物語の続き

 というわけで、シンクさんと一緒に館に戻ってきたよ。

 止まったメイドさんたちを横目に歩いてソラトさんの部屋へ。

 着替え途中だったみたいだけど気にせずシンクさんは時間停止を解除する。


「よお」

「……シンクか」


 先代魔王ことソラトさんに動じた様子はない。

 ただ、私が一緒にいるのに気づいたら少しだけ驚いた顔をしていた。


「ヒカ……ルーチェも一緒なのか」

「おはようございます」

「この子、普通に止まった時間の中に入ってきたんだ。ヘルサードと香織さん以外にもいるんだな。紅武凰国が恐れるわけだ」


 香織さんってL.N.T.を脱出した人のひとりだよね。

 この人は知ってるみたいだけど、もしかしてまだ生きてるの?


「わざわざ来るとは何の用だ。次元間通話じゃダメだったのか」

「ちょっと面倒なことになって盗聴される可能性は確実に潰しておきたかった」

「穏やかじゃないな。何があったんだ?」


 ソラトさんの問いかけに、シンクさんは緊張した表情で告げた。


「紅武凰国がついに本格的な大陸進出を開始する」


 ぴきん、と空気が張り詰めた気がした。

 ソラトさんは膝の上で握った拳をわなわなと震わせている。

 彼の顔を見ると、感情を抑えきれないような好戦的な笑みを浮かべていた。


「そうか。ついに始まるのか」

「で、前に手伝った恩を返せって言いたいわけじゃねーけど」

「みなまで言うな、少しでも戦力が欲しいのだろう。俺も行こう……ヘブンリワルトへ」


 えっ、何言ってんのこのひと。


「できれば冬蓮ドンリィェンにも声をかけたいんだが」

「お前の頼みなら二つ返事で駆け付けるだろう。後は……」

「まって! ちょっと待ってふたりとも!」


 私は思わず二人の会話に割り込んだ。

 っていうか、割り込まざるを得ない!


「また戦争する気!? ぜったいダメだからね! 今の魔王として許しません! 紅武凰国の人とも約束したんだから!」


 進出とか、戦力が欲しいとか……!

 悲しむのは平和に暮らしてる人たちなんだからね!


「ヒカリ。いやルーチェ」

「なに!」


 私はソラトさんを睨みつけた。


「これは俺個人の話だ。ビシャスワルトにもミドワルトにも一切迷惑をかけるつもりはない」

「いやいや個人って言ってもあなた前の魔王でしょ。前の戦争もあなたが始めたんじゃない」

「だが、今回は紅武凰国の方から攻めてくる」


 シンクさんは目を細めて私を見た。


「あんたらの間で協定を結んで禁止した次元間戦争じゃない。ヘブンリワルトという世界の中で、紅武凰国という侵略者が俺たちのいる国を攻めようとしてるんだ。だから俺たちは滅ぼされないために奴らと戦う」

「俺は友人の立場としてその助力をするだけだ」


 いやいやいやいや。

 違うでしょ、それはなんか違うでしょ。


 もちろん「そっちの世界の戦争なんて関係ないから勝手にやって」なんて冷たいことは言わない。

 けど前の戦争の原因になったソラトさんが手伝うとか、どう考えても無関係じゃ通せないって。


 っていうかこのひと、わりとすんなり復讐を諦めたのは最初からこういうつもりだったのか!


「とにかく、ぜったいに戦争なんて許しませんからね! ビシャスワルトはこれからみんなで平和な世界として発展させていくんだから!」

「それに関しては問題ない。ビシャスワルトを巻き込むつもりはないし、それは紅武凰国も同じはずだ。むしろあいつらの方こそ理由をつけてでも世界間戦争にならないよう尽力するだろうよ」

「なんでそう言い切れるの!?」

「お前と争いたくないからだ。全面戦争になったら向こうの国が丸ごと滅ぶだけだからな」

「俺としてはあんたにも助力してもらえるなら願ったり叶ったりなんだが、さすがにそこまで望むつもりはない。へそを曲げられてこっちを標的にされても困るしな」

「ルーチェ。もう一度言うが、これは俺個人の問題なのだ。何があろうとビシャスワルトに迷惑はかけないと誓う」


 うーん……

 そりゃ、千年も溜め続けた恨みは簡単に晴れないんだろうけどさ。

 あの物語の後で何がどうなってこの人が魔王になったのかは知らないけど、紅武凰国がラバース社とかいう組織から発展した国なら、気持ちは解らないわけじゃない。


「勘違いはして欲しくないが、俺たちの目的ははあくまで専守防衛だ。ソラトが助力してくれることによってと考えて紅武凰国が侵攻を諦めてくれたら、それはそれで万々歳なんだよ」


