第2話
最悪な気分のまま1日を終えて家に戻ると、セイコはただいまも言わずに2階の自分の部屋へと向かった。
白とピンクを貴重にした部屋は女の子らしくて大好きだ。
ピンクの毛の長い絨毯を踏みしめて白い勉強机に向かい、一番したの大きな引き出しの奥から一冊のノートを取り出す。
それには『悪口ノート』とセイコの文字で書かれていた。
半分ほど埋まったノートを開くと、ペン立てからマジックを取って乱暴にトオコの悪口を書き始めた。
ブリッコ。
厚化粧。
ブス。
本当かどうかなんて関係なかった。
とにかく嫌だと感じた人間の悪口をなんでもかんでも書きなぐる。
そうしているとだんだん気持ちが落ち着いてきて、最後には怒りで硬直していた頬もほぐれていくのだ。
セイコがストレスを感じたときの発散方法だ。
「ふぅー」
1ページ分の悪口を書き終えた時、セイコの心は随分と軽くなっていた。
大きく息を吐き出し、誰にも見られないようにノートを引き出しの奥へと隠す。
このノートがなければ私は今ごろストレスで爆発してしまっていたかもしれない。
「セイコ、帰っているの?」
階下から母親の声が聞こえてきて、セイコは慌てて部屋を出たのだった。
☆☆☆
翌日もトオコとユウキの2人は仲良しだった。
教室の真ん中で手をつなぎ、楽しそうにおしゃべりをしている。
ハルナとカナの2人も会話に加わり今日はよりいっそうにぎやかだ。
思わず耳を塞いでしまいそうになり、セイコは教室から逃げ出した。
これ以上トオコたちのことを見ていたくなかった。
けれど今は昼休憩中。
時間はまだまだ余っている。
とりあえずトイレの個室に入ったセイコはスカートのポケットからスマホを取り出した。
本当は学校時間中には電源を切っておかないといけないのだけれど、それを破って少しだけ電源を入れてみる。
暗かった画面に光が灯り、初めて拘束を破ったセイコの心臓はドキドキしている。
完全に電源が入るのを待って、さてなにを見ようかなと思ったとき、お気に入りのSNSを思い出していた。
そこでは日々の何気ないことを、不特定多数の人が呟いている。
セイコはやっていないけれどペットの犬や猫の動画を見るのが好きだった。
動物の動画を見ていれば残り時間もあっという間に過ぎてしまう。
「わぁ、可愛い!」
さっそくSNSを表示して動物動画を鑑賞する。
子猫3匹がじゃれ合っていたり、犬と猫が仲良く昼寝をしていたり。
そういった動画を見ていると、さっきまでのトゲトゲしていた感情も少しずつ柔らかくなっていくのを感じる。
動物の力ってすごいなぁ。
休憩時間はあっという間に過ぎていき、残り5分になっていた。
そろそろ教室に戻ろうかな。
そう思ったときだった、SNSの書き込みが視界に入ってセイコはそれを見つめた。
《人間接着剤って知ってる人いますか? その接着剤を使うと、人の心と心をくっつけることができるらしいんです》
「人間接着剤?」
心と心をくっつけることができる。
その言葉に轢かれて、コメント欄を確認してみた。
《そんなものあるわけないじゃん》
《なんですかそれ、おもしろそうな都市伝説ですね!》
コメント欄はどれもこれも信用していないもので溢れている。
それを見てセイコは大きくため息を吐き出した。
そりゃそうだよね。
心と心をくっつける接着剤なんてあるわけない。
こんなのただのデマだ。
そう思って今度こそスマホの電源を落とそうとしたとき《これですか?》というコメントを見つけて動きを止めた。
その人はコメントの下に通販サイトのURLを貼り付けている。
セイコはジッとそのURLを見つめた。
これ、タップしても大丈夫だろうか?
こういう怪しいURLは無視したほうがいいというのは、教わっていた。
だけど、人間接着剤がこのURLの先に本当に売っているかもしれないんだ。
そう思うと自然と唾を飲み込んでいた。
少しだけ覗いてみよう。
もし危険そうならすぐに引き返せばいい。
本当にそういう商品があるのかどうかを確認するだけ。
昼休憩時間は残り2分になっていた。
セイコはURLをタップして通販サイトへ移動する。
そこに表示されたのは黄色いパッケージの瞬間接着剤で、本体には人間接着剤と書かれている。
なにこれ。
ただパッケージを変えただけなんじゃないの?
眉を寄せて首をかしげる。
「200円!?」
値段を見て驚愕した。
こんなに安いものだとは思ってもいなかった。
普通の接着剤くらいの値段だ。
セイコは画面を見つめて舌なめずりをした。
こんなのどうせ嘘に決まっている。
これはただの接着剤で、おもしろグッズのようなものなんだ。
信用なんてしていない。
それでもセイコの心臓はドクドクと高鳴っていた。
万が一、億が一でも本当に人の心と心をくっつけるものだったら?
自分とユウキをくっつけることだってできるかもしれないんだ。
そう思った時、5時間目の授業が始まるチャイムがなり始めた。
セイコは慌てて購入ボタンをタップして、そのままトイレからかけでたのだった。
☆☆☆
それからのセイコの生活はなにも変わらなかった。
毎日学校へ行って、できるだけトオコとユウキを見ないように顔をそむけてすごく。
大好きだった読書は最近集中してできなくて、もう1っヶ月も同じ本を読み続けている。
「トオコ、今日の放課後はどこに行く?」
「駅前にできたスイーツ屋さんに行きたいなぁ」
学校からはまっすぐに帰らないといけないのに、そんなこと2人とも全然気にしていないみたいだ。
まわりにいる友人たちも2人を羨ましがっている。
「サッカーはどうしたの?」
つい、セイコは声に出してそう聞いていた。
トオコたちが驚いた表情をこちらへ向ける。
ユウキも目を丸くしていたけれど、すぐに柔らかい表情になった。
「サッカーは親に言われてやってただけなんだ。別に、そんなに好きじゃなかったし」
頭をかいてそう言うユウキに今度はセイコが驚いた。
サッカーをしているときのユウキは本当に輝いて見えていたから、まさかイヤイヤやらされていたなんて思わなかった。
「え、ユウキってサッカーできるの?」
「できるってことはないよ、人並み」
「すごーい、見てみたい!」
せっかく話しかけても話題はすぐにトオコたちに取られてしまった。
ユウキももうこちらを向いてはいない。
セイコは再び本に視線を落としたのだった。
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