第百五十一話「最奥」

 扉の中にはやはり階段があった。奈路は迷わずそれを上った。

 上っている間、これまでの旅が走馬灯のように頭を巡った。女神に最強の剣を貰い、異世界に降りたってすぐにその剣を売り払ったこと。


 そのあと強力なモンスターと戦い、死にそうになったときに、剣が再び奈路の手元に現れなんとか生き延びたこと。

 思えば旅は女神に貰った剣を、女神に貰った強力な能力を拒否し、そのツケを払わされ、最終的に剣に頼る。

 その繰り返しだった。

 剣を使うことを拒否し続けた結果、竜との戦いで、奈路は剣と融合してしまった。


 そんな状態で魔王とどうやって戦うのか。奈路の答えはもう決まっていた。魔王がどんなに強くても関係ない。


 旅の最後を目前にして奈路は、この旅は、この物語は、もはや魔王との戦いというより、女神に受け取った剣との戦いだったなと総括した。

 

 階段の終わりが見えてきた。走馬灯を見たこともそうだが、奈路は、なんとなく次は魔王に会うことになると直感していた。

 もうこれ以上、魔王に配下は居ないだろう。奈路の仲間が居ないように。

 

 上り切った先には、扉はなかった。最後の一段を上り終えると、これまでで一番大きな広間にたどり着いた。

 多分、ここが頂上だろう。そう思ったのは、広間にはもうその先に進む扉も、階段もなかったからだ。

 照明は一切なかったが明るかった。奥側の壁が塔の外に突き出るように開放されていて、そこから、光が入ってきていたからだ。それはつき立った崖のようだった。

 塔の頂上がこんな風になっていたとは。下から見たときに気づかなかったのは、崖がちょうど入口の反対にあり、死角になっていたからだろうか。


 部屋には玉座が一つだけあった。

 奈路に背を向けるように、玉座は崖の先端、ギリコ山頂からの絶景が一望できる絶好の場所にあり、そこに一人の男が座っている。

 男は奈路に気づくと、ゆっくりと立ち上がって振り返った。

 奈路は剣を構えていた。ハザンから受け継いだ剣を。


「その剣見たことあるな」

 そう言って笑う男の顔は、奈路の想像よりもかなり若かった。

 魔王の兄、ハロ=リベルスと比べると、その顔の年齢差は、兄弟というよりも、親子のようだ。金髪の男の顔には、シワ一つない。

 奈路は不安になって尋ねた。


「お前が魔王か?」

「そうだよ。僕が魔王ロナ=リベルスだ」

 男は答えた。


「そうか」

 奈路は返事をすると、少し刃こぼれした剣を掲げる。「これは、ハザンから貰った剣だ」


「だから見たことあるのか。あの冒険者は強かった。じゃあ君は敵討ちにきたってことかな?」

 魔王は尋ねる。


「いいや」

 奈路は首を振った。「ハザンはいい奴だったけど、違う。ハザンあいつが倒されてなくても、俺は魔王おまえと戦ってた」


「じゃあ正義のためにかい?」

「それも違うな。女神に頼まれたからだ」

 奈路が答えると、魔王は目を見開いた。そのあとに苦笑する。

「それは僕に言ってしまっていいのか? 対勇者を想定して、僕がなにか対策を用意しているかもとか、思わないのかい?」

 奈路は首を振った。

「こうやって城まで侵入して来てる時点で、俺が勇者であることも多少は想定してるだろ。そしたら言っても言わなくても同じだ。それにそっちが何して来ようと、負けない自信がある」


「女神に相当いい能力チートをもらったらしいな」

「まあ、そうだな」

 奈路は頷いた。


「確かめてみようか」

 魔王は、腰に剣を提げていた。剣は十字のヒルトがついた、左右対称のシンプルな形をしていたが、魔王がその剣を抜き、構えるとその刀身も持ち手もすべてが黒かった。


 奈路には、すべてが見えた。その剣に魔力が込められており、凄まじい威力があること。

 魔王はもともと高い身体能力を持っていて、それを更に魔力を使って強化している。剣はもはや触れるだけで、奈路の持つ刃こぼれした剣を両断するだろう。

 しかし、全く焦りはなかった。奈路にはすべてが見えていた。魔王が剣を握るその手が震えていることも。


 二人の距離が近づく。奈路は魔王の一振りを、後ろに下がって避けた。

 しかしその剣の風圧だけで、奈路の背後にあった壁が、文字通り裂けた。魔王が剣を振った軌道に沿って傷が出来、傷が一番深い中央のあたりでは、壁を貫通して、穴が開いている。


「おい」

 奈路が言った。

 魔王が顔をあげる。


「下で仲間が戦ってるんだ。建物を壊すな」

「へぇ」

 魔王は笑った。嬉しそうに。「君の弱点が分かった」


「今から僕は、この剣を思い切り振り下ろす。君がさっきみたいに避けたら、この建物はひとたまりもないだろう」

「下にはお前の仲間もいるだろ」

「いないさ」

 魔王はそう答えると、宣言通り剣を奈路に向かって振り下ろした。


「クソが」


***


 リコスは剣を構えて、カルマイに斬りかかった。

 あたりまえのことだが、カルマイの師であるリコスの剣は、その構えも踏み込みも太刀筋も、カルマイのものと瓜二つだ。ただし二つだけ違うことがある。

 その大きさと、力だ。


 二メートルを超える身長は、カルマイと並ぶと大人と子供のようだ。

 さらに両手で操る巨大な剣を合わせれば、そのリーチの差は、もはや巨人と人。


 それに対峙したカルマイは、砂熊を連想した。カルマイが最後に負けた相手だ。魔法都市マギカへ向かう旅の途中で遭遇し、その災害のような巨体になすすべもなく敗れた。


 しかし、自分の過去敗北した相手を連想したのにも関わらず、カルマイの胸に去来した感情は恐怖ではなかった。


 まず怒り。それは自分に対してのものだ。私は強い。強くなければいけない。それなのに、私は負けてしまった。

 もう二度と奈路に、あの剣を使わせたくない。


 そしてその次に去来したものは、喜びだった。ああ、ありがたい。私はなんて運がいいんだろう。

 再戦の機会を貰えるなんて。特段日常的に神を信奉しているわけではなかったが、今ばかりは神に感謝したい。こんな強敵と立ち会わせてくれてありがとう。


 目の前に立つリコスは、砂熊以上の覇気を持っている。丸太のように太い腕は、その手に握る剣を繰るとき、鞭のようにしなり、細くすら見える。


 キン!!


 カルマイの剣と、リコスの剣がかち合い、閃光が炸裂したような火花と、衝撃がほとばしる。


「今度はマシな剣を用意してきたらしい」

 リコスは嬉しそうに笑った。


 かなり重い一撃だったが、それを受け止めたカルマイの剣には、ひび一つ入っていない。

 カルマイは一撃を受け止めた剣を抜き、一息にリコスに踏み込んで連撃を繰り出した。


 しかし、リーチの差は大きい、リコスは半歩ほど後ろに下がるだけで、それをすべて受けきってしまった。


「迂闊に油断もできないな」

 そう言って笑う。

 

 カルマイも片方の口の端だけをあげてそれに応じた。リコスの一撃を受けた直後、背中に一筋、冷や汗のようなものが流れる感覚があった。

 

 それが汗じゃないことを、カルマイは経験知と感覚で分かっていた。城の入口で、ハザンの死体と戦ったとき、背中に受けた深い怪我は、その傷口を塞いだだけだ。

 少し開いたか。だが大過はない。カルマイは思った。自分に言い聞かせるように。

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