第16話
セイコの生活は元通りになっていた。
一人で学校へ行き、一人で休憩時間を過ごし、一人で帰る。
本当に元の生活に戻っただけだった。
「それでね昨日ね」
教室内にはトオコたちの楽しそうな話声がしている。
だけどそちらを振り向くことはない。
見てしまうと胸が潰れるような感情に襲われてしまうからだ。
今のセイコはできるだけ大人しくして、気配を消すようにして過ごしている。
1度知ってしまった友人のいる生活はとてもにぎやかで華やかで、とても自分にはふさわしくないものだと、思い込むことにした。
だからいいんだ。
このままでいいんだと。
それでも、楽しさを知ってしまった今、トオコたちの話し声が胸に突き刺さってくる。
その声から逃げるように文庫本に視線を落としたとき、「なぁ」と、後からぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
どうせ自分以外の誰かに声をかけたんだろう。
このクラスに仲のいい友人なんていないんだから。
そう思ったが、今度は肩を叩かれた。
間違いない、今のは私に声をかけてきたんだ。
そう思うと瞬間的に胸が踊って勢いよく振り向いた。
そこに立っていたのはユウキで、目が合った瞬間心臓が大きく跳ねた。
思わず視線をそらしてうつむいてしまう。
「これ、落ちてたから」
ユウキが机に置いたのは消しゴムだった。
いつの間に落としたのか、気が付かなかった。
「ありがとう」
感謝の言葉も消え入ってしまいそうだ。
「あのさ」
続けて言われてセイコはゆるゆると顔をあげた。
今はメークもやめてしまって、顔を見られるのは少し恥ずかしかった。
「みんなと話したりしないのか?」
ユウキにそう聞かれて、セイコはまたうつむいてしまった。
こんな暗くて地味で目立たない自分と友達になってくれる子なんていない。
そんなの、ユウキだってわかってるはずなのに。
答えられずにいたとき、トオコたち3人が近づいてきた。
トオコはどこか気まずそうな表情を浮かべている。
「私でよければ、友達になろうよ」
トオコの口からそんなことを言われてセイコは目を見開いた。
咄嗟には返事ができなくて固まってしまう。
「一人ぼっちって寂しいよね。その気持ち、よくわかるから」
「トオコ……」
「それに、私も自慢ばかりして、そういうのみんなから見たらどうだったのかなぁって、考えたりしたんだよね。それが原因でハルナとカナが遠ざかっちゃったのかなぁって」
セイコは下唇を噛みしめる。
2人がトオコから離れた理由を、トオコはすでに知っているはずだ。
引き剥がし剤を使ってすぐに、友人たちはトオコの元へ戻って行ったのだから。
「私達も、セイコと仲良くなりたい」
「セイコとおしゃべりするのも結構楽しかったよね」
ハルナとカナが照れくさそうに言う。
「みんな……」
人間接着剤の力を借りてみんなの心を動かした。
そんな自分にこんなに優しい言葉をかけてくれるなんて思ってもいなかった。
胸の奥がジワリと暖かくなり、それが涙腺を刺激した。
涙の膜のせいで視界が滲んでみんなの顔が歪んでみえる。
「なに泣いてんの。変な子」
トオコのぶっきらぼうでも優しい声が聞こえてくる。
「トオコが美味しいチョコレート持ってきてくれてるよ」
「それを食べたらきっと元気になるって!」
ハルナとカナがセイコの背中を痛いほど叩いて元気づける。
「みんな……ごめんね。ありがとう」
泣き笑いの顔を浮かべて、セイコはそう言ったのだった。
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