第24話
部屋の壁に張っている時間割を確認すると4時間目が家庭科だった。
生徒が自分たちで持ってきた食材を使い、お昼ごはんを作るのだ。
「今日は家庭科でお味噌汁を作るんでしょう?」
ダイニングへ下りていった時お母さんが袋をもたせてくれた。
中を確認すると豆腐やお味噌やネギが入れられている。
お味噌汁ならみんなで食べられるし簡単だからと選んだ食材だった。
「フルーツとか、小麦粉にする」
ミハルはそう言うと袋をテーブルに置いて冷蔵庫を開けた。
「フルーツ? ミハル何を作る気なの?」
「おかずはみんなが作るから、私はデザートを作りたいの」
「それはいいと思うけど、デザートでなにを作るの?」
「ケーキ!」
ミハルが元気いっぱいに返事をするとお母さんは目を見開き、まばたきをした。
「ケーキを作るのは大変よ? 時間もかかるし、もっと簡単なものにしたらどう?」
そう言って、冷蔵庫から白玉粉とフルーツの缶詰を取り出す。
「ほら、これなら簡単にフルーツポンチができるわよ?」
そんなお母さんへ向けてミハルは盛大なため息を吐き出した。
お母さんは夢の中の出来事をなにも知らない。
だから私がケーキが作れないと思っているんだ。
「大丈夫だよお母さん。私はケーキ作りの天才なんだから」
ミハルはそう言い、冷蔵庫から小麦粉を取り出したのだった。
☆☆☆
朝から4時間目の家庭科の授業が楽しみで仕方なかった。
数学の授業をしていても全然先生の説明が耳に入ってこなくて、ぼーっとしてしまう。
「次の答えを、大野さん」
先生が自分の名字を呼んでいることにも気が付かなかった。
「ミハル、先生に当てられてるよ」
隣の席の子がミハルの肩をつつき、ようやく我に返った。
だけどそのときミハルは頭の中でケーキ屋『MIHARU』にいて、注文された誕生日ケーキをつくっていた。
チョコレートケーキに名前入りのプレートを乗せて、ちょうど完成したときだったのだ。
「おまたせしました!」
隣のクラスメートに突かれた瞬間、反射的に立ち上がってそう言っていた。
一瞬教室内は静まりかえり、それから大きな笑い声が湧き上がる。
ミハルは顔を真っ赤にしてゆるゆると椅子に座って顔を伏せた。
「大野さん、なんの夢を見ていたの?」
数学の先生も呆れ顔だ。
「すみません」
消え入りそうな声で謝って、教科書で顔を覆ったのだった。
☆☆☆
数学の時間には大失敗をしてしまったが、ミハルの胸の中にはまだまだパティシエへの熱い気持ちが残っていた。
夢の中で自分のお店を構えていたことが、一番大きな要因だ。
「ミハルったら、本当にどんな夢を見ていたの?」
休憩時間になり、マイコとチアキがやってきて笑いながらそう聞いた。
ミハルは唇を突き出して仏頂面になり「パティシエになってケーキを作る夢」と、答えた。
その答えにはマイコとチアキは目を丸くしている。
「パティシエって、ミハルの夢はペットショップの店員になることだよね?」
マイコに言われてミハルは曖昧に頷いた。
やっぱりパティシエにするなんてさすがに言えない。
だけど2人共なんとなく感じ取ったものがあるようで呆れ顔になった。
「昨日夢はひとつに決めたって言ってたのに」
「本当だよ。ミハルのことだから、また変わるとは思ってたけど、こんなに早く変わるなんて」
マイコもチアキも、ミハルのことを見下しているように見えた。
バカにされたと感じたミハルは2人を睨みつける。
「私はもう2度も自分の夢を叶えてるんだから!」
つい怒鳴ってしまい、ハッとして口をつぐむ。
2人はキョトンとした表情でミハルを見つめた。
夢の中でペットショップの店員になったことも、パティシエになったことも、2人は知らない。
それに夢に見たことを現実のこととして話してしまったことを、2人はきっと笑うだろう。
ミハルは唇を引き結んで、教室から逃げ出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます