第14話 それからのランベール家
「リザ、あんた……」
メイド長と奥様が、疑いの目をリザさんに向ける。
「な、何よ! まさか私が二人を陥れる為にわざとやったって言いたいの!?」
食堂のおばちゃんから突きつけられた思わぬ証拠に、リザさんは慌てふためく。
「こんなのデタラメよ! クロエが私の筆跡をわざと真似て書いて、旦那様の部屋のドアの隙間から滑り込ませたんだわ。私を陥れるためにね!」
必死で言い訳するリザさん。
呆れた。この後に及んでまだ言い訳するのね。
「リザさん」
私は冷静な口調で言った。
「この手紙が旦那様の部屋のドアの隙間から入れられたものだって、なぜ知ってるんですか?」
「えっ」
意気揚々と喋っていたリザさんの動きが止まる。
旦那様はハッと目を見開いた。
「そうだ。私はそんな事、一言も言っていないぞ」
「リザ、あなたやっぱり」
メイド長がリザさんを見つめる。
リザさんは、観念したようにうなだれた。
「……そうよ、私がやったのよ」
「あなた、どうしてそんなこと」
奥様とメイド長が問い詰めると、リザさんは開き直ったように叫んだ。
「クロエが悪いのよ! だってこの子、生意気なのよ。軽々しくルイ様と話したりして! 新入りなのにチヤホヤされていい気になって。だから私が少しお灸を据えてあげようと――」
「黙れ」
ピシャリと言ったのはルイくんだった。
「お前、最低だよ」
ルイくんの言葉にリザさんは泣き崩れる。
「ああ……ああああ!!」
私はと言うと、不思議に冷静で、冷めた目でリザさんを見つめていた。
やはりそれが原因だったのね。
世の中にはこんな程度の低い人間がいるだなんて、知らなかった。
良い社会勉強になったわ、リザさん。
泣き崩れるリザさんの傍らで、メイド長は奥様に頭を下げた。
「申し訳ありません、奥様。この子の不始末は私の責任です」
「マチルダ叔母様!? 悪いのはクロエで――」
「あんたは少し黙りなさい!」
メイド長のすごい剣幕に、リザはピタリと押黙る。
「話はだいたい分かりました。」
奥様が小さくため息をついた。
「この後の処遇についてはまた後でマチルドと話し合います。とりあえずクロエ」
奥様に呼ばれ、ハッと背筋を伸ばす。
「はい」
「申し訳なかったわ、疑って」
「いえ」
「良かったな」
ルイくんもポンポンと私の肩を叩いてくれる。
その言葉に、私はようやく重い肩の荷が降りた気がした。
それから、リザさんはこのお屋敷を首になり、メイド長は減給処分となった。
◆◇◆
「さて、新しいメイドが来るまで私たちで頑張らないとね!」
アリスが腕まくりをする。
「そうね。頑張りましょう」
私も箒とちりとりを手にうなずいた。
メイドが一人いなくなって大変になったはずなんだけど、気持ちは晴れやかだった。
「でも、リザさんは、威張ってばっかりで仕事は全然してなかったから、いなくて逆に仕事が楽になるんじゃない?」
「そうかも」
笑い合う私とアリス。
コンコンコン。
そこへ、控え室のドアがノックされる。
「はい?」
ドアを開けると、そこに立っていたのはルイくんだった。
「クロエ、今大丈夫?」
周りを気にしながら低い声で話すルイくん。
「はい、何でしょうか」
「クロエ、来週の土曜日ヒマ?」
「はい」
うなずくと、ルイくんは懐から何かの紙を取りだした。
「土曜日に移動遊園地が来るらしいんだ。それでチケットを貰ったんだけど、一緒に行く人がいなくてさ。もし良かったら、クロエ、一緒に行かないかなって」
「それでしたら、シャルロット様と行かれては?」
「シャルロットは、その日母さんと出かけるんだって。だから、他に行く人がいなくてさ」
「まあ、それでしたら」
私はルイくんから移動遊園地の入園券を受け取った。
「それじゃ、土曜日待ってるよ」
「はい」
手を挙げて、ルイくんが去っていく。
私が鞄に入園券を仕舞っていると、アリスがニヤニヤしながらこちらへやって来た。
「やだっ、クロエったらいつの間にそこまで進展したの」
「そこまでって?」
私がキョトンとしていると、アリスは私の二の腕を小突いた。
「嫌ねぇ。今のデートの誘いでしょ」
で、デート?
「違うよ。これは単に、チケットを貰って一緒に行く人がいないから」
私は必死で説明したんだけど、アリスは満面の笑みで私の背中を叩いた。
「そんなのただの口実に決まってるじゃない。これはれっきとしたデートよ!」
「そうかしら」
……まあ、男と女が一緒に出かけるのだし、デートと言えばデートなのかな?
でも私たちは友達同士だし、向こうだってその気は無いと思うんだけどな。
私は入園券をしまった鞄をじっと見つめた。
別に、そんなんじゃないよね。
ランベール家の門を出ると、大きな夕焼けが、目の前の畑の麦の穂を金色に照らしていた。
「わあ、綺麗」
王都にいた時は、日々研究や龍の討伐で忙しくて、こんな風にゆっくりと景色を見ることも無かったな。
波のように寄せては返す麦の穂を見ながら、私はそんなことを思った。
色々あったけど、アリスやルイくんやシャルロット様、色々な人と出会えた。
ここでの暮らしも、そう悪くはないかもしれない。
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