポリタンの特徴は甘みである。先ほどのトマトソースだけではかなり酸味が立っていたはずだ。


「こんなもんか。フレンチトマトソースを使った日本式ナポリタン、完成!」

「ではさっそく……うん! この味ですよ!」


 皿に盛り付けたそばから口に入れ、素直な感想を聞かせてくれた。


「ケチャップで作るのとは、また一味違うだろ?」

「パスタも柔らかすぎるくらいがいいんですね。アルデンテより絶対こっち!……先輩、タバスコあります?」

「もちろんあるぞ。たっぷりかけてくれ」

「それじゃ、遠慮なく!」


 こうして、あっという間に平らげてしまった。


 *


「ごちそうさまでした! なんだかすごく贅沢な時間でしたね。フランス式と日本式を同時に楽しめるなんて」

「試しにフランス式トマトソースを作ってみたんだけど、それだけじゃ物足りなくてな。いっそこれを使って日本式ナポリタンを作ったらどうかと思ったんだ」

「結構手間がかかるから日常的に作るのは面倒そうですけど、たまにはこういうのもいいですよね」


 彼女が満足してくれたのが何よりも嬉しい。


「私、本場イタリアにないパスタはみんな日本発祥かと思ってたんですけど、全然そんなことはないんですね」

「ヨーロッパは広いからな。イタリアから各地に広がって、それぞれ独自の文化が生まれているはずだ」

「なんだか料理の歴史とか調べてみたくなりましたね。これから一緒に図書館でも行きませんか?」

「いいな。俺も新しいネタを仕入れてみたい」


 余ったソースをタッパーに詰め、出かける支度をする。食欲の秋、読書の秋。穏やかな日差しで足取りも軽くなる。ロングスカートをひるがえしながら歩く後輩を追いかけるように、秋の町へと繰り出すのであった。


***


今回のレシピ詳細

https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16817330665842241459

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