 あ、なるほど。

 ソラトさんが手伝うことで、戦争の抑止に繋がるってことになるのか。


「まあ、そういうことなら許容しなくもないですけど……」

「いきなり来てこんなことを言われても混乱するだろう。別に味方してくれとは言わない。だからせめて、俺たちや紅武凰国の事をもう少し知っておいて欲しい」


 そう言ってシンクさんはテーブルの上に薄いケースを置いた。

 ケースは白一色で、開くと中から銀色の円盤が出てくる。


 これはまさか。


「ソラトが学生時代を過ごしたL.N.T.って街は知ってるか?」

「はい。さっきまで見てました」

「これはそのL.N.T.での最初の争いが終わってから、ラバースが世界を変えるまでの映像記録だ。俺の記録を中心に編集したデータなんで、何もかも入ってるわけじゃないが、暇な時にでも目を通して欲しい」




   ※


「……というわけで、続きをもらってきました」


 蔵書室に戻ると、げんなりした顔のナータに出迎えられた。


「あれだけ見たのにまだ続きがあんのかよ……」

「でも前編だけじゃ何も解決しなかったし」


 というかナータは途中から寝てたじゃない。

 ちゃんと後で見てなかった部分は見返すんだよ。


「ごめんなさい。あたしはパスします」


 プリママが遠慮がちに手を上げながら言った。


「その部分にあたしは全く出てないから懐かしくもないし、ソラト君もラバースの手先になってる時代だから、あんまり見たくないんだ」


 おやおや見る前からネタバレですか。

 私はあまりそういうの気にしないタイプだけど。


「それより現実のソラト君と話し合わなきゃね」


 復讐は諦めたとか言いながらシンクさんに協力する気まんまんだったソラトさん。

 プリママとしては絶対に見過ごせないみたい……というかすごく怒ってる。


 笑顔の中に怒りを秘めた表情でプリママは出て行った。

 私はふとあることを思いつき、追いかけて背中に一声かけた。


「待って、プリママ」

「なに?」

「一緒について行ったりしないでね。ソラトさんは別にどうでもいいけど、プリママは絶対に行っちゃダメだからね。私たちとここで平和に暮らすんだからね」

「え? え、ああ。うん。わかってるよ。それはないから大丈夫」

「信じてるからね。約束だからね。ソラトさんにもプリママを巻き込んだら今度こそ動けなくなるまで全力でやっつけるって言っておいてね」

「はい」


 もちろん、そんなことにはならないと思うけど。

 せっかく一緒に暮らせるようになったのにまた離れ離れとか絶対にいやだからね。

 そうして改めてプリママを見送った私は蔵書室に戻った。


「映画でもなんでも、ぶっ通しで見るのはキツイのよね……」


 そしたらナータが文句を言ってたよ。

 まあ、確かに十時間以上の連続視聴は疲れたね。


「いやならおまえは見なくていいぞ」


 幼少カーディがとてとて歩いてくる。

 小さな手で私の服にぎゅっとしがみ付いた。

 かわいい。


「ここから先の話はわたしもよく知らない。わたしはルーチェと二人で見るから、おまえは一人で部屋で本でも読んでろ」

「み、見ないとは言ってないでしょ」


 なんか最近カーディが私に対してすごく好意的で嬉しい。

 ナータに対してちょくちょく挑発的なのが気になるけど。


「でも今日はもうやめにして、これは少しずつ見て行こうか。他にやらなきゃいけないこともあるし、別にいつまでに返さなきゃいけないとも言われてないし」


 視聴に夢中になってる間にソラトさんに勝手な事されても困るしね。


「賛成。そういうのはちょっとずつでいいのよ」

「ナータは寝てて見てなかった部分もちゃんと見返しておいてね」


 では、そういうことで。

 ここから先はちょっとずつ物語の続きを見ていこう。




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ドラゴンチャイルドLEN

第一話 アミティエ

